入浴はふたり

「一宏様」

「入っていいよ」

「失礼いたします」


 浴室に湯帷子ゆかたびらを纏った玲が入って来る。

 この時だけは、主従が逆転したかのように俺だけが裸だ。


「頭はもう洗われてますか?」

「ああ、もう終わってる」

「それでは、体を洗わせていただきます」

「よろしく」


 湯帷子が濡れることも厭わずに、玲はタオルで俺の体を擦り始めた。


 別に、一人で体が洗えないわけじゃない。

 体の洗い方なんて、石鹸を纏わせたタオルで皮膚を擦るだけなのだから。


 それなのに、どうして俺が玲に体を洗わせているのかといえば。

 やっぱり、これが昔からの日常であって。

 ふたりともに、変える気がないからなのだろう。


「……」

「……」


 首。

 肩。

 腕。

 脇。

 胸。

 背中。

 腰。

 腹。


 いつもと変わらない順番。

 いつもと変わらない力加減。

 いつも通りの心地良さ。


 上半身を一通り洗い終えたら、一度シャワーで流して。

 玲はぐっしょりと濡れた湯帷子を纏いながら跪いて、今度は足を丹念に洗い始める。


 薄い胸板が透けているのを見ると、服を着ている意味なんてないように思えるけれども。

 玲がそう教育されたのなら、俺が口出しする必要もない。


 足の裏、指、甲。

 ふくらはぎ。

 すね。

 膝。

 太もも、外腿、内腿。


 足回りを一通り洗い終えたら、またシャワーで流して。

 そのあとは――


「一宏様――」

「わかってるよ」


 俺は風呂椅子から立ち上がる。

 椅子に座ったままでは玲が洗えない場所を、玲が洗えるように。


「……では、失礼いたします」


 タオルを脇に置いて、玲は素手で洗い始める。

 柔らかな手で絡みつくように。

 汚れをこそぎ落とすように。


 丹念に。

 丁寧に。


 将来に伴侶を持つことがあっても、こんなことは嫁にはさせないだろう。

 それくらいの羞恥心と常識は俺にだってある。


 ではなぜ玲にはさせてるのかと言えば、昔からそうだからとしか言えない。


 玲が物心着く頃には、俺はもう家で自分の体を洗うことはなくなった。

 自分の体の洗い方よりも先に兄の洗い方を教えられたと言われても、俺はそれを信じるだろう。


 俺の身の回りの世話は、全て玲がしている。

 食事も。

 炊事も。

 身だしなみも。


 これでは、逆に玲に支配されているようだとも思わなくもない。

 まるで犬や猫のようなペット。


 俺は自分が主人だと勘違いしているだけで。

 その実、玲に飼われているだけなんじゃないかって……。


「……」

「……一宏様。いかがなさいますか?」


 硬くなったそれを前にして、玲は俺に伺いを立てた。


「……」


 葬式を珠美さんに丸投げしていたとはいえ、それでも最近は忙しかった。

 だから最近は性欲も溜まりっぱなしで、

 それが玲の手つきに反応をしてしまうのも仕方のないことで、

 何より――


「……寝る前に頼むわ」

「かしこまりました。では、このまま洗浄を続けます」


 ――別に、玲の前で勃起をするなんて初めてのことじゃない。


 俺の身の周りの世話は、全て玲がしている。


 食欲を満たすための食事も。

 性欲を発散させるための夜伽も。


 俺の世話は、昔から玲がしてきた。

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