第3話 そりゃそうだろ

 俺はおもむろに右目のコンタクトレンズを外す。


 ぱちくり。

 ぱちくり。

 分かりやすく片目だけ瞬きをして見せた。


「急にどうしたんですか? 目にごみが入りましたか?」


 いやいや、ごみは入ってないのよ。はははと両手をひらひらさせて、そのままキスでも出来そうなぐらい距離を縮める。「いきなりすぎっ」とあたふたする彼女でも理解できるように、もう一度右目をゆっくりと閉じては開ける。



「も、もしかして――」



 やっとわかってくれた?

 うん。そうなんだよ。

 俺の目って、爬虫類みたいに黒目がやけに縦長じゃない? 特殊なコンタクトレンズで隠してたけどさ。

 実は、俺も咲ちゃんに内緒にしてたんだけど、ぶっちゃけた話、人間じゃないんだ。正確には人間なんだけど、進化の系統から少しだけ外れた存在なんだよね。

 もう、はっきり言っちゃうけど、俺は恐竜の末裔なんだ。

 詳しいことは知らないんだけど、原人から進化した人ではなくて、太古の昔に生命の分岐をした、爬虫類から進化した人間なんだって。



 つまり竜人なんだ。



 正式にはホモ・ヴェロキラプトルって、じいちゃんから教わった。ラプトルって足の早い泥棒って不本意なネーミングらしいけど、かなり知能が高かったみたい。だから、経理部に配属されたのかな。まあ、本来の意味通りに手も早いけどね、たはは。


 さっき、咲ちゃんがなんか当たってるって怪訝な顔したモノって、退化した尻尾だと思うんだよね。尻尾っていっても猿みたいに毛が生えてないし、長くもないけど、硬質で尖った感じだから、ちょっとぶつかったら違和感あるかも。



 咲ちゃんは両手で口を押さえて、「うそ……」とつぶやく。



 実は、今日の映画のチョイスは迷ったんだ。無難な恋愛映画にしようか、それともアルマゲドンにしようか。

 俺、本能的に隕石嫌いだからさ……。

 でも、ちょっと古い映画だから、令和の時代に合わせてジェラシックワールドを選んだつもり。

 咲ちゃん、この映画を気に入ってくれたから、俺が竜人って自然な形で告白できたのかな。と、今となっては前向きに考えるしかない。少しだけ空気が張り詰めていくのがわかる。

 暫しの時間が経ったのち、彼女は意を決したように、こちらに質問を投げかけてきた。



咲「えっと……、本当に竜人なんですか?」

俺「うん。ちょっと肌がざらざらしてるかも。スキンケアはちゃんとしてるよ」

咲「いつから地球に溶け込んでるんですか?」

俺「中学生からかな。小学校はまじでやばかった」

咲「好きな食べ物はなんですか?」

俺「麻婆豆腐かな」

咲「日本語しゃべれますよね?」

俺「うん。漢字検定準2級だよ。あはは」

咲「ご両親はどうしてるの?」

俺「親は茨城県に住んでるよ。今度、実家にくる? 自然豊かでいいところだよ」

咲「ちょっと、尻尾とか触ってもいいですか?」



 咲ちゃんは目を輝かせて、白い手を伸ばす。

 その顔は、興味津々とばかりにひどく興奮していた。透けて見えている心臓の動きも、どくどくどくどく、早い早い。ココロもカラダも丸見えだ。



「わたし、好きな人の体って触りたくなっちゃうんです」



 ぺろりと舌なめずりする咲ちゃん。よく見ると、薄っすらと舌の先端が透けている。もしかして、彼女の体は興奮に応じて透けたりする仕様なのか。今さら何があっても驚きはしないが、また一つ彼女を知れた喜びに、胸が躍る。



「触っていいですか……?」



 ずいっと身を乗り出す咲ちゃん。


 そんな彼女にいう言葉はただ一つ。


 それは――。





「いいよ」



 だって、あのセリフは咲ちゃんのものだよね。


 自宅という密室に男女が二人きり。しかも、宇宙人と竜人。

 はちゃめちゃ過ぎるシチュエーションだけど。



 この後は、めちゃめちゃ――だろ?


 了


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いきなりすぎっ! 小林勤務 @kobayashikinmu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ