第9話 諦め

 大原刹那と三浦葵衣の前に男が立ちふさがっていた。


 その手には物騒な凶器、日本刀。

 もう片方の手に行灯をブラ下げている。男が行灯を地面に置く。その拍子に男の顔が見えた。

 その顔つきは凶悪。

 もう暗いぞ、明かりを貸してやろうか。そんな雰囲気じゃないのは確実なのである。

 後ろにも現れているのだ。棒と槍を持った男達。二人とも、薄汚れた着物。友好的な風情じゃないのだ。

 見れば分かるのだ。これは現代日本で言えば、目の前を黒服黒メガネのヤクザに、後ろを金髪のヤンキーに囲まれたようなモノ。


「おい、兄ちゃん」

「懐の中のもん、全部置いてきな」


 これは……強盗ってヤツ。戦国時代にもいたのか。

 正直、セツナはビビっっている。今日の昼間、戦場で刀で死んでいく人たちを見たばかり。あまり考えないようにしていた。大量の死人。血が流れてて、首が落ちてて、内臓がはみ出てて、汚らしい死骸。忘れようとしてたけど実のところセツナの胸の中には焼き付いてた。

 正面の男は日本刀を持ってる。刀の鞘を見てその光景を思い出してしまったのだ。



「へへへ、アニキ。

 こいつがウワサの美童みたいですぜ」


 後ろから来た男が後輩女子に近づく。

 後ろに二人、正面に一人。強盗だか、チンピラだかは三人。手には全員凶器。セツナ達は二人、武器は持ってない。これって考えるに圧倒的に不利、とゆーか考えなくても分かるくらいやべー状況。


「どれどれ」


 日本刀を持った男。アニキと呼ばれた男が三浦葵衣に近づく。

 不潔な手で後輩女子のアゴを持って顔を上げる。三浦はビクンとした。けど大人しくしてる。


「確かに、コイツは高く売れるかもしれんな」


「へへへ、オイラが味見してもいいですよね」

「傷つけなきゃいいさ。

 俺はいくら美形でも男には興味ないな」


 男。三浦のヤツ、あんな近くで顔を観察されても男だと思われてんのか。ショートカットだからか。

 大笑いしたいところだが、そんな状況じゃない。

 

 セツナは心臓がバクバクしてはいたものの。チンピラに絡まれてる後輩女子を放っても置けない。

 黙って三浦葵衣の手をつかんで引き寄せる。不潔な男の手から三浦の顔が離れる。

セツナは後輩少女を後ろに庇って男達の前に立つ。


「おおっ、このヤロー」

「てめぇ、やる気か」


 男達が殺気立つ。セツナの後ろ側から現れた二人。一人が棒を振り上げる。すぐにもコイツで殴ってやるぞというポーズ。


 セツナの喉からは水分と言うモノがいつの間にか無くなってしまったらしい。声が出しづらい。

 が、なんとか無理やり喋ってみる。


「はははは。

 勘弁してくださいよ。

 俺ら、ただの通りすがりの旅人で。

 争いとは無関係な一般人なんです

 武器を持ってるような方たちとはお付き合い無いもんで」

 

 セツナは愛想笑いを浮かべるが、周りの男達は殺気立ったまんま。少しも雰囲気が変わらない。

 日本刀を抜こうとしてるじゃんか。

 ヤメて、ヤメて。


 正面にいたアニキ分の方がニタリと笑うのである。


「兄ちゃん、少しは度胸が有るみたいだな」


 マズイ。こいつらは三人いるし、多分暴力沙汰にも慣れてる。セツナは令和時代の平和な日本男児なのだ。ケンカだって小学校の低学年以降マトモにした事ない。

 傍らにいる後輩女子だって平均的日本の女子大生。実は隠れて格闘技やってたんです、とか言い出してくれないかな。ムリだな。キーボード打ってる姿しか見たコト無い。運動してるトコなんか一度も拝んだコト無いのだ。

 後先考えずに行動しちまったか。



「この道の先に寺が有るって聞いて来たんですけど。

 みなさん、知りません?

 あの石段の上かなー。

 登ってくのシンドそーですよね」


 セツナはとぼけた風情で話を続ける。

 本来ムダ話をするのは得意なのだが、声が上ずる。

 三浦の手は握ったまま。このまま二人で走って逃げ出すか。相手は三人、囲まれてるけど、周りは暗い。草むらの方へ走ればなんとかいけないか。握った手を少し強める。後輩女子がセツナの方を見ているのを感じる。


「片方は高く売れそうだがな」

「もう一人はダメだな」


 セツナのコト言ってるの?

 ダメな場合どうなるの?

 なんで日本刀カチャカチャいわせてんの。


「いやー、分かんないっすよ。

 俺の方がイイ男だなんて趣味の人もいるかもしんないっすよ」


 と反射的に言ってしまったが、いないだろうな。というか、売られてたまるか。売値が高く付こうか、低かろうが知ったこっちゃないや。

 やべーな。異世界転生や、ゲームに入っちゃった展開なら特殊能力に目覚めても良さそーなモンだが。セツナにそんな様子は無い。


「三浦会員、チートな能力に目覚めたりしてないか」


 セツナは声をひそめて訊く。緊張してないワケでは無い、怯えてもいるのだ。声だって震えてる。しかしこんな時は無理矢理でも喋った方が落ち着く。


「無いですよ。

 フツー分かり易く暴力に目覚めるなら会長の方でしょ。

 アタシは後からゆっくりと。

 実はこんな能力が有ったんだって、驚かれるタイプ」


 ガクブルと三浦はセツナに縋りついていたが、そんな状態でもマトモに言葉を反す。コイツも口が減らないよな。



「ひそひそ言ってんじゃねぇっ」


 日本刀を持った男がセツナに近づく。腕を腰から振るう動作。セツナはビクンと立ちすくむ。


 ヒュッ。

 風を切る音と光る刃先。


 三浦!


 男の日本刀が向かった先は後輩女子。高く売れそうだったんじゃないのかよ。


 Tシャツが切れて落ちる。一瞬で切られたのは三浦葵衣のTシャツだった。中からはスポーティーなブラが覗く。目立たないけど、確かに丸みを帯びたふくらみ。魅惑の谷間がセツナの目に飛び込んで来る。



「いやあぁああああ!」


 後輩女子が自分の胸を覆ってしゃがみ込む。


 他にケガは無いのか。セツナは女子のはだけた姿を見ちゃいかんという常識くらいは持ってる。だけど、キズは確認しないとダメだろう。その方が優先だよなと後輩女子の姿を観察する。

 しゃがみ込み三浦葵衣の背中にブラが見えていて、白い肌も見えていて、セツナの目に焼き付く。やっぱりボーイッシュでも肌のキレイさは全然男とは違う。

 どうやら血は出ていない。切られたのはシャツだけ、ケガは無い。

 良かったーーー。

 セツナは胸を撫でおろすが、あまり安心してもいられない。


 日本刀を持つ男の目が少し変わってる。


「コイツ女か」

「けけけ、髪が短いから男と思っちまった。

 さては変装か」


「チッ、何だ女か」


 一人だけ、美童と言って興奮してたヤツは何故か落胆してるが。他の二人は明らかに興奮をしている。目つきが飢えた野獣の様になってるのだ。

 セツナは男なのだ。男なら良く分かってしまう欲望の視線。


 セツナは三浦の身体を二人の視線から隠すように立つ。



「どけよ、兄ちゃん」


 日本刀を持つ男がセツナを威圧する。正直、その目付きだけでセツナは震え上がる。

 

 勘弁してくれ。多分この男、何の躊躇いもなく俺の体に刀を振るうぞ。

 だからって。

 後輩が襲われるのが分かっていて、逃げるワケにもいかないじゃないか。

 こんな時アイドル研究会の会長はどうしたらいいんだ。

 チクショウ。

 誰か教えてくれよ。



「なにカッコつけてやがる」


 棒を持った男の方だった。葵衣を美童だとニヤ付いていた方。その表情は既に葵衣を女と知って憤りに変っている。

 その男から棒が振り下ろされたのだ。

 セツナは咄嗟に左腕を上げて自分の頭を護る。

 腕に固い音が響く。


 イテッ、痛てぇえぇ。

 痛いじゃんか、何してくれてんだよ。

 そんなセリフは口から出て来ない。自分の肘から先を抱えて声にならない呻き声を上げる。


 横からもセツナを襲う。

 槍。

 棒に括り付けられた刃物の有る方じゃない。その逆、柄の先端がセツナの腹に刺さる。


 良かった。刃物が有る方で刺されたら、オレもう死んでるんじゃない。

 そんなコトを思ってみるセツナ。

 良いワケないだろ。苦しくて立ち上がれねーんだ。


 腹を抱えてうずくまる。


 「やめろ、やめて!」


 うずくまりながら、無理やり声を出す。


「けっ、だらしねーな」

「最初から大人しくしてりゃいーんだよ」


 チクショウ。とは思うがこれ以上声を出す気にならないセツナ。

 だって腹が痛いのだ。一瞬呼吸が出来なかった。無理やり声を絞り出したが、まだ息が苦しい。右手で抑える。左手はまともに動かせない。先ほど棒で打ち据えられた、肘から先が痺れたみたいになってる。大丈夫か、オレの腕、折れたりしてないか。



「やだっ!」


 そんな声で振り向く。声は後輩女子のもの。

 街灯の無い夜道。行灯だけがぼんやりした明かりで周囲を照らす。その薄暗がりの中、女性の白い肌が浮かび上がる。

 

 三浦葵衣の白い肌。

 シャツの下半分を切り裂かれた後輩少女が押し倒されているのだ。その身体に手をかけ、シャツの残った半分を無理やり脱がそうとしているのはアニキと呼ばれていた男。

 後輩少女はメチャクチャに暴れる。


「やだやだ、何すんの。やめて」


「チッ」


 男は手を焼いたのか、腰に手をかける。その腰の黒い鞘から刃物を取り出す。

 夜道に日本刀の冴え冴えとした刃が行灯の光を返す。

 後輩少女がその光を見て息を止める。

 男は日本刀を左手に持って、三浦葵衣の顔に近付ける。


「いいか、お前は大事な商品だ。

 俺はお前の身体に傷を付けたくは無え。

 だけどな、変に暴れられるとこっちもよ。

 つい失敗して、お前の身体を切っちまうかもしれねえ」


 後輩少女は自分の顔に近づく刃物を見ている。

 その銀色の刀身は美しくて吸い込まれそうだ。しかし。昼間さんざん見ているのだ。知っているのだ。何人もの人間がこの刃物で斬られる様を。斬られた人間達がどうなったかを。

 

「分かったな。

 なら、大人しくしますと言え」


 そんなコトを言わすのになんの意味が有るのか。

 アニキ分の男が言う。セツナは見守る。

 助けなきゃ、助けなきゃ。勿論、そう思ってはいる。思ってはいるが身体は動かない。

 それで良いのかよ、大原セツナ。そう考えてもみるが。

 ここでセツナが暴れたからと言って何になる。何も事態は好転しないだろ。むしろ悪化するじゃないか。

 相手は武器を持ってる。アニキ分なんか日本刀だ。セツナが暴れたって斬られて終わる。下手すれば後輩少女だって斬られる。

 だからここは大人しくしてる方が正しい。なぁそうだろ。



「……はい、大人しくします」


 三浦葵衣が言う。声を絞り出す。

 そんな言葉言わせるのに何の意味が有るんだとセツナは思ったが、意味はあったらしい。

 屈服の言葉を口から出した瞬間、後輩少女の身体から力が抜けた。

 その顔が先ほどまでと違う。諦めた表情、感情が抜け落ちた表情。

 あたしの身体を好きにすればいい。あたしには関係ない。

 そんな言葉を胸の中でつぶやいているのかもしれない。


 三浦の身体を抑えていた男の顔に卑猥な笑みが浮かぶ。

 

「へへへ、賢い良い娘だな。

 大人しくしてれば、優しくしてやるからな」


 左手の日本刀を三浦葵衣の顔の脇に刺す。地面に刺し固定している。

 男の手が後輩少女に伸びる。白い肌に不潔な手が這いまわる。男はブラを外そうとしている。


「チッ、これどうやって脱がすんだ」


 男が強引にブラジャーを押し上げ、胸の膨らみが見えて来る。

 後輩少女は表情を硬くして、横を向いている。下着を強引に引っ張られたのが痛かったのか、一瞬の苦悶の表情。


 セツナの目に胸の膨らみが、その先端の色付くものが飛び込んで来る。

 なんだよ、これ!

 アダルト動画かよ、エロゲかよ、NTRかよ。

 オレにネトラレ属性なんか無いぞ。


 どうするんだ、大原セツナ。

 確かに大人しくしてる方が正しいのかもしれない。

 暴れたら傷つくだけかもしれない。

 下手したら死ぬのかもしれない。

 だけど。

 大人しくしていても、後輩は死ぬほどイヤな目に遭うんじゃないのか。


 ここで飛び出して行って、カッコ良く後輩少女を助ける。

 そんなフィクションドラマは嫌になる程見ていて、だけどセツナにはここで飛び出して行くコトは出来ない。

  今日の昼間、大量に見たのだ。人間の死骸を、今少し先の地面に刺さっている日本刀に斬られた死体を。



 「イタッ」


 そんな押し殺したような小さな声が聞こえて。無論、それは聞き慣れた後輩少女の声で。セツナが後輩少女を見ると、男はスリムジーンズを脱がそうとしていて。

 

 ジーンズのボタンの外し方が良く分からないのか、アニキ分は強引に引っぺがそうとしている。それが痛かったのだろう。

 押し下げられたジーンズからは下着が覗く。ブラとセットの青い色。

 

 その青い色を見た途端、大原刹那は喉から大声を出していた。


「わわっわーー! わーあぁぁ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る