改造人間ヒュージ、異世界へ行く
依頼者米利
第一部 呪いの連鎖
第一話 手術室
日本と言わず世界には、社会の暗部というものが存在する。例えば反社会的組織であり、麻薬カルテルであり、人身売買組織であり、政治を裏で操る大物であったり……等などだ。
だが、その奥の奥には、更なる『闇』が存在する。表の人間には到底触れられることのない、そして裏の人間でもほんのごく一握り、その中でも更に厳選されたであろう人材しか知らないような世界が存在する。そう言う闇は、社会をまさに「操る」事ができる。誰にも知られず、あたかもそんなものなど存在すらしなかったように消し去ることができるほどの力を持つ。
今の俺は、まさにそんな闇の一端に捉えられ、そして表の人間ならば一笑に付すような状況にあった。
今の俺を捕えているのは、日本の暗部に存在する秘密結社デストロイ。医療技術系組織、義肢・人工臓器開発企業、生体テクノロジー開発企業、製薬会社、コンピュータ開発企業、そして海外の軍事企業、そういった企業組織が裏で技術と資金を出し合い、新たな人間兵器を開発するために作られた結社である。
そして俺は今、ある手術室の手術台の上に寝かされ、手足を拘束されている。
もう一体何度目の手術だろうか。デストロイに拉致され、すでに半年以上経つ。そして毎日薬品投与され、数日に一度手術室に連れて行かれ、様々なテストを繰り返させられてきた。
だが、今日の手術は何やらいつもとは様子が違った。
普段なら明かりなど点いていない、手術の様子を観察するために設置された二階部分に煌々と明かりが灯り、各業界のお偉方と思われる要人たちが、手術室を、そして俺を見下ろしていた。
手術室にも、普段はいないお偉い天才教授のような白衣を着た爺さんが、階上の連中からその偉業を称えられている。
聞こえてくる声から察するに、今日は最後の手術が行われるのだという。そして、この秘密結社デストロイで最初の改造人間である俺の誕生を祝おうと、結社に関わる企業連中が集まっているのだ。
俺に残された最後の手術とは、俺の人格を取り去り、従順な兵士とさせるための脳改造チップの取り付け。この手術が行われれば、もう俺という人格は存在しなくなる。
これまでに俺になされた手術の内容を振り返れば、結社の実験はほぼ成功していると言っていい。筋力増強や人工骨格・人工関節による肉体の強化、内臓の機械化およびエネルギー精製・貯蓄システムによる活動時間の長期化、ステルス性能、戦闘能力の向上、極限状態による生存性の向上……等など、様々な能力が俺には搭載されている。おかげで、姿はもはや人間とは呼べないような代物になっているのだが。
そしていよいよ、この俺をとうとう人間以外の何かにするための最後の手術が行われようとしていた。
今、手術室では責任者である教授が、俺の性能についてのプレゼンテーションを行っていた。
上階の連中はその内容を熱心に眺めている。
内容は、俺の血液に含まれるナノマシンの解説だった。身体の自己修復を担う、システムとしても重要な部分の一つだ。
そもそも俺、
俺は工業系大学の建築科に通う平凡な大学生に過ぎなかった。スポーツの成績で奨学生として入学したが、それはそもそも俺にはもう家族親戚もなく、ただの孤児だった俺にできる唯一の手段だったからだ。いや、天涯孤独の身だからこそ、そしてただの大学生だったからこそ目を付けられたのかもしれない。俺一人この社会から消えたって、誰も気にしない。だから俺は狙われたのだ。頭脳面は、思考を補助するAIが高度なサポートをしてくれるからそこまでの資質は求められていなかったのだろう。それよりは肉体面か。スポーツが優秀だったからこその抜擢。俺は奨学生時代からずっと野球一筋だった。ポジションはキャッチャー。肩と打撃には自信があった。
実際、俺以外に拉致され、研究対象となっている連中はやはり身体能力の高いものが多かった。
改造の内容は個々によって違っていた。テスト施設では俺と同じようなテストをさせられるものから、俺とは全く違うテストをさせられるものまで様々だった。
俺のテストは、基本的には身体能力に伴うものが多かった。特に筋力の増強と反射神経、肉体の耐久力、といった標準的なものから、壁や細い足場などにへばりつく能力、カメレオンのように体色を変える能力、水中での活動能力、動体視力といった特殊なテストが多かった。
なんでもほぼ全員が何らかの別生物の能力を移植されているようだった。それはまるで変身ヒーローものの特撮に出てくる怪人のようだったのだ。
では、俺に植え付けられたのは何の生物の能力なのだろう?
跳躍と蹴りについては随分と何度もテストさせられたが、少なくともかの有名なバッタの改造人間ではあるまい。
耐久力のテストでも、俺の体表面は柔らかく衝撃を吸収しやすくできているようで、その中に柔軟性の強い人工筋肉と、高強度の骨格が組み込まれているらしい。
動体視力も相まって、反射神経も高いようだ。飛んでくる何かをつかまえることは雑作もない。ただ、それは手でではなく、腕よりも長く伸びる粘着質の舌と、それに似た材質で作られた俺専用の武器に寄るものなのだが。
そして、俺には毒の能力も備わっている。それも噛んだり尻尾を使ったりという手段ではなく、体表を覆う特殊な粘液に含まれているそうだ。たとえば傷ついた相手にその粘液を塗り込んだり、相手の粘膜組織に粘液をすり込んだり、自分の持つ武器にその粘液を塗って相手を攻撃したり、という使い方ができるらしい。
また、通常は薄緑色の体表をしているが、主に石やコンクリートのある場所で体色を変えることにより隠密性が向上し、また肉体の構成で電波やレーダーにはかかりにくく、体温も周囲に合わせることで赤外線などにも強く、ステルス性能にも優れているらしい。
壁や天上、木などの細い足場等に吸着する能力も持っている。
そして、水中でも活動に一切の不便はない。
これらの能力から推測するに、俺はニホンアマガエルの改造人間なのだろう。
それを証明するかのように教授のプレゼンテーションでもちょうどニホンアマガエルの写真が写っていた。
そりゃ俺の苗字はたしかに河津だが、だからとてかわず=かえるというのは短絡にも過ぎるだろう。
もちろんこれから様々な作戦に俺が使われるであろうために、人間態と改造態の二つを使い分けられるようにはできているらしい。人間態の時は体力系の能力こそ常人より優れているが特殊能力は発揮できず、それらは改造態に変身しなくては使用できないらしい。
これまで何度もテストしているが、変身には約五秒の時間がかかる。
せめてこの最後の脳改造手術前に、教授が助けてくれたり、別のヒーローが助けに来てくれたりしてくれれば、俺も正義のヒーローとして活躍できたのかな、などと妄想してみるが、世の中はそんなにうまくはできていないものだ。
そろそろ教授のプレゼンテーションが終わる。そうしたら、俺はまた麻酔をかけられ、手術されるのだ。そして次に目覚めた時には、今こうしてものを考えている俺はもうこの世にはいない。
いるのは、秘密結社デストロイの改造人間、ニホンアマガエル男。見た目だけはかわいいはずだ。親しみやすいゆるキャラにもなれたかもしれない。
だが俺は、人間兵器として改造されたのだ。要人暗殺、スパイ活動、秘密作戦の数々に関わるべく改造された。組織の改造人間第一号として、組織に手足のようにこき使われる運命が俺を待っているのだ。
そして、プレゼンテーションが終わり、いよいよ最後の改造が始まる。
俺の口元に、麻酔用のマスクが被せられた。
これで今の俺とはお別れだ。さようなら、俺。
次第に麻酔のせいか、感覚が鈍くなる。
そんな時だった。いつもとは違う明るい手術室の中が、さらに眩しくなった。
何やら丸い円に複雑な模様が描かれたものが俺の真上に現れた。
何だこれは。
だが手足が固定されている俺にはどうしようもない。
麻酔で体中から自由が奪われている俺はこれに身を委ねるしかない。
まわりで博士が、助手たちが何か怒鳴っている。
階上の窓から覗いてる奴らが不思議そうに俺を見つめている。
だが、俺の意識は遠のくばかりだった。
フッという感覚と共に、俺の意識はなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます