第二話  河原

 再び意識が戻った時、俺は五、六人の男たちに囲まれていた。


 俺は仰向けになっており、背中には石か何かの感触。


 空は満天の星空だった。


 すぐ近くからは川のせせらぎが聞こえた。


 視覚情報(俺の目には、目から見える視覚に加えて、様々な情報が表示されるのだ)から察するに、今の俺は変身態のようだった。


 周りを取り囲んでいる人間からは、アルコールの反応が検出された。人数は五人。


「カエルの悪魔だ、やっつけてしまえ」


 そう言いながら、俺の腹を一人が蹴ってくる。


 痛くはない。俺の腹部の軟質装甲がダメージを吸収してくれている。


「何でこんなところにまで悪魔が出てきてるんだよ」


 そう言いながら、別の男が俺の太ももを踏みつける。


 悪魔?この俺の姿が、こいつらには悪魔に見えるのか?


 俺もまじまじと周りの連中を観察する。


 服装が異質だ。俺がいた二十一世紀の日本の若者が着るような服ではない。


 何といえばいいのだろうか、古臭い……そう、世界史の教科書に載っていた中世の頃の人間が着ていたような、そんな感じの服装だ。


 よく見れば、剣を持っている男までいる。


「さっさと殺しちまった方がいいだろうな」


 剣を持った男が、ズリッと剣を引きずり、持ち上げた。


 オイオイオイオイ、そんな物騒な真似はやめてくれ!


 剣が振り下ろされた。


 俺は思わず、腕を交差してその剣を受け止める。


 ぶにゅっという感触と共に、剣は俺の体を傷つけることなく、そこで止まった。


 やや重苦しかったが、腕は動かせた。ならば全身はどうだろうか?麻酔の効果でふらつかなければ良いが。


 やれやれ、と俺は立ち上がってみた。大丈夫だ、少し頭にめまいは残るが、足元はふらつかない。


 何気に全身をみると、体中に何カ所も足跡がついている。


 俺が気付くまでに何度も蹴ったり踏んだりしていたのだろう。


 首を左右に動かし、手のひらをフルフルと振ってみる。


「お、おい、起き上がったぞ!」


 そりゃ起きるさ、気が付いたんだから。いつまでも寝てはいられないだろう?こんな場所で。そもそもここがどこかもわからないんだから、俺は。


「お前たち、俺に何をした?」


 ひとまず聞いてみた。蹴られようが踏まれようが、こちらには傷一つない。しかも今の俺がこいつら相手に喧嘩でもしようものなら、とんでもないことになる。


「おい!しゃべったぞこの悪魔!」


「なんだってこんなところにいるんだカエルの化け物め!」


「なんでおれの剣を受け止めやがったんだ!やっぱり悪魔なのか!?」


「とうとう街中まで侵略するつもりか!魔王の手先が!」


 なんだか酷い言われようだ。そもそも俺は悪魔ではない。改造人間だから化け物ってのは認めざるを得ないが。


「なあお前ら、俺は悪魔でも何でもないし、お前らを取って食おうとも思ってないよ。俺を蹴ったり踏んだりしたのも大目に見るから、まずは落ち着いてくれないか?」


 俺の言葉に、連中は一瞬警戒した。そりゃそうだろう、見た目カエルの頭にカエルの体、胴体には奇妙なベルトを巻いて、その胴体からは人間の手足が生えている男が落ち着いてくれと言ったって、はいそうですか、とは普通はならない。


 まして日本人から見ればかわいらしいアマガエルでも、このサイズとなったらそれはそれで不気味だろう。それが明らかに日本とは異なる場所での遭遇であれば、なおさら怖いに決まっている。


「うそつけ、そんな格好して悪魔じゃないわけないだろう!」


「どうせそうやって言って安心させたところを襲うんじゃないのか?」


「俺が!俺が退治してやる!」


 そう言って剣を持った男が、剣を上段に大きく振りかぶった。


 おいおい、そんなんじゃ人も斬れないよ。


「死ね!」


 ブン、と剣が振り下ろされた。が、その剣は俺に綺麗に白刃取りされていた。いや、白刃取りとは異なる。片手で吸着するように剣を横から押さえ、残るもう片手で力を込めて剣の腹を横から叩いたのだ。その結果起きたのは……。


「け、剣が折れた――」


 そりゃそうだ、狙って折ったんだから。今の俺は常人の数倍の速さと筋力を持っている。こんな剣ごとき、折ることなど雑作もない。


 目の前で剣を折られた男は、腰を抜かしてちびっていた。


 周りの連中も恐怖のためか動けない様子だ。


「なあ、もうやめろって。悪い事は言わない、俺のことは見なかったことにして、どこかに行ってくれないか?」


「た、助けてくれー!」


「ひぇ~!」


 と、俺の言葉に二人ばかりが逃げ出した。


 残るは三人。


「なあ、俺はなんにもわからないまま、いつの間にかここに投げ出されてたんだよ。気が付いたらお前たちに踏んだり蹴ったりされてたんだ。俺の方がわけがわからないんだよ。だからほっといてくれると助かるんだが。それか、俺にここの事教えてくれる優しい奴はいるか?」


 一人一人に顔を近づけながら、俺はそう問いかけてみた。特にちびった男には念入りに。


 ちびった男は恐怖に首をブルブル振るだけで、どうやら俺の言葉も耳に入っていない様子だった。


 残った二人は、それなりに理解を示して、


「わ、わかったよ。あんたのことは誰にも言わない、忘れる。だから逃がしてくれ」


「だから取って食おうなんて思ってないから。早く逃げろよ」


 俺の言葉に、一人は足早に逃げて行った。


 もう一人も、わかった、わかった、と首を縦に振りながら逃げ出した。


 さて、最後の一人だ。


「どうする?あとはお前だけだぞ?」


 その男の前でカエルのポーズでしゃがみ込み、顔の高さを合わせた。


「剣を折っちまったのは悪かったよ。でもな、いきなり悪魔呼ばわりされる俺の気もわかってくれよ。さ、俺のことを忘れてくれるなら、もうこれ以上は俺も何もしないから……」


 言ってるる最中に、男は猛烈な勢いで後ずさった。


「あ、悪魔に契約させられる!契約させられる!」


「だからそんなことはしねえって」


 言いながら、男はようやく立ち上がり、折れた剣の刃の部分を拾い上げると、慌てるように走り去った。


「ふぅ、やっとか……」


 思わず声に出た。


 それにしても、ここはどこなのだろう?ここが河原の土手の下で、周りには家も何もないことだけは確かだ。


 いや、割とすぐ近くに橋がある。石を組み上げて作ったアーチ状の橋だ。


 すると、突如視界にインフォメーションが現れた。橋の下、陰になっているところに一人の人間がいる、と。そして、赤枠でそのアウトラインが描かれた。


 まいったな、まだ見ている人がいたのか。ここは同じく無害だと知らせて追い払うべきか。


 俺はゆっくりとその橋の陰に歩を進めた。


 すると、驚いたことにその人物――うら若い女性だ――が俺に向かって駆けよってきたのだ。


「やっぱり召喚が成功したのね!来てくれてありがとう、勇者様!」


 ちょっと待て、今度は勇者様だって!?しかも今の俺はカエル人間だぞ?とてもじゃないが勇者には程遠い存在だ。


「いや悪い、人違い、いや、カエル違いじゃないのか?」


 だがその女性――ものすごい美人だ、まるでハリウッドの女優さんみたいな――は首を振って言った。


「間違いじゃないわ、私が結んだ魔法陣で召喚されたんですから!ちょっとタイムラグはあったんだけど……」


 何やら申し訳なさそうな顔をして、その女性はそう言う。


 俺はまじまじとその女性を見た。何やら全体的に露出の傾向の高い服装――黒のショートパンツに白いタンクトップ、その上から赤い革のチョッキを身に付けている。胸元は大きく開き、形の良い大きなバストの谷間が強調されている。肩にはマントをかけており、その丈は腰辺りまでだろうか。色は裏が黒、表が濃い赤。そして、身体の至る所に何やら不思議な輝きを持つ宝石が付いたアクセサリーを身に付けていた。


 顔はやや童顔だが非常に整っており、知的で快活そうな目は茶色く、今にも吸い込まれそうだった。スッと通った鼻筋と、瑞々しいぷっくりした唇が印象的だ。髪は赤茶色の癖っ毛で、長さは肩よりも少し下くらい。俺が今まで出会った女性の中では、断トツで美人でかわいらしかった。正直、その顔を見るだけでドキドキするほどだ。これで惚れるなってのは無理がある。


 そして、右手にはいかにも魔法使いです、と言わんばかりの、やや短い杖を持っていた。


 もしや、ここは剣と魔法の世界、とか言うんじゃないだろうな?俺も悪魔とか呼ばれたし。


 とりあえず目の前の女性の事を聞かねばなるまい。


「えーと……誰、ですか?」


 あまりにも美人過ぎて正直ド緊張しているのだが、とりあえず聞かねばなるまい。いや、俺から名乗るのが礼儀か!?


「あいや、まずは俺から。河津飛勇児、職業は大学生、でした。今は改造人間……です」


 言ってペコっと頭を下げる。


「えーと、私はアリサ・グリーバー。魔術師兼錬金術師よ」


 魔術師――。やはり、剣と魔法の世界ってことか?


「すると、要するに魔術師のあなたが、魔法陣を使って俺を召喚した、と。そういう事?」


「そうよ。私の魔術で、異世界から勇者を召喚しようと思って今日のお昼ごろ魔法陣を使ったんだけど、その時は何も現れなくて。失敗しちゃったって思っていたんだけど、なんとなくその後も気になってて、それで夜になって様子を見に来たら魔法陣を描いた場所にあなたが転がっていたの。それで声を掛けようかどうしようか迷っていたら、酔っぱらいの集団があなたの事を見つけちゃって……」


 話がつながった。


 そうか、アリサと名乗ったこの女性が最後の改造手術から俺を救ってくれた恩人なのだ。


 ここがどういう世界かはわからないが、彼女が召喚の魔術を使わなければ、俺はあのまま自我のない改造人間として完成させられるところだったということだ。


 そのまま自我を失って組織の言うとおりに働くよりは、自我をもって何かをする方がいい。


 そうだ、変身を解かないと。


「えーと、驚かないでくださいね」


 言うが早いか、俺は改造態から人間態へと姿を変えた。


「これが、俺の本当の姿です」


 俺の姿を見るや否や、アリサは顔いっぱいに嬉しさを浮かべて俺に抱き着いてきた。


「良かった……やっぱり私の勇者様だった!」


 良かった?


 私の……勇者様?


 さっっっぱり意味がわからん。


 が、こんな美女に抱きしめられたら、そりゃ嬉しいよな。すごくいい匂いがするし。


 唯一、脳以外で改造されなかった俺の息子も正直に反応していた。こ、これは対応に困るな……。


「あ、あの、アリサさん、こういうの、すっごい嬉しいんですけど、ひとまずどこか落ち着けるところで色々お話を聞かせてもらえませんか?」


 ちょうど俺の口元近くにあった彼女の耳に、俺はそう囁きかけた。


 すると、彼女は飛び跳ねるように俺から離れ、


「あ、ご、ごめんなさい!あまりにも嬉しくって、つい……」


 何が嬉しかったんだろう?いまいち俺には良くわからないが、彼女が嬉しかったのならばそれでいいか。


「じゃあ、うちに行きましょうか」


 そう言って、彼女は立ち上がった。



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