第8話 景気付けと言ったら

 村人に教えてもらった寺に向かう大原刹那と三浦葵衣である。寺は近くの山にあるらしい。

 

「真っ暗になっちまったな」

「足元、スマホのライトで照らしましょうか」


「いや、バッテリーがもったいないだろ」


 スマホの電源は切ってあるのだ。電波無ければただのハコと言いつつも何に使えるか分からない。充電できるアテが無いのが痛い。とりあえず大事にしとかないと。


「月が出てるからな、足元見えない事は無いよ」

「うーん、でも正直メッチャコワイですよ」


 確かに後輩女子の言う通り。辺りに街灯が無いのだ。夜空に煌めくネオンライトはもちろん、家からカーテン越しに見えるライトさえ無いのである。セツナは都会っ子なのだ。家の明かりさえ見えないなんて状況は初めて。ムッチャコワイ。遠くに聞こえる獣の声もコワイ。あれオオカミの遠吠えだったりするんじゃないの。

 

「ノートPCで『KGB007』のライブ映像流しちゃダメか。

 動画で入ってるんだ。

 アレ聞いてれば怖くないぞ」

「それこそバッテリーがもったいないです」


「近くにある寺じゃなかったのかよ。

 あれから一時間は歩いてるってのに……

 もしかして騙されたんじゃないのか」

「うーん、戦国の村人の体力をナメてたのかも。

 あの人たちにとって10キロ先はすぐそこなんじゃ無いんですか」


 いい加減疲れてきているセツナ。昼から歩きっぱなしなのだ。途中休憩は入れてるが既に足の裏が痛い。


「んじゃ、景気付けだ。

 三浦会員、何か歌え」

「何でですかー?!」


「ハイキングの景気付けと言えば歌に決まっておろーが」

「『おー牧場は緑』ですか。イヤです。歌は会長にお任せします。

 『KGB』でも『いろは坂』でもお好きにどうぞ」


「そうか……なら。

 『超時空空母メガクロス』の『私の恋人は小黒竜』にするか」

「ナゼ!」


「分かり易くて耳に残るいい歌だぞ」


ドキューンドキューン、ドキューンドキューン

わたしの彼は~

シャオヘイロン~


 セツナは後輩のツッコミも気にせず歌い出す。昭和のアニメ、番組内架空ヒロインアイドルの歌である。古すぎてトーゼン知らんだろと思っていたが後輩少女も適当に合いの手を入れてくれる。

 景気づけである。周囲は暗いのだ。コワイのだ。月明りで足元は何とか確認できるが。東京で暮らしてると体験できない闇の中なのだ。夜って街の明かりが無いとこんなに暗いもんなんだな。歌でも歌わねーとやってらんねーよ。



「なんだ知ってるじゃないか。

 高校時代はオタクだったんだっけ」

「違います。初代メガクロスなんて見たコト無いです。

 わたしが知ってるのは『メガクロスFF』ですよ」


「そうなのか」

「ニャンカ・リーがカバーしてるんです。

 初代メガクロスの歌」


「あー、FFな」


 既に数年前のアニメだが、その後製作された『メガクロスラムダ』より人気が有る、いまだに新曲が作られたりしているのだ。


「んじゃ、お前『FF』の歌歌えよ」


「ええー、アレけっこう難しいですよ」


 と言いながらも、後輩は歌い出す。意外とカラオケ好きなタイプだったか。飲みに行ったコトはあるが、カラオケは行ったコト無かったな。へー巧くないか……、ってゆーかいい声だな。


引き下ろしたい、引き下ろしたい

ギラッ☆

流れ星の導きでアナタと見つめ合うー

魂に星座流れ込む

マジの身体見せつけるまで

わたし矢を放つ


 テキトーにセツナも歌おうかと思ってたのだが……。記憶ではこの歌は銀河ロックスターとライバル関係だった銀河アイドルがクライマックスにデュエットする名曲だったハズ。アイドルパート歌おうかなー、等と思ったりもしたがトテモ入って行けない。圧倒的に巧い。伴奏も無しにキレイな声だけで歌い上げる。セツナが混じったりしたらジャマ。


「何ですか、会長。

 ジロジロ見ないでください」

「ああ、ワリイワリイ。

 どうよ、元気出てきたろ」


「まー、確かに。

 歌の力って有りますよね。

 次、『仮面探偵』行きましょう」



ええやんか、ええやんか、すげぇやんか


 セツナも男の子、このフレーズ言われると拳突き上げずにいられない世代なのである。


誰よりも高い宇宙へ

キター

CRY!

MAX!

SHOOT!


「ううう、やっぱり盛り上がりますね。

 『仮面探偵エレキング』

 佐藤カケルだし、佐藤カケルだし」

「何故2回言ったし。

 アレ……佐藤カケルだったっけ?」


「何を今さら……」

「いや、そう言われればそうかも……

 男の子は変身した後のスーツ姿は覚えてても、美青年俳優のコトなんか覚えてないモノなんだよ。

 そっかー、アレそういえば佐藤カケルだ。

 おー、今さらだが佐藤カケル応援しようかな」


「オソスギッ!!」

「なんだよ、オマエだって今までそのネタ言わなかったじゃんか」


「当たり前です。

 ジョーシキ過ぎてトリビアにもなりません。

 国民みんな知ってるコトです。

 義務教育で習います」

「いや、オレの通ってた小学校じゃ教えてねーよ」


 セツナは夜道を歩く。見上げると月も明るいが、星まで瞬いている。東京じゃこんな夜空、絶対見れねーな。

 一瞬、我を忘れて星空に見入りそうになるが、足元に視線を戻す。足元はアスファルトで舗装されてないのだ。人間が通って踏み固めただけの土の道。デコボコも有るし、岩なんかも転がってる。よそ見してたらけつまずく。


「……あのさー、三浦会員。

 少しマジメな話していーか?」


「……何ですか?

 セツナ会長」

「俺ら、もう少し真剣に構えないとヤバクねーか。

 お前も見ただろ、あの戦場。

 ……人が死んでた」

 

「…………」

「……俺、あんなにたくさん人が死んでるの見たの初めてだ」

 

「……やめてください」

「……あのさ……

 俺もあんま考えたくない。

 ……でも考えないとマズクないか」


 セツナは言い募る。マジメな話なのである。後輩女子は嫌がってるみたいだが、そろそろ本気で考え無いといかんだろ。



「いやです。

 なんでそんなコト言うんですか。

 こんなのウソです。

 フィクションです。

 映画です、ドラマです、アニメです。

 2.5次元ミュージカルなんです」

「…………」


「ツクリゴトです。

 物語です。

 ホントのハズありません。

 だから……

 笑っていられる。

 なのに……

 なんでそんなコト言うんですか」


 しまった、タイミング間違えたか。

 後輩女子は目に涙を滲ませている。今にも雫が目の脇から零れそうだ。 

 頭を抱えるセツナ。自分だってさっきまでそうだった。マジメに考えたらアタマおかしくなりそーだったのだ。だから考えないようにしていた。

 だけどそろそろ考え無いと……

 セツナにとってはそういうタイミングだった。だけど後輩少女にとってはそのタイミングじゃ無かったのだ。


「あー、悪りい。

 また、後にしような。

 な、三浦会員……え?!」


 セツナは言葉を途切れさせる。いきなり目の前に明かりが現れたのだ。明かりをぶら下げた男がセツナの前に立ったのである。

 手にぶら下げてる陶器のようなもの、その中から明かりが見える。あの中で火が燃えてるのか、提灯かな。

 セツナは知らないが行灯あんどんである。油に紐や布を点けて着火させ、その周りを紙などで覆う。目の前に在るのはその陶器製の物、瓦灯がとう等と呼んだりする。黒い釣鐘型、脇に手持ちできる突起が付いている。


 えーと、人がいた?!、明かり持ってる。挨拶しよーかな、礼儀? そんなコトを考えるセツナだが、三浦葵衣は息を呑んでセツナに身を寄せて来る。

 どーした? 後輩少女に訊く前にセツナも気が付いた。


 刀。

 

 日本刀を持っている。目の前に現れた男は腰に刀を下げているのだ。行灯から洩れる明かりで男の身体が良く見える。腰の位置にある日本刀の鞘もハッキリ見えるのである。逆に男の顔はよく見えない。


 そして。

 セツナの後ろからも音がする。ガサガサと草むらをかき分ける音。道の脇から出てきてセツナたちの後ろに回り込む、二人の男。その手には棒と槍らしき武器。


 大原刹那と三浦葵衣は凶器を持つ三人の男に囲まれていた。

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