第10話 ヤギュウムネヨシ

「わわっわーー! わーあぁぁ!!」

 

「誰か、来てくれー。

 たーすけてくーれー」


 大原刹那は喉も裂けよと自分の限界まで吼える。

 ギョっとした顔で棒を持った男が立ちすくむ。

 ナメルな。セツナはアイドルのステージで何時も親衛隊と張り合うくらいの大声を出しているのだ。大声を出させれば、半端じゃない。


「てめぇっ」


 槍を持った男、槍の柄でセツナを狙うのを無理やり避ける。

 さっきは突然だから避けようとも出来なかった。攻撃してくると分かっていれば、逃げるに決まってんだろ。

 避けながら、大声を出し続ける。


「だーれーかー。

 盗賊だ。

 襲われ―るー。

 助けて―くれー」


 棒を持った男が焦った顔になっている。


「テメェ、止めろ」

 

 思った以上に叫ぶのには意味があったみたいだ。そうだコイツラ、村人がこの辺に逃亡兵上がりの山賊が居るって言ってた。ならば、コイツラだってヤバイ身の上なのだ。逃亡兵を探してる兵隊だっているかもしれないし、村の百姓たちにだって恨みを買ってる。

 寺だってこの山道の先、もうそんなに遠くないハズだ。


 セツナと後輩少女を助けるのは自分の大声しかない。

 そう思い、更に大声を張り上げる。


「黙れっ!」


 槍を持った男が先端をセツナに突きつける。

 今度は槍の柄の方では無い。金属の刃先が着いた先端。

 鏃のような鋭角的な金属がセツナの胴体に向かって差し出される。


「ぐっ、わがががが」


 助けてくれーと叫ぼうとした喉を無理やり閉じる。意味不明な呻き声が口から漏れ出る。


「このヤロウ、もう許さねえ。

 アニキ、こいつ殺しちまいましょう」

「荷物持ちくらいならさせても良いと思ったがな。

 こんなバカ。殺した方が良い」


 槍を持つ男の声が険しい。本気で人を殺してきた経験のある男たち、それがセツナを殺すと言っているのだ。

 

 その時、音がした。大きな音。ドスンと地面に重いモノが落っこちた響き。

 セツナと男達の近くに何か投げ込まれたのだ。


 目の前には茶色い毛に覆われたブタに似たシルエットの動物。

 これって、イノシシか。

 生きている本物のイノシシなんてセツナは見たコトが無い。セツナが知ってるのはアレだ『バケモノ姫』で暴走する巨大イノシシ。名前は『オッチョコチョイ』だっけ。

 別にイノシシが突進してきたワケでは無い。そのイノシシは明らかに死んでいる。だって横倒しになったまま動かないし、首から先頭部が無いのだ。頭部が切り落とされて、胴体だけになったイノシシ。

 

 道の先、行灯の光が届かない暗闇から声がする。


「そこいらにしておいたらどーだ」


 セツナも含めて、男達は暗闇に目を向ける。が誰もいない。

 

 いつの間にかセツナの横には人間が立っていた。

 長髪を上で縛ったヒゲヅラの男。黒い着物を着てとぼけた雰囲気。

 ソイツが喋る。

 

「なんなら、このシシ肉を分けるぜ。

 コイツを半分持って、素直に帰るってのはどーだ」


 ええっ、近づいてくるのなんか全く見てないぞ。どこから現れたんだ、このオッサン。

 セツナは驚いていたが、周りの男たちはもっと驚いていた。


「わっ!」

「わわっ!!」

「わあっわわわわ!!!!」


 ビックリ眼に鼻水まで垂らしてやがる。セツナが見ていて面白くなるくらいである。



「てめえ、邪魔するつもりなのか」


 日本刀構えたアニキ分がスゴむが、さっきの驚きっぷりの後じゃあな。誰か鼻水拭いてやれよ。

 何故かお気楽に観察するセツナなのだ。


「寺の料理ってのは味気ないんだよな。

 たまに肉が食いたくなってよ。

 イノシシ狩ってたら遅くなっちまったのさ。

 ホレ、美味そうだろう」


 ヒゲヅラの男はアニキ分に剣を向けられてるのが分かってるんだか、どーだか。素知らぬ風で言葉を続ける。


「ただの物取りなら俺には関係ねえ、と通り過ぎようと思ったんだがなぁ。

 その兄ちゃんの必死な声が聞こえちまってよ。

 女は犯す、男は殺すとまで話が物騒になっちまっちゃあな。

 このまま行っちまったら、どうにも寝覚めが悪いぜ」


 オッサンはヒゲヅラだがなかなか格好いい。

 とぼけた雰囲気で、男たちの殺気を受け流す。


「俺の名前、知らんかな。

 柳生宗厳ってな、少しは知られてるんだぜ。

 今だったら追わねーからよ。

 逃げといたらどーだ」


「知るか、そんな名前」

「こいつ。

 武器も持ってないくせにえらそーに」


 ホントウじゃねーか。

 セツナが落ち着いて見て見れば、現れたオッサンは剣も何も持っていない。

 どうするんだよ。相手は三人。一人は日本刀を持っている。一人は槍、もう一人は唯の木の棒しか持っていないが、オッサンは素手なのだ。一方的にやられて終わりじゃんか。


「ふーん、まだ俺も知名度が足りねーな」


 オッサンは頭をかく。

 フケが飛び散ってるよ、キタねーな。

 そんなコトを考えるセツナ。本来、まだまだピンチな場面のハズだが、何故か精神に余裕が湧いているのである。

 何故だろう。このオッサンの雰囲気のせいか。


 日本刀を持った男が進み出る。正眼の構えとか言うんだっけ。刃先をおっさんに向けて突くようなスタイル。

 多分殺そうとまではしてないと思う。軽く突いて脅してやろう。そんな雰囲気。


 セツナはまだしゃがみ込んでる三浦葵衣の手を引き少し離れる。

 三浦葵衣は自分の服装を整えてる。ジーンズを上げ、強引にズラされたブラを直す。そんな光景もセツナの目に飛び込んできて意識がグガガガガッと白い肌に集中しそうになるけれど、無理矢理ガマンする。



 日本刀の刃先。

 鋭く光る凶器。

 

 セツナは昼間、その凶器で人が大勢死んでいくのを見たばかり。セツナだって後輩女子の前で少しはカッコつけたいが、怯え腰にならざるを得ない。


 アニキ分が日本刀をヒゲ男に向け、すっと差し出す。

 静かな動作だが、それだけで人を殺す事が出来る動き。


 だが。

 そんな凶器は一瞬後別人の手に渡っていた。


 誰に。

 ヒゲヅラのオッサンの手に。


 ハッキリ言って動きが早すぎてセツナには良く分からなかった。けど見える限りで言うならばこうなる。

 オッサンが刀の腹の部分を両手で挟んだ。動かない日本刀に焦るアニキ分。その胴体にオッサンの蹴りが決まった。

 だいたいこんなカンジ。アクション活劇。オッサン、ジャッキーチェンか、千葉真一。古いな。今なら佐藤カケルか、ジェイソン・ステイサム?


 男が持ってたハズの刀はオッサンの手の中。ニヤッとオッサンは日本刀の腹から柄へと持ち変える。


「てめえ、俺の刀返せ」

「やだ。

 これはもう俺がいただいたぜ」


 アニキ分は大声で喚くが、オッサンは気にもしてない。セツナは思い出す。さっきヤギュウムネヨシとか名乗っていたな。


 

「大した刀じゃねーな」

「この野郎っ!」


 ムネヨシに向かって別の男が棒を大きく振る。ビュッと風を切る音。当たれば刃物が付いてない棒でも大ケガ。そんな音。

 しかし。

 フッと。そんなカンジで軽くオッサンが刀を振る。

 棒の先端がポロポロと切れて落ちる。


「良く切れるぜ。

 でもこれは、刀が良いんじゃない。

 俺の腕だーな」


 もう一人の男が木製の槍を突き出す。瞬く間に先端が切れていく。ポロポロ落ちる槍先。男が持った槍は既に長さが半分以下。


 既に男達は素手、棒の切れ端を持ってはいるが大した役には立たないだろう。対してムネヨシは刀を持っている。どちらが有利かは明らか。

 男達はムネヨシにビビりながらも集まっていた。

 それに対し、ムネヨシを挟んで隠れるセツナと三浦葵衣である。


「て、てめえ」

「だから、逃げとけって言っただろう。

 素直に聞いときゃ良かったんだ」


 ヒゲヅラのムネヨシは言う。男達に刀は向けたまま。


「どうしたもんかな。逃がしてやっても良いんだが……

 俺に刃物向けてるし、そっちの姉ちゃんも貞操を奪われそうになったみたいだしな。

 殺しとくか?」


 殺しとくか? の疑問はチラっとセツナに視線を投げて言ったのである。

 ええっ?! 俺に聞いてんの。

 この男達を殺すかどうか。そんなの訊かれても。

 

 この男達はセツナに後輩少女に刀を向けた。本気で後輩少女が暴れていたら斬られていたかもしれない。セツナだって同様だ。

 村の人間達はなんと言っていたか。村が襲われ、食料が奪われ娘が攫われた。その連れ去られた娘はどうなった? さっき三浦葵衣に対し高く売れそうだ等と言っていた。

 この男達は……

 今までに娘を攫って売っている。その過程で逆らった人間を傷つけても来ているハズだ。おそらく、というかほぼ間違いなく人も殺しているだろう。

 

 ならば。

 ここで殺してしまった方が……

 これ以上犠牲者が出ない。

 いや、だけど。

 そんなのアクマで推測だ。人間を殺してるとは限らない。セツナがこの目で見たワケじゃないのだ。村を襲ったのだってこの男達と決まったワケじゃない。

 疑わしきは罰せず。クロじゃない、グレーは有罪にならない。それがセツナの常識。令和の人間のアタリマエ。


 セツナは逡巡する。

 その迷い惑うセツナの後ろに誰かいた。


「会長!」


 三浦葵衣が声を出すので、振り返るセツナ。

 

 その目の前には少女が居た。背丈で考えたら中学生か小学校高学年くらい。


「女の子?」

 

 セツナは戸惑う。何故こんな所に女の子が現れる。

 村人にしてはキレイな着物を着ている。だがその着物汚れてないか、赤い色で、血のような色で。



薛茘多プレータ やれっ」


 盗賊であろう男達が呼びかける。少女に向かって。


「美形の方は食わないのよね」


 小柄な少女が笑う。

 笑顔は一瞬愛らしい形を造ったのだけど。

 

 それは一瞬だけ。

 

 その口が広がる。

 裂ける。

 少女の顔の輪郭を越えて口が横に広がり、歯が見える。

 乱抗歯。

 キレイに並んだ美しい歯など有りはしない。全て不自然に尖り、バラバラと不規則に並び、所々黒ずむ。


 愛らしい少女の口の中にしては不気味な歯。

 だが。

 これは大きすぎはしないか。すでに広げた口は、その見える歯はセツナの頭を越えるサイズ。いやセツナの頭どころか、上半身位まるごと噛み千切りそうだ。


「なっ……」


 あまりの出来事に悲鳴すら忘れるセツナ。隣の後輩少女も同じ。セツナの腕に抱きつく。

 歯が近付いてくる。

 ただでさえ大きい歯、尖ったそれがセツナの顔に近付き、更に大きくなる。

 大きく。

 鋭く。

 大きく。

 尖る歯が近付く。


 風を切る音がした。

 何かが閃く。


 セツナの直前の空間。


 大きい口がセツナに近付こうとしていた。その在った空間を日本刀が切ったのである。

 

 そんなコトにセツナが気が付いたのは一瞬後。

 ぐいと肩を押され我に帰った後。


 肩を押したのはもちろん、日本刀で空間を切ったのと同じ人物。

 ヒゲヅラの男。


 柳生宗厳。


 大原刹那の前で薛茘多プレータと柳生宗厳が睨み合っていた。

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