寝る前もふたり
木造の古い家ではあるが、内装が全て和風であるかといえばそうではない。
トイレやリビングなど、リフォームによって洋室となっている箇所もあり、俺が物心ついた頃には部屋と施設のほとんどが洋風だった。
ここまでリフォームするのなら、いっそのこと建て直してしまった方が良かったのではないかとも思う。
外観が古い日本家屋のままではあまりにもチグハグだから。
しかし詳しい実情を知らない俺には口を出すこともできなくて、親父の死んだ今ではその意向を知ることもできない。
当主となった今なら、過去のことなんて無視して新しく家を建てることもできるのかもしれないが。
(まあ、別にいいか。内と外がチグハグでも、困る事はないし。玲も別に気にしてないだろうし……)
俺の部屋はそんな家の中でもまだ和を残している数少ない一室だ。
ベッドではなく敷布団。
クローゼットではなく押入れ。
ドアではなく障子。
周囲のリフォームも知らん顔で、古い日本のまま取り残されている。
今時、和室なんて不便なだけだ。
情緒に理解のある人間でもなければ、洋室の方が現代人の暮らしには適している。
長男である俺なら洋室へと自室を移すことも、リフォームを頼むこともできたのだろう。
それでも今でもこの和室を自室にしている理由は、単に部屋を変えるのが面倒くさいからだ。
同じ家の別の部屋に自室を移すだけでも面倒くさいのだから、俺は引っ越しなんて一生しないのだろう。
少なくとも必要に迫られない限りは、この家に暮らし続けるのだと思う。
玲とふたりで。
俺が結婚をするまでは、ふたりきりで。
「一宏様」
障子に人の影が映る。
プライバシーの欠片もない頼りなさすぎる扉だが、いまさら玲に隠したいこともない。
玲の把握していない俺のことなんて、それこそ胸の内だけだろう。
(ああ、でも珠美さんにまで明け透けなのはちょっとな……。客室は、なるべく俺の部屋から離れた部屋を用意しないと)
「……一宏様?」
「ああ、悪い。もういいのか?」
「はい。こちらの準備は整いました。一宏様はよろしいでしょうか?」
「こっちも終わったら寝るだけだ。入っていいよ」
「失礼いたします」
静かに、障子が横に開く。
内庭を背景にして。
三日月の月明かりを照明にして。
影だけの輪郭から、実体へと玲は姿を変えた。
昼の玲はいつだって着物に割烹着だ。
無地の暗い色の着物の上に白い割烹着を被さっていて、重装備なイメージが強い。
一方で、朝と夜はその真逆だ。
玲はいつも長襦袢を着て就寝している。
実際に寝ているところを見た事はないが、夜伽の時はいつも肌が透けるほどに白い長襦袢を羽織っているから、寝間着なのだろう。
ジャージを着ている俺よりも、ずっと軽装な格好だ。
「あれ、もう風呂入ったのか?」
玲の黒髪は、昼よりも一層艶やかに月光を弾き返している。
まさに濡羽色だ。
「はい。一宏様の体を汚すわけには参りませんので」
「早いな。俺が上がってからそのまま入ったわけじゃないだろ?」
「……勝手ながら、今の一宏様をお待たせしてはならないと思い、早急に残っていた家事を終わらせて入浴を済ませました」
「あー……そうか……」
「はい」
直接手で触れられているとはいえ、普段は玲に洗われているだけで勃起なんてしない。
風呂場での様子から、玲は余計な気を回したようだ。
「でも、髪とかまだ乾いてないんじゃないか? 服だって、所々濡れてるみたいだし」
「ご心配には及びません。髪が乾いていたとしても、夜伽を始めればまた濡れます。そして夜伽の最中、私に服は必要ありません」
「……それもそうか」
「はい」
「んじゃ、頼むわ」
「承知いたしました」
電気が消えると、部屋は月明かりだけが頼りの薄暗闇に包まれた。
目が暗がりに慣れるまでの明瞭ではない世界で。
俺の瞳は、長襦袢を脱ぎ去る玲を映していた。
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