第5話 粋なセリフは「団子くんな」
大原刹那は血みどろの戦場から離れ、周囲を彷徨っていた。後輩の三浦葵衣も一緒である。
戦いは一区切りした風だった。勝ったのはイマガワと掛け声をかけてた方。なんせ動く城塞が付いてる。勢いを無くした敵側を圧倒していた。
兵士達が地面に倒れ呻いてる男達にトドメを刺していく。上から槍を突き刺す。頭部を切り落としてるような兵士もいる。首から上を無くした人間がドバドバ血を溢れさせる。
そんな光景見ていられるものか。セツナはその場から逃げ出した。兵士達が林の方まで捜索に来ないとも限らないし。
「ご飯や泊まれる場所が必要ですね」
後輩女子が冷静に言う。
セツナも賛成である。
そうだよな。確かにメシは大事。先ほどの戦場にまだ人はいるのだが、殺気だってる兵士達に聞き込みに行くほどバカじゃない。だいたいそっちは血みどろの死体だらけ。近寄れるもんか。
チクショウ、どうなってんだよ!
正直、そんな風に叫び出したい気持ちも有るのだが。後輩の女の子が冷静に現実に対処しているのだ。『令和時代における偶像少女崇拝の実態調査会』会長である自分が取り乱すのはカッコ悪すぎ。
極めて平常運転と言った風に行動しようとするセツナ。ところがジャマをしてくるモノがいるのだ。焦る気持ちとバクバク言ってる心臓。この邪魔っけなモノ。
俺は平気ですよ。
俺は冷静ですよ。
むしろ何か起きてましたっけ。
そんな言葉を心の中で唱えてジャマなモノを抑えつけようとするセツナなのである。
セツナは服装も持ち物も日本に居た時のまま。スマートフォンを取り出しマップアプリを立ち上げたりもしてみた。しかし現在地が分かりませんとマトモに起動すらしなかった。
「スマートフォン電波なければ、ただのハコ」
「季語が無いって夏井センセーに怒られますよ」
五・七・五 調に言ってみる大原刹那。
後輩少女の三浦葵衣はしっかりツッコミを入れてくれる。もう大学二年生なのだし、20歳いってたハズ。少女って年齢じゃないな。しかしコイツは洒落っ気が少ないし、メイクもしてはいるんだろうがセツナには分からない程度。なんか美人女子大生なんて雰囲気じゃ無いんだよな。
戦場を突き進む動く城塞。その光景を見た時点でセツナたちは理解していた。おまわりさーんと叫んで歩き廻っても、誰も助けてくれない。ここは非日常空間なのである。
「さっきの動く城。
イマガワとか言ってませんでした」
「言ってたな、
イマガワ、イマガワ。
ススメ、ススメ」
セツナは大声を張り上げていた男達のマネをしてみる。だみ声で叫ぶ。甲子園の応援団とか、そんなカンジだ。何だったんだアレ。何の為にあんな行動してたんだ。
「一人スゴイのいましたよね」
「ああ、美形のマッチョオカマ。
キャラ濃ゆかったな」
戦場を進んでいく城塞から声を張り上げる男達。その中に一人いたのだ。髪は赤く染め、長髪。上半身は脱いで、筋肉ムキムキの身体を見せつける。さらにはオカマ口調の男。
「みなさーん。
このアタシ『海道一の弓取り』の元で戦えるのを光栄に思ってちょうだーい。
奮い立つのよー!」
アレはやばかった。インパクト有り過ぎた。セツナが兵士だったなら、アレに気を取られていつの間にか敵に殺されそー。そのくらいのトンデモなシロモノ。
「『海道一の弓取り』……イマガワ……」
三浦葵衣は何かブツブツ言ってる。
彷徨うウチに街道らしき場所を見つけたセツナ。現在そこを歩いてるのである。勿論アスファルトで舗装などされてはいないが、整備はされている様子。
「あれだな、大名行列とか有ったんだものな。
その行列が通れるだけの道はあったってコトだ」
「先輩、大丈夫ですか?
汗だくですよ」
「この夏場にずっと歩いてるんだぜ。
どっかでシャワー浴びれないかな」
「この世界、シャワーは無さそうですよ。
みんなどうしてるのかな。
川で水浴びかな」
「アレじゃないか。
タライで行水ってヤツ」
しまった。セツナは一瞬後輩が行水してる姿を思い浮かべてしまった。三浦葵衣はボーイッシュ。だけど女なのだ。実は白いTシャツが汗に濡れてブラらしき青いモノが見えてるのである。見ない様にしてるけど。
「ペットボトルもう残り少ない」
「大事に飲まないとダメだって言ったじゃ無いですか」
三浦はトートバックにステンレスボトルを入れてた。でもそれも500ミリリットル程度の容量。他はちょっとしたお菓子、文房具にハンカチ。
セツナが持ってたのは革のデイバック。中にはノートPC。それ以外には飲みかけのペットボトルのお茶。菓子すら持っていない。すでにペットのお茶は残り少ない。
後輩がレモングミを恵んでくれたのでありがたくいただく。
「悪いな、ホントに貴重品になるかもしれないってのに」
「会長に倒れられたら、この世界に女一人で取り残されます。その方が困ります。
それに人間はたくさんいました。食料はどこかで手に入りますよ、きっと」
「街道と言えば茶屋、どっかに茶屋が有るんじゃないか」
「茶屋が有ったとしても、お金使えますかね」
時代劇で良く見かける茶屋。現代的に言うならカフェ。お茶と団子が名物のハズ。「団子くんな」なーんてセリフを粋に茶屋娘に言うべきなのか。
そんなコト考えてたセツナ。しかし後輩に哀しい現実を突きつけられてしまった。彼のサイフの中に有るのは、令和、平成のお札に硬貨。フツーに考えたら使えないじゃんか。
「そうか、俺達一文無しなんだ」
「百円玉って銀色してますし、銀貨として価値無いですかね」
「うーん、なんかの番組で見た。
昭和の一時期の百円玉は本物の銀を使ってて、市場価値が高いって。フツーの百円玉は銀は使われて無いらしーぞ」
「そうですか、偽造硬貨扱いされちゃいますね」
道を歩き続けるセツナ。街道の脇は背の高い草が生い茂る。公園の様に整理されてる緑ではない。季節は夏場、虫も多いのだ。
三浦がトートバッグから虫除けスプレーを取り出している様子が目に入る。
「あたし、虫ニガテなんです」
「俺もそうだよ」
セツナも後輩に虫除けスプレーを貸して貰い、身体に振りかける。多少マシになった気はするが、それでも羽虫が飛んでくるな。無視ムシ、虫だけに。なんちゃって。
「センパイ、虫をムシするみたいなつまらない親父ギャグ言いませんでした?」
「言ってない。
口の中で呟いてただけだ。
言うようなギャグじゃないのは分かってるから言わなかったんだ」
セツナは歩きに歩いてクタクタ。後輩少女もバテてる様子。
するとやっとのコトである。街道の横が先ほどまでは荒地の様だったが、いつの間にか畑になっている。農作物作ってる。果物らしいのも見える。
更に道の先には人家らしき建物。村が有る。
「村ですよ、村。
農家、農村」
「よっしゃ、やっと休める。
水、水。
タライで行水でもなんでもいーや」
そう喜んだのは束の間。
「アンタら変な恰好をしているべ」
「よそもんが村に入るのは歓迎できねーべ」
農民らしき服装の男達。お百姓さんと呼ぶべきだろうか。セツナの前に立ち塞がるのである。
「俺達、道に迷った旅人で怪しいもんじゃないんですよ」
「少し、休ませてくれませんか」
頭を下げたりもしてみる。
「そっちでイマガワさんの殿が戦ってるのは聞いてる」
「この村からも働き盛りの若いのが連れて行かれたからな」
「オマエラ、逃げてきたんでねーの」
「巻き込まれるのはゴメンだな」
敵意を持った視線で見られるのである。
これは……排他的なアイドル親衛隊の前で、別のアイドルの名前を出してしまった、そのくらいにはヤバい視線である。これ下手に刺激すると集団リンチ喰らいかねない。セツナにもその位察知できるのだ。
「くそっ、確か昔は旅人はいろんな情報を持ってるからと言って、重宝されたんじゃなったのかよ」
「うーん、負けた側の残党や、逃亡兵と思われたんじゃないですか」
残党を探しに来る兵士がいるかもしれない。セツナたちを村に入れたら、匿ったと思われても仕方がない。そんなところか。
後輩少女が別方向からアプローチ。
「この村じゃなくても良いです。
どこか泊まれる場所は御存じないですか」
なんだかしおらしく、頭を下げている。上目使いで村人達を見てる。セツナに対する態度とは大違い。可愛らしいじゃないの。女の武器か、似合ってはいないけど。
ほとんどの村人が態度を変えなかったが、一人の男が顔を赤らめた。少し横に固太りした百姓。
「あんた美童だな。
あんた一人ならウチに泊めてやってもいいぞ」
美童?……美少年?!
三浦のヤツ、男と思われてやんの。笑いそうになるのを堪えるセツナである。
「なに言い出してやがる」
「ふざけんな」
「オマエ、陰間茶屋に行ってからオカシイぞ」
「村の子供に手を出すんでねぇぞ」
顔を赤らめたデブ男は他のお百姓さんに責められてる。なんだか村人の中で年長の男が前に進み出る。
「あんたら、悪りいけどこの村には入れられない」
この辺では逃亡兵が暴れてる。戦に負けた側の残党やら、武器を持って兵役を逃れた男たち。山賊になって村を襲う事もあるらしい。セツナたちもその仲間、様子見しに来た斥候役という事も有り得る。
少し前にも武装した男達に襲われ、食料と若い娘を奪われたと言うのだ。
若い娘が賊に攫われた、少しエロイイメージがセツナの脳裏に浮かんでしまったのはナイショだ。奪われた村人や両親からすればそれどころじゃないのだろう。
「村人たちの視線が厳しいワケですね」
「俺達はカンケー無いんだが……
証明のしようが無いな」
学生証見せても意味無いし、作らされたマイナンバーカードも通用しないだろうな。マイナカード造り損じゃん。
「あっちの方向に寺がある。
そこなら色んな人間を受け入れてる。
行って見たらどうじゃ」
村の代表らしき老人が言う。
その指差す方向にあるのは小さな山。だけどその山の先にうっすらと雲がかすんで見えるのは……
日本一の山と呼ばれるヤツでは!
「アレ、富士山かな」
「そう見えますね」
「富士山が見えるってことは……
ここはドコだ」
「知りませんよ。
富士山なんて、日本中どこからでも見えるでしょ」
と言いつつ、三浦葵衣はかなり表情が明るくなってる。大原刹那もである。
遥か、彼方であっても知ってる場所が見えるのはいーな。
ここは現代日本でも自分達の知ってる戦国でも無いが、最低限日本だと分かった。それだけでも一安心するセツナなのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます