夜伽

 それは風呂場とは真逆の格好。


 兄である俺が服を着ていて。

 弟である玲が裸。


 以前、夏の暑い日に俺も服を脱ごうとしたことがあった。

 しかし玲はそれを諌めた。

 主人である俺が、夜伽の最中に裸になってはいけないと。


 もちろん、俺が玲の指示に従わなきゃならないなんて事はない。

 玲もそれはわかっていて、だから玲の言葉は忠言というよりも懇願に近かった。

 いけないことだと教えられたから、どうかそれはしないでほしいと。


 つくづく、この家のルールはよくわからない。

 風呂では肌を晒すどころか性器を洗わせてまでいるのに。

 寝室では俺が服を着ていなければならないなんて。


 不合理だし、理解もできない。

 それでも、わざわざそのルールに逆らう気もないので。

 俺は夜伽で裸になったことはない。


(冷房は……いいか。今日は涼しいし)


 もう少し季節が進んだら、夜伽の度に冷房をガンガンに効かせる必要が出てくるだろう。

 和室で冷房を酷使するのは効率が悪いだろうが、電気代を気にしなければならないような家でもない。


「一宏様」


 いつの間にか、玲が目前に迫っていた。

 玲の髪から発せられている香りが、鼻先にふんわりと漂っている。


 同じシャンプーを使っているはずなのに、何故だか玲の香りはより甘く感じられた。


「ん……ああ。ズボンな」

「はい」


 障子は閉められ、光源は障子越しの月明かりだけ。

 その中で、眼前に迫った玲の瞳がわずかにきらめいている。


 玲の指が腰に伸びて、ジャージに引っ掛けられる。

 少し腰を浮かせてやると、慣れた手つきで下着ごとジャージが膝まで下げられた。


「それでは、失礼します」


 眼前にあった玲の顔が下がっていく。


 首。

 胸。

 腹。

 腰。


 そして吐息が触れるほどに、玲は性器に接近した。


「っ……」


 勝手に、唇から吐息が漏れた。


 あまり自覚していなかったが、俺の体は性欲の発散できる時を待ち侘びていたらしい。

 玲の吐息に撫でられているだけで、性器に血液が集まっていくのがわかる。


 夜伽を急いだ方がいいとした玲の判断は、当たってはいなくとも見当違いでもなかったということだ。


「始めます」


 玲の右手が性器に触れた。

 親指と人差し指で陰茎の根元に輪っかを作って、残った指でふんわりと包み込む。


 それは風呂場でしていたような手つきではなく。

 位置を固定して、これからの行為から逃さないための動きだ。


「くっ……」


 これからの刺激を予感したのか、下半身にぞわりとした感覚が走った。


 あたりまえだけれど、夜伽はセックスではない。

 その目的は子作りではなく。

 その趣旨は快楽ではない。


 夜伽は性欲を発散できればそれでいい。

 性的満足感なんて必要ない。


 だから、玲の行う夜伽にはキスも愛撫もない。


 あるのは、直接的な性器への刺激行為だけだ。

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