一人きりの食事

「いただきます」


 四人掛けの食卓の上には一人分の夕食。

 夕食を囲って座るのは俺一人だけ。


 親父が床に臥せるようになってからずっとこうだけれど、そもそもこの食卓を四人で囲んだことは一度もない。 


 親父が元気だった頃も。

 母親がまだ生きていた頃も。

 玲が生まれてからも。


 俺がこの家で食事を共にしたことがあるのは、親父だけだ。


「……」


 玲はいつものように壁際に突っ立って控えている。

 無表情に。

 無音で。


「おかわり」

「はい」


 こうして呼びつけた時にだけ、玲は人として起きるかのようだ。


 玲が生まれてからずっと同じ家で暮らしているが、玲が食事している姿は数えるほどにしか見たことがない。


 多分、そう言いつけられてきたのだろう。

 親父と俺には食事をしている姿を見られないように。


 それになんの意味があるのかはわからないが、玲はそれを今でも守っていて。

 以前、偶然食事を見かけた時にはいつになく慌てていたのをよく憶えている。


(あまりにも慌てるものだから、俺が謝っちまったんだよなあの時は……)


「……」

「……」


 食事中に過去の記憶に想いを馳せても、それを口に出すことはない。


 食事中に会話をするのは学校でだけだ。

 日常の些事や、食事における嗜好についての談笑をこの家でしたことはない。


 それを寂しいと思ったこともない。

 記憶の中の食卓では、いつも同席者の親父は無愛想で。

 母親と玲は、無表情に傍で控えているだけ。


 それが普通ではないのだと知った時には、

 それはもう俺の当たり前になってしまっていた。




「ごちそうさま」


 食事の終了を告げると玲が食器の片づけを始める。

 この家の資産なら自動の食洗器なんていくらでも買えるのだろうけれど、今でも食器は玲が手洗いしている。


 家事を楽にするための家電を欲しがるのは家事を行う人間だけであって。

 当人の玲がそれを欲しがらない限りは、この先も導入されることはないのだろう。


「玲、風呂は?」

「はい、いつでも入れます」


 食器を洗う手を止めて、わざわざこちらに向き直ってから玲は答えた。


「じゃ、先入るから」

「かしこまりました」


 俺がリビングから立ち去るまで頭を下げ続ける玲。


 親父が死んでも何も変わらない。 

 変わろうと思わなければ、きっと変われなくて。

 変わろうと思うためには、満足していてはいけなくて。


 だからきっと、これからも俺たちは変わらないのだろう。

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