第三話 魔女の家
「カワズヒュウジさん、どうぞお入りになって」
玄関の扉を開けながら、アリサさんは俺を招き入れた。
「あ、俺のことはヒュージでいいですよ。ヒュージが名前、カワズは姓ですから」
「なら、私のこともアリサって呼んでくださいね」
微笑みながらアリサもそう言う。ヤバい、やっぱりメチャクチャかわいい。
居間の真ん中にあるテーブルへ俺を導き、
「どうぞ、こちらにかけてお待ちになって下さる?」
言って、アリサは居間と続きになっているキッチンへ行き、お茶の支度をはじめた。
かまどにやかんを置くと、彼女は指先をかまどへ向け、一言二言つぶやいた。すると、何も無いところから突然火が現れた。……本物の魔法だ。
「すごいな、魔法……!」
俺が驚いていると、アリサは
「これはただの生活魔法よ。もっとすごいのも見せられるけど、それはまた今度ね」
とさらりと言ってのける。
生活魔法……。魔法の手ほどきを受けている人は、普段からこんなことを出来るのか。
やがてお湯が沸き、ティーポットにお湯が注がれると、ふんわりと鼻をくすぐるいい匂いが漂ってくる。それから程なくして、アリサは俺と、その右隣にティーカップを用意し、テーブルの中央にお菓子を置いた。
「お茶が入ったわよ」
そう言って、俺のカップにお茶を注いでくれる。
ティーポットを持つその手も美しかった。スラリと伸びた指と、形の整った爪がものすごく上品だ。
そうしてアリサは俺の右隣に座り、自分の分のお茶を注いだ。
「どうぞお飲みになって。身体が温まるわ」
勧められ、ティーカップを口に運ぶ。
苦みのないハーブティだった。香りが鼻を抜けて心地よく感じる。
「おい……しい、です」
俺の言葉に、アリサが小さく頷く。
「改めまして、私、アリサ・グリーバーといいます。魔術師兼錬金術師なんですけど、街の人からは魔女って呼ばれてます。普段はポーションを作って売ったり、ちょっとした魔法の品なんかを売ったりして生計を立てているわ。あとは、魔法のアイテムの鑑定とか」
ポーション。ゲームでしか見たことは無いが、こういう世界でいうところの薬の類なのだろう。家の様子を見るに、それなりに色々なものが揃っているし、魔法用と思われる器具や、科学の実験で使うような道具が色々置かれているから、それなりに収入もあるのだろう。部屋のあちこちに、ポーションの材料になりそうな植物が吊るされているのも印象的だ。
「俺は、ヒュージ・カワズ。元の世界では学生をしてたんですけど、謎の組織に攫われて、人体実験の材料にされてました。その結果、ニホンアマガエルっていうカエルの能力を持つ改造人間にされてしまいました。ニホンっていうのは、俺が暮らしていた国です」
改造人間という言葉に、アリサは何やらつらみを感じ取ったようだった。
「改造……人間、ですか。もしかしたらお答えになるのが辛いことかもしれないけど、差し支えなければどういうものなのか教えてもらえます?」
優しいんだなぁ、このアリサという女性は。こんな俺のために、ここまで気を配ってくれている。
「改造っていうのは、元々の人体を別の素材や機械で置き換えることです。俺の場合、まず全身の骨が特殊な合金に置き換えられて、骨折しないようにできています。それと、筋肉がこれも特殊な金属と特殊な物質で、普通の人間の何倍もの力が出るようになっています。特に足は、カエルのように強力なジャンプができるようにされています。他にも内臓が全て人工内臓に交換されて、体内で特殊なエネルギーを生み出し、それを貯め込んで自由に使えるようになっています。目や耳も、普通の人の数倍の能力があります。それから脳も改造されて、コンピュータという機械が埋め込まれて、普通の人よりも様々な能力が使えます」
俺の言葉に、アリサは驚いていた。そりゃもっともな話だろう。誰が聞いたってこんな話は驚くしかない。
「そして、俺の最大の能力が、あのカエルのような姿に変身することです。そうすることで、全身の能力が格段に向上して、色んなところに隠れる能力や、水中で活動する能力なんかも発揮できます。戦うためにあのような姿に改造されました」
「痛くはないの?」
「痛みは無いです。むしろ頑丈になるので、痛みは減る、かな」
そう聞いて安心したのか、アリサはホッとした顔になった。
「それはきっとヒュージさんがこの世界を救うために授かった力なのね」
そうだ、この世界の話を聞かない事には。俺が何のためにこの世界に召喚されたのかを知らねばならない。
だが、その前に不思議に思うことがあった。
言葉だ。
なぜか最初から言葉が理解できた。そして、アリサの書架にある本の背表紙の文字も読めるのだ。日本語とは明らかに違うというのに、だ。
すると、突然視界の隅に文字情報が現れた。
『文字言語パターン解析完了』
ああ、脳内のコンピュータでもこの言語を解析したということか。
「アリサさん、召喚の際に、言葉がわかるようになるような魔法とかも使いました?」
俺の質問に、アリサはハッとした表情を浮かべた。
「そういえば、言葉、通じてるわね……。もしかして、本棚の本のタイトルとかも読めてます?」
その問いに、俺はええ、と頷く。
「きっと、召喚の女神様の祝福を受けたのだわ……」
「召喚の女神様?俺にとっては目の前のアリサさん、あなたが女神に思えてならないよ」
思わず溢した俺の言葉に、アリサは頬を赤く染めた。
「俺はあのままでは、最後の手術を受けて、俺という人間じゃなくなるところだったんです。けれど、その最後の麻酔をかけられた直後、俺の目の前に大きな光の輪が現れました。何やら難しい文字がいっぱい描かれた光の輪が俺を包み込んだんです。それがアリサさんの召喚の魔法陣だったんですよ。俺はアリサさんに救われたんです。アリサさんは俺の命の恩人です。あなたのためなら、俺はどんなことだってできる。あなたは俺の女神なんだ――」
いや、自分で言ってても恥ずかしいのだが、本心だから仕方がないし、このことはしっかりとこうやって感謝の弁で述べておくべきだと俺は思ったのだ。
だが、俺の言葉に、アリサは両手で顔を隠した。そこから覗き見える顔が真っ赤に染まっていた。
「そ、そんな、私が女神だなて、ヒュージさんほめ過ぎですよっ!」
褒めたわけじゃなく、事実を言っただけなんだが……女性って難しい。
ややしばらくしてアリサが落ち着き、俺は話の続きを聞かせてもらう事になった。
「この世界は、
オールド・レルムという世界のアルノック大陸中北部にあるケンデウス王国の首都トライスタ。うん、覚えたぞ。そしてアリサの家は町はずれにあるということも。
「勇者を召喚した、ということは、今この国には何かの脅威があるんですね?例えば魔王とか」
先程襲われていた時に、酔っぱらいの誰かがそんなことを言っていた。俺のことを魔王の手先、と。
「その通りよ。今、このトライスタの街の地下には魔王が降臨しているの。魔王の呪いのために王家は滅び、城の者は生きる死者となって城内をさまよい、夜な夜な街から人が攫われ、かつて修道院だった場所からは悪魔が出てきて人々を襲うようになったわ。このまま魔王が力を付ければ、やがて魔王は地上に現れ、街は地獄のような火の海になってしまう。これまで何人もの勇気ある人が城や地下のダンジョンに挑んだけれど、誰一人帰ってくる人がいなかったの。そこで私は、この街を救ってくれる勇者を召喚したわ。それがヒュージさん、あなただったの」
つまりは、王家の呪いを解き、地下深くのダンジョンへと潜り、魔王を倒せばいいのか。
「わかったよ、アリサさん。俺がこの街を救う。アリサさんが俺を救ってくれたように、今度は俺がアリサさんたちを救う番だ」
俺はそう言って強く頷いた。
「魔王がいる修道院の地下深くへは、城で王の呪いを解かなければいけないという話を、以前戦いに行っていた戦士から聞いたわ。だから、まずは城から調べるのが良いと思う」
「ありがとう。明日の朝から、さっそく城に行ってみるよ。さて、そろそろ夜も遅いし、どこか宿屋を教えてもらえるだろうか?」
俺がそう言うと、アリサはきょとんとした顔で答えた。
「ヒュージさんはうちに泊まるんですよ?お部屋も用意してあるわ」
は?なんですって?俺がアリサさんの家に泊まる?こんなうら若い美女と一つ屋根の下で寝食を共にするだって?
ブルブルブル、あり得ない。
「いやいや、それはさすがにマズいですよ」
「お嫌……ですか?」
嫌とか嫌じゃないとかいう問題じゃない。男としてそれはその、何というか……。
「い、嫌ではないですが、なんというか、礼節に反するというか……」
「そんな事気にしなくていいわよ!お、襲われる覚悟もできてるから!」
な、なんという事を言うのだこの女神様は!!
「わ、私、一途だし尽くすタイプだからっ!」
「え?」
き、聞き間違い、だよないくら何でも……?
そして、後に俺は心無い人々からこう呼ばれることになる。「魔女のヒモ」と。
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