第7話 薛茘多《プレータ》

【今回はエログロ有りです、苦手な方は飛ばしてね】



 村の男は家を出る。ちょいと見回りしてくるべ、ここんとこ盗賊も出て物騒だからな。かかぁに適当な事を言って村の外へ、目指すは村はずれの大木。

 

 先程の少年はホントに美童だった。ツヤツヤした頬、白い指先には傷一つ無い。普通の村人などでは有り得ない。百姓仕事をしていれば指にタコが出来る。タコも無ければ、水仕事で出来るアカギレも無い。おそらくどっかで美童として誰かに可愛がられてたのだ。軽く尻を撫でてやれば顔を赤くしてそっぽを向いてた。

 木の下で待ってるべか。おそらく待ってる。コッチに気のある様子を見せてたし、食い物を必要としてる筈だべ。

 

 ……もう一人背の高い方の男もいたらジャマだべな。その時は……

 

 太った男は腰に鉈を括りつけている。木の枝を切ったりするのに使うのだが、別の用途にも使い易い。背は高かったがヒョロっとした男。あれくらいなら敵にもならない。

 

 男は村人だが、農作業しかした事の無い百姓民では無い。徴用されて戦に行った経験が有るのだ。槍を渡され戦った。必死で戦うと言えば聞こえはいいが、手強そうな侍からは逃げる、弱そうな敵を見つけては仲間と一緒に数人がかりで仕留める。


 当たり前だ。矢面に立って戦う、そんなのはお侍様の役目だ。あいつらはそれだから偉そうな顔をしていられるのだ。

 こっちは戦場に行かなければ、村に課せられる年貢が倍増する、だから行きたくも無い戦場に来てるのだ。

 

 しかし運が良かったのか、男の仲間は名の有る敵侍の首を取った。報奨金を貰ったのである。

 金なんぞ男の村では役に立たない。しかしそれで女が買えると言う。

 着いて行ってみればなんだか様子がおかしい。陰間茶屋。出てきたのは女じゃない。美少年。


 なんで命懸けで戦って男を抱かなきゃいかんのだ。そう思ったが、少し暗い部屋、白い肌の美童、唇は赤く塗られていて、恐ろしく艶めかしい。気が付いたら男の服は脱がされ、下半身に信じられないような快楽が走る。村のかかぁには期待も出来ない性戯。


 あの美童ならそんな快楽を与えてくれるハズ、百姓男は勝手にそう妄想している。


 大木に辿り着く男、そろそろ周囲は暗い。


「おーい、居るか、餅持ってきてやったぞ」

 

 餅は貴重品だ。芋なんかは幾らでも手に入る。米は年貢としてほとんど領主に持ってかれるのだ。農家でも余る品では無い。

 

 「チッ、居ないだべか」

 

 歩いてくる間、美童が与えてくれる快楽を想像をしてたのだ。男は気が収まらない。



「おじちゃん、良いにおいさせてる……」


 いきなり声がした、小さい女の子のような声。

 振り向く村人の前には少女がいた。まだ15にはなっていないだろう娘。なんだ、あの美童じゃないのか。


「オマエ、ウチの村のモンじゃないべ。

 どこの村のムスメだ?」


 娘は男に身を寄せる。なんだか男の懐に顔を寄せている。粗末な着物の合わせから白い肌が見えるのだ。昼の美童とは少し違う、病的な印象を受ける白い肌。

 まだ成人前の娘だろう。胸元は薄く膨らんでいる。たわわな膨らみでは無いが、谷間は出来ている。男の本能で谷間を見つめてしまう太った村人。


「餅か、欲しいんだべか」

「お餅、ちょうだい!」


 娘は真剣な表情、そんなに空腹なのか。男はムスメっ子にあまり興味は無い。無いのだが、今は体の中で欲情の火がチロチロと燃えている。あの美童に自分の欲望を好きなだけぶつける妄想をさんざんしていたのである。美童がいないからと言ってすぐ収まらない。


 あのキレイな指先で男に奉仕させる。白いツヤツヤした頬、赤い唇で舐めさせる。村の女には無い快感を産み出す手練の技術。美童がそんな技術を持ってる筈だと勝手に期待していた百姓男。


 子供だがこのムスメ。チラリと胸元から見えた肌はやたらと白い。ツヤめいてるとは言い難い病的な白さ、それはそれで男の欲望をそそる。この際女でも、子供でも、とりあえず欲望を満たすなら使える。


 相手が村の娘なら、成人前の体に手をつけたりしたら大変な事になる。あっと言う間に村八分。何を言おうが、誰にも相手にされなくなる。下手すれば女房子供ごと村を追い出されかねない。

 しかし相手は知らん村のムスメだ。このムスメも自分のコトを知らないだろう。


「ムスメ、餅が欲しいだか」


男は地獄への入口に手をかける。


「うん。欲しいの、欲しいわ」


 ぼーっとしたような表情を浮かべるムスメ。焦点の合わない視線、もしかしてこのムスメ少しオツムが弱いんだべか。ならばますます好都合だべ。


 男がまともな頭脳の持ち主であれば不審に思ったであろう。少し足りない成人前の少女を両親が放り出すだろうか。辺りはもう暗くなっているのだ。

 だがデブ男は自分の欲望と妄想だけに囚われていた。もし欲望に囚われていなくてもそんな事を不審に思うほどの細やかな神経も持ち合わせていなかった。


「ひへへへ。この餅が欲しいなら……

 へへへ、そうだな。そこに寝っ転がるだよ」


 すでに男の頭の中は目の前の少女の身体を貪る事しか考えていない。下半身の一部が不細工に隆起しているのだ。夜は危険であるとか、最近は賊がこの近辺に現れているとか考える余裕は無い。

 男が気付いた時には後ろから頭を殴られていた。


 村の百姓男の意識がハッキリすると人間に囲まれていた。既に抵抗は出来ない。暴れようにも相手は大の男が三人。それに加えて先ほどの少女が少し離れた場所に見える。


 周囲の男たちは武器を持っている。黒光する鞘に入った刀を腰に下げた男、こいつがリーダー格だろうか、おそらく逃亡兵。槍を持った男、棒を持った男。村の太った百姓男も鉈を腰に縛り付けてはいるが相手は三人。しかも剣呑な空気を漂わせている。


「お前ら、この辺で暴れてるって言う賊だか?

 放してくれ、村の人間にはなんも言わねえよ」


 棒を持った男が百姓を打ち据える。


「うるせえよ、あのムスメを寝っ転がせてナニしやがる気だったんだ。

 このデブ助平」


 聞かれてたのか。こいつら、あのムスメの家族かなにか。それにしては殺気立ってる、男たちは暴力に慣れた雰囲気を漂わせているのだ。


「オッサン、こんな所に何の用だったんだ?」

「いや、大した用じゃ……」


 太った百姓男は言い淀む。村で見かけた道に迷った美少年。そいつを食料の替わりに好き勝手するつもりだったなどと言える筈も無い。


 棒を持った男と槍を持った男が百姓を打ち据える。暴力に慣れた男たち。殺さない程度に痛めつける。そんなマネには慣れているのだ。


「分かった。言うだ……

 言うから止めてくれ」


 百姓男は洗いざらい話していた。自分が美童趣味なコトも、昼過ぎに村へ変わった服装の男たちが来た事も、そのうちの一人がやたら美童であった事も。何をしにこの大木の近くまで来たのかも。


「ケッ、ろくでもねーオヤジだな」

「餅かよ、俺たちが貰っといてやる」


 好き勝手な事を賊に言われるが、既に村人に逆らう気は無い。懐から餅も奪われる。


「この臭いに誘われたのか?」


 刀を持った男がムスメに尋ねている。ムスメはコクンとうなずいた。


「よし、食っていいぜ」


 ムスメが餅を受け取り、あっという間に口に放り込む。小柄な少女の口が驚くほど大きく開き、パクンと餅を飲み込む。ほとんど咀嚼すること無く飲み込んでしまったのか。


 もう無いの?

 そんな表情を浮かべる少女。


「お腹すいたの」


「お腹すいたの、お腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたの」


 感情の籠っていない同じ言葉を一本調子に言い続ける少女。


「お腹すいたの、お腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたのお腹すいたの」


 刀を持った男がため息を着く、しょうがねぇなぁ、そんな風情。


「良いぜ、好きにしな」


 その言葉を待ち侘びていた様に少女が歩き出すのだ。村の男に向かって。

 その口元から涎が零れだす。口元が信じられないほど横に縦に広がる。

 逆らう気を失っていた村人の顔が蒼褪める。不穏な空気。

 このムスメは何故おらに近付いてくる……

 何故そんなに口が大きい…… 

 何故自分を見て涎を垂らすのだ……


「な……なにするだ。

 お前、まさかまさかぁぁぁぁ」


 あやかし

 その言葉を村人が言うことは出来ない。既に言葉を発することの出来る人間の頭部が存在していない。


「あーあ、馬鹿だな」

「スケベ心で自分が食い物にされちまうとは」


 男たちは言い捨てる。すでに見慣れた光景、今さら驚きはしない。

 近くの村人だと言っていた百姓の上半身は既に無い。その前にいるモノの口の中へ納まったのだ。


「アニキ、さっきの美童の話どう思います?」

「百姓には有り得ない美少年か……」


「高く売れるかもしれませんぜ」

「この辺に不慣れなヤツらならまだ遠くへは行ってないでしょう」


「ふむ、あの寺にはあまり近寄りたくないんだがな。

 まあ行くだけ行って見るか。

 変わった服装をしていたと言うし、何かしら金目の物も持ってるかもしれんな」


 男達が話すうちに百姓の姿は既にキレイに消えている。全て口の中へ納まったのである。

 

「けぷ」


 少女が満足の息を洩らす。その口は既に大きく開いてはいない。普通の子供の口。

 その腹が不細工にボコっと突き出ている。しかし少女は子供の体格、その腹に収まる筈も無い量の物体が消えているのだが、男たちに驚く様子は無い。


「満足したか?

 薛茘多プレータ

「美味かったのかよ」


「美味しくは無かった。

 けど食べ応えはあったよ」


 薛茘多プレータと呼ばれた少女。突き出たお腹をさすって笑う。


「よーし薛茘多プレータ

 臭いを追っていけ。

 山寺の方へ向かって二人歩いてる筈だ。

 先回りするから急げよ」


「いいか、一人は美形の少年だってよ。

 売って金にする予定だからな。

 間違って食ったりするなよ」


「うん、分かった。

 人間が二人、美形の方は食わない」


 可愛らしく少女が笑う。暗闇にその目が赤く輝く。

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