第4話 自分の居場所を見失った

 公園を突っ切って駅へ向かう『令和時代における偶像少女崇拝の実態調査会』会長の大原刹那と会員で後輩女性の三浦葵衣なのである。

 

 割と広い公園。季節は夏、青々と芝生が生い茂る。公園のド真ん中の芝生を突っ切っても駅まで5分はかかるのだ。横に歩くための道もあるのだが、気にせず芝生を横切る学生が多い。勿論セツナも芝生を踏みつける。

 その歩くセツナの耳に飛び込んで来たのだ。

 リズミカルな音と女性ボーカル。

 セツナはもちろん反応した。アイドル好きなのだ。地下アイドルもチェックしてるし、シロウトと変わらないアイドル志望の娘が駅前で歌うのを見るのだって結構好きなのだ。

 

「行くんですかー?」

「行くに決まっとろうが」


 後輩女子のセリフには、真夏ですよ、暑いですよ、陽射し受けてたら死にますよと言うイントネーションが込められているのだがセツナは無視する。

 期待は出来ないが、どこかのグループがゲリラライブを行ってる。そう言った可能性だってある。そんな現場に居合わせられたりしたら、ひゃっほーいってヤツなのである。


 公園の中心部、広場に音の発生源が居た。

 数人の踊っている女性。和風の着物をミニスタイルに改造してる揃いの衣装。BGMは和太鼓と三味線らしい楽器。

 音楽も民謡風な楽曲をロック調にアレンジしてる。


「へぇ、ちょっとカッコイイですね」

「ああ、コンセプトがまとまってるな」


 和風ロックアイドルと言った雰囲気。グループのレベルは高い。少女たちの容姿もダンスの技術も高ランク。バックの音楽も馬鹿に出来ない。

 特にセンターに居る女性はパっと目立つ。周囲の少女達も悪くは無いのだが、彼女だけレベルが違う。見てすぐに分かる程に動きが良い。手足が長くキレの良い動きに合わせて、着物の袖が動く。ミニスカートから突き出された健康的な足が眩しい。

 フトモモを見て、二へっとやに下がりそうになるセツナなのだ。

 隣にいる後輩女子の視線が冷たい気がする。いかんいかんと抑えつけ、マジメかつ爽やかそうな表情を浮かべて見せるセツナ。爽やかな笑顔ってどんなんだったかな。


 真ん中の女性は派手な美貌。整った顔は一見キツくも見えるけど、集まってる観衆にニッコリ微笑んで手を振る、その笑顔はギャップが有って可愛らしい。一度見たら忘れられないくらいには印象的。


「うーん、見覚えが無いな」

「あのリーダーっぽい娘ですよね。

 会長でもですか」


 三浦葵衣も誰のコトを指してるか分かったらしい。


「アタシでも分かるくらいレベル高いですよ。

 シロウトとは思えません」


 大原刹那はアイドルを名乗ってる女子なら相当に詳しいのだ。学生の本分は勉強。しかし本分をないがしろにして、毎週イベントやライブに参加してるのだ。ハッキリ言って結構に金を食う。そのためにアルバイトもしている。会費が出ないんかーと騒いでいたのもその為だ。


 セツナは一人の推しを決めて追っかけるタイプではない。

 いやまあ、昔はそんなコトもしていたのだけど、遠い昔の話なのさ。何か訳アリ風に心の中で語るセツナ。だが、後輩女子辺りが聞いたならオトコってバカですねとアッサリ切り捨てそうな話。

 セツナが大学一年生の頃の話なのだ。当時追っかけてたメンバーがアイドルグループ卒業、直後結婚してしまった。しかも数ヶ月もしないうちに出産。

 てことはつまり、俺があの娘にせっせこバイトで稼いだ給料を貢いでるその時にあの娘は……。

 セツナは泣きに泣いたし、同じドルオタのイトゥーくんと初めて飲みに行って酔っぱらった。酔ったセツナは居酒屋でも泣きまくった。ついでに吐いた。そして吐いたゲロの中に倒れ込んだ。

 ハッキリ言って黒歴史である。消し去りたい過去。そんなコト無かった。無かったと言ったら無かったんじゃー、と喚いてみても過去は変えられないのだ。

 その時の相棒のイトゥーはアイドルオタクからは足を洗った。二次元の方へ、美少女ゲームの方へと行ってしまった。『電子遊戯研究会』に所属し自分で同人ゲームまで作り出しているのだ。

 セツナはと言うとアイドル好きを止めなかった。他にコレと言うシュミも無かったし、頑張ってる女の子達を見るのが好きなのだ。

 

 酔っぱらった翌日。テレビは点けるとも無しに点けっぱなし、するとセツナの耳に女の子の歌声が聞こえて来た。画面には微笑んでる少女たち。

 なんで俺がカラッポみたいになってるのにこの娘たち笑ってんの?

 でもその笑顔は可愛らしい。

 声は傷付いた胸に染み込んで来るのだ。

 いや、違う。

 違うだろ、大原刹那。

 この娘たちだって泣きたいコト有るハズなのだ。泣いても傷ついても人前では笑ってるのだ。微笑んでカワイク見せてるのだ。その笑顔が誰かに力を与える事を知っているから。

 

 セツナは推しを追っかけるタイプから広く薄くチェックする方向へと鞍替えした。新人アイドルがデビューすると聞けば必ず出向いた。最近ではインターネットの中だけのアイドルも珍しくない。歌ってみた、踊ってみた系までチェックしてられないが、アイドルと自ら名乗ってる少女に関しては一度はチェックしたハズだ。

 そのステージの出来栄えや、アイドルの娘の紹介を彼は自分で立ち上げたHPに乗っけた。アイドルの娘に対して上から目線の批評なんか絶対書きはしない。苦情を言うとしたら事務所やプロデューサーの売り方に関してだけ。アイドルの娘に対しては良かった点を褒め称える。別にウソを書いてるワケじゃない。みんな頑張ってる少女達。良い処、ステキだなと思う処は必ず有る。それを素直に書けば良いだけ。

 飾り気の無かったHPだが、一年後輩の三浦が参加して手を入れてくれた。おかげで大分見栄えがする物に生まれ変わった。見に来る訪問者も一気に増えた。そんなコトを続けるうちにファンクラブの人達にも多少の顔が効くようになってる。

 

 だからセツナは見たアイドルはメモを取るし、良かった点をまとめてHPに乗っける文章を推敲する。その頭の中には相当量のアイドル娘の記憶が有るのだ。

 しかし目の前の女性に関しては思い当たる記憶が無いのである。


「まー、女なんてメイクとファッションで化けますからね」

「確かにそうなんだが。

 しかしあそこまで印象的な女の子なら思い当たりそうなんだよな」


「バンド系やダンス系から来た人かもしれませんね」

「それは有るな」


 セツナはアイドルと名乗ってればハジからチェックする。そこに分け隔ては無い。ネット上だけの活動だろうが、小学生だろうが、フーゾク嬢が集まったグループだろうがドンと来い。しかしアーティストを名乗ってる方向の人までチェックしている余裕は無いのだ。


 この目の前の女の子の動き。人目を引くパフォーマンス。絶対初めて人前で歌って踊るんじゃない。右へ左へ、集まって来た男達に愛想を振りまく。ハジけるような笑顔。音楽に合わせて踊りながらも、サービス満点。やっぱり他の業界から流れて来た人かな。

 

 公園には既に人だかりが出来ている。昼時を過ぎていて普通なら人もまばらな時間帯。

 セツナはその前列に居た。

 どうやらパフォーマンスは終わったらしい。音楽が止む。集まっていた近所の子供連れの奥さんや学生たちが思い思いの方向へ散っていく。

 セツナは露骨過ぎないようにセンターの女性を観察していた。やっぱり見覚えが無い。

 

 あれ? なんかあの女性、俺の方を見てないか。

 

 セツナの方をジロジロと見ている美貌の女性。え、え、と周囲を見回す。何か目を引くモノでも? 無いね。居るのは隣の後輩くらい。

 やっぱりこの女性が見てるのはセツナ。

 

 オレ?! あれやっぱりどっかのイベントで会ったのか。

 舞台の上の少女が観客のコト覚えてんのに、観客の俺が女性のコト覚えて無いの? そりゃいくら何でも失礼過ぎる。えーと、えーと。

 セツナは必死で思い出そうとする。

 先週の新人アイドルグループイベント、あれはロリ系の少女ばっかだった。その前はアイドルと名乗ってるので行ってしまったが、メンバーは全員セクシー女優。この人まさかセクシー女優だったりして。


「ふふふ、ホントウにすぐ会えた」


 なにか彼女が口の中で言った気がする。

 うーん、気まずいな。もう駅に行ってしまおうか。


 大原刹那は女性の視線に気づかない振りして公園の広場を後にする。


「何かあの女性、大原会長を見てませんでしたか」

「そうか?

 気のせいじゃないか」


 勿論、三浦葵衣も隣を歩く。二人は通い慣れた駅への道を歩く。


 通い慣れた道……と思っていたのだが、ここは何処だ。あれあれ、駅の近くの公園なんて広さじゃ無いぞ。いつまで歩いても木が立ち並んでる。道が狭くなってきてるような。俺が向かってるJRの駅は何処に行った。辺りにたくさんあるはずのマンションが見えませんけど……。


「……三浦会員、おかしくないか。

 すでに10分以上歩いてる気がするぞ」

「大原会長、10分なんてもんじゃ無いです。

 20分は歩いてると思います」


「……迷子になったのか」

「いつも歩いてる公園で迷子になるワケ無いじゃないですか」


「じゃあ、現在の俺らの状態を迷子と言わずになんと呼ぶ?」

「んーーー、ストレンジャーとか」


「一緒だ。

 横文字にしたらカッコイイみたいな文化やめい」

「なら、『自分の居場所を見失った彷徨い人』」


「うむ、それなら許す。

 我らは『自分の居場所を見失った彷徨い人』になったのだな」

「いや、アタシを一緒にしないでください」


「何だよ、言い出したのはオマエだろー」


 そして二人が林の中を歩いて行った先は戦場だったのである。

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