第四話  城 一階

 翌朝、アリサは俺に衣服を何着かくれた。今の俺の服装――オレンジ色の囚人服――はこの世界には似つかわしくないとの理由だ。着て行けば悪目立ちするだけよ、と優しく諭された。


 そして昨日の酔っぱらいたちが着ていたのと同じようなシャツとズボン、下着、それとブーツをくれた。


 これはどういう謎理論かはわからないが、俺の変身には服は関係ない。どんな服を着ていようが改造態への変身は可能で、人間態になれば、元着ていた服に戻る。変身のプロセスで、俺の体は外皮を入れ替える。その過程で体内に衣服を収納しているらしい。


 なので、俺は喜んでアリサが用意していた服に着替えた。


「ヒュージさん、似合ってるわ」


 頬を赤く染めながら、アリサはそう言ってくれた。思わず俺も顔が赤くなるのを感じた。


「ありがとう、アリサさん」




 アリサの見送りで町はずれの彼女の家を出て、俺は街の様子を眺めながら城を目指して歩を進めた。街とは言うが建物はまばらで、その規模も小さい。


 住んでいる人はみな質素な身なりで、どことなく元気がない。それもそうだろう、王家が呪われ、地下に魔王が住み着いたような街だ。活気を求める方がどうかしている。


 ゲームの世界ならば魔王を倒すための冒険者が集まり、鍛冶屋や宿屋、道具屋などに客が溢れるのだろうが、ここはそんな世界とは印象が違う。何より雰囲気が暗い。



 やがて、俺は城壁近くまでやってきた。見たところ、割と新しめの建造物だ。


 俺は、城門から城の敷地に足を踏み入れた。


 トライスタ城は、城というには規模の小さい、砦程度の規模の邸宅だった。高さは三階建ての石造りで、やや離れて四階建ての塔が建っていた。他にはいくつかの離れの小屋や厩舎、小さいながらも丈夫そうに作られた倉庫風の建物がある。


 他にも同じ敷地内には小さな修道院があった。修道院だけは周囲の建物と比べると非常に古い作りで、手入れもされていたとは言い難い。果たしてなんの神を祀っているのかは知らないが、そこから染み出る空気は決して神聖なものではなかった。


 敷地内に、動く人影は無かった。


 城――というよりも邸宅か、その入り口は両開きの木の扉で、今は固く口を閉じている。


 ドアノブに手をかけた。ゆっくりと力を入れる。


 存外軽い力でドアノブが回り、扉がすうっと手前に開く。


 中からは、何やらすえた匂いが鼻を突く。


 俺はゆっくりと邸宅内に入ると、扉を閉めた。


 そこは、玄関ホールだった。奥へ十数メートル程向こうに、階段が二つある。一つは右へ、一つは左へ。左右対称の作りをしていた。その手前、玄関ホールの左右にはそれぞれに扉があり、そのどちらも閉じている。


 視覚の隅に、右の部屋から動く何かを感知したと情報が入る。


 聞き耳を立てると、確かに何かを引きずるような音がする。


 何かがいるなら調べなければ――そう思い、右の部屋の扉へとゆっくり近づく。


 ドアノブを回し、慎重にドアを引いた。


 咄嗟に室内を見回す。


 センサー情報が視覚の隅に現れた。


 異臭の正体はコイツらか。



 ゾンビ。



 半ば腐った身体で、武器を引きずりながら部屋をウロウロ歩いている。


 そのゾンビが三体。


 咄嗟に、改造態へ変身した。


 ゆっくりと室内に入る。学校の教室くらいの広さはあろうか。


 その内の一体と目が合った。すると、それまではゆっくりだったはずの動きが、突如何者かにでも突き動かされるかのような勢いで、手斧を振りかぶって俺に迫ってきた。


「トゥッ!」


 その顔面目掛けて、先制のパンチを決める。グチャッという感触と共に、ゾンビが奇妙な体制で仰け反った。


 ゾンビ映画では、頭を破壊すればいいとよく言われていたはずだ。


 間髪入れず、もう一撃、ゾンビの頭にパンチを入れる。


 と、その衝撃で頭がもげ、ゴロゴロと転がって行った。身体はその場でゆっくりとじたばたしているが、もはやこちらを襲ってくるという意思は無さそうだ。


 そして、その転がる頭を見てか、残りの二体がこちらに迫ってきた。


 そのスピードはほぼ一緒。ならばまずは先に一体を沈めるしかない。


 俺はふと、右足を後に引いた。


 そしてゾンビたちが間合いに入った瞬間、向かって右側のゾンビにハイキックを浴びせた。


 パーンと心地よい音が響き、その頭が砕け散った。


 見たか、これがニホンアマガエルリスペクトのフロッグキックだ。


 その勢いで身体が真横に崩れ、一緒に向かってきていたもう一体のゾンビの足元に絡む。と、その拍子にもう一体がその場で転倒した。


 すかさず、その頭を目掛けてローキックを入れた。


 またもや、パーンという音と共に頭蓋骨ごと破裂し、脳髄が当たりに散らばる。


 れる、俺ならこの魔物たちと戦える。


 部屋の様子を見まわし、特に変わった物も無く、俺は右の部屋を出た。


 さて、特にセンサーは反応しなかったが、念のために左の部屋も見ておこう。


 近付いて、慎重にドアノブをまわし、扉を奥に押しやった。


 その瞬間だった。



 『警告!扉から離れてください』



 いきなり目に警告メッセージが黄色と黒で現れ、俺は咄嗟にドアノブを手放して後に下がった。と同時に、ドアノブにガツッと金属同士がぶつかり合う激しい音が響く。


 それは剣だった。


 そして、その一瞬のち、扉が開かれ一体の戦士が躍り出てきた。


 いや、人間ではない!骸骨が鎧を着て、剣と盾を持っている。その動きはゾンビとは比べ物にならないくらいテキパキとしている。スケルトンってやつか!


 俺は焦らず構える。


 先に動いたのはスケルトンだった。剣で素早く突きを狙ってくる。


 俺は咄嗟にその動きを避けながら、スケルトンの懐に入る。と同時に、その顔面目掛けて正拳突きを放つ。


 その拳はスケルトンの盾で防がれた……はずだった。だが拳は盾を貫き、正確にスケルトンの顔面を捕えていた。


 その一撃で背後に吹き飛ぶスケルトン。だが俺の攻撃は終わっちゃいない。


「セイヤッ」


 吹き飛ぶスケルトンに追い打ちの蹴りを入れる。その蹴りは盾ごと腕を折り、スケルトンは左に吹っ飛ばされ、壁にそのまま打ち付けられる。


 しかし痛覚が無いのか、スケルトンはその場で平然と立ち上がった。


 再び剣を突きの姿勢で構えて向かってくるスケルトン。


 ならばと再び突きを躱し、伸ばし切った腕目掛けて手刀一閃。その骨を砕き折る。


 これでスケルトンの両手は無くなった。


 俺はとどめとばかりに、スケルトンの腰をねらって蹴りを入れる。勢いよく入った蹴りは鎧ごとスケルトンの腰骨を砕き、そこには無様にのたうち回るスケルトンの上半身と下半身ができあがった。カシャカシャと鎧が床と擦れる音がうるさい。


 俺は近付いてスケルトンの頭蓋骨を踏みぬいた。と同時に、スケルトンの動きが止まった。


 さて、改めて室内だ。もしかしたらまだスケルトンが潜んでいるかもしれない。


 先程の事もある。俺は扉を蹴り開け、部屋の外からゆっくりと室内を観察した。やはり右の部屋同様、学校の教室を思わせる広さだ。そして、こちらの部屋には何脚かの机と椅子があり、壁には書架が並んでいた。


 部屋にはスケルトンはいなかった。


 特に本には興味はないが、一通りざっと壁に目を向ける。


 と、扉から見て正面のとある書架の回りを、赤いアウトラインが囲った。センサーが隠し扉の存在を探知したのだ。


 俺はその書架に近付き、グッと力を入れる。と、書架がぐるりと奥に回転した。忍者屋敷みたいだ。


 その中は小さな部屋だった。


 部屋の中央には小さな木箱がある。装飾からいって、宝箱のたぐいなのだろう。


 罠が無いか警告メッセージに気を付けながら、箱をゆっくりと開けた。


 中には、小さめのリュックサックが一つと、いくつかの宝石、そして指輪が一つ入っていた。


 リュック?考えてみれば、俺は手ぶらだ。何かこうやって見つけた時にしまうポケットすらない。ならばこれはちょうどいい機会だ。俺はそのリュックを掴み上げ、そのサイドポケットに宝石と指輪を入れると、それを背負った。小さめだがサイズ的には問題ない。


 そう言えば、アリサが色々な鑑定もできると言っていた。指輪はアリサに鑑定してもらい、宝石は彼女にあげよう。部屋代と食事代の足しにはなるはずだ。


 さて、その隠し部屋を出て、俺は再び玄関ホールに戻った。


 一階には、玄関ホールと左右の部屋、そして階段部屋しかない。


 いや、そんな馬鹿な?これでは外から見たよりも狭いぞ?特に怪しいのは右側だ。邸宅は右に長い建物だったのだ。


 果たして更に右に行く隠し扉があるのか?それとも、二階なり三階なりを経由しないと行けない部屋があるのだろうか?


 念のため、右の部屋に再度入り、センサーが反応するか最右の壁を調べたが、特に反応は無かった。


 やむを得まい、先に上階の探索をしよう。


 問題は、右の階段か、左の階段か。


 邸宅の規模を考えると、先に部屋数が少ないであろう左を探索するのが良さそうだ。


 そう考え、俺は左へ向かう階段に足を向けたのだった。



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