第6話 佐藤カケルはマジックワード?

「水だけでも貰えませんか?」

「お願いします」


 大原刹那はようやっと見つけた村で受け入れを拒否されてしまった。警戒の視線を村人達に向けられるのである。

 普段のセツナならとっとと退散するトコロだ。しかし現在は非日常空間に居る、『自分の居場所を見失った彷徨い人』だと自覚しちゃってるのである。

 三浦葵衣が頭を下げてるのでセツナも一緒に下げる。必死である。もう手持ちの水分無いのだ。


 三浦の上目使いが効いたのか、顔を赤らめていた太った村人が助け船を出してくれた。


「井戸の水くらい汲ませてやってもいいべ。

 街道で倒れられても寝覚めが悪いってもんだ」


 とゆー訳で、セツナは現在井戸を押しているのだ。

 石で組まれた井戸、上で滑車式になってるシロモノ。セツナが井戸の逆側で綱を引っ張り押し下げる。すると三浦のいる側に水を汲んだ桶が上がってくる。


「何してるだ、もっと力入れるべよ。

 よーし、そん調子」


 やり方を指南してるのはさっきの村人。少し横に大きいオッサン百姓。三浦のそばに付いて井戸の逆側からセツナに指示を飛ばしてくる。

 イラっとするセツナだが、今は立場が悪い。とりあえず綱を引く腕に力を込める。偉そうに命令されるのもイラつくがそれ以上にムカつくのが、村人のオッサンの態度である。こっちから見てると変に三浦にすり寄ってる。腕に手を寄せてやがるのだ。


「そら、桶が上がって来た。

 その変な筒に入れるだな。なら水筒抑えとけ。

 オラが入れてやる」

「ありがとうございます」


 三浦は神妙に従っているかに見えるが、顔が赤くて眉がピクピクしている。

 セツナには分かるのである。アレは怒ってる。湧き上がる怒りを堪えてる表情。


「すいません、もう一本こっちにもお願いします」


 三浦が自分のステンレスボトルをいっぱいにして、次いでセツナのペットボトルを取り出す。カラになったお茶のペットにも水を補給するつもりなのだ。怒りを堪えて、うわべは愛想笑いを浮かべている後輩女子。その肩に手を回してるオッサン村人。


「へー、びーどろか。

 こんな透明で薄い器は初めてみるべ」


 びーどろ。セツナも聞いた事が有る気がする。昔のガラス細工だよな。まーペットボトルが変に怪しまれなきゃいーや。


「オマエら、もしかして……

 妖人あやかしびとじゃねーだべな」

「……あやし……なんですか?

 怪しい者じゃ無いですよ」


 後輩女子が愛想笑いでオッサンを見ている。オッサンはまた顔を赤らめた。


「へへへ、そうだべな」


 井戸から街道に出て行こうとするセツナに好奇の目が注がれる。村人たちが露骨にジロジロ見ているのだ。

 

「なんだべ、あの服装?」

「織田のトコから来たんでね―の」


「ああ、舶来品好きだってゆートノさんか」

「んじゃ、あいつら織田の人間か」


「あいつら自身が異人でねーの」

「それにしちゃあ、流暢に喋っとったぞ」


 異人か、外国人のコトだったよな。まー、この辺はまだ良いとしよう。


「かぁちゃ、あの人たち、変なかっこ」

「しっ、近付いちゃダメ。

 さらわれるべ、気をつけるだ」

 

 子供を連れた母親らしい女性のセリフ。あんまりじゃないかとセツナは思う。どう見ると人畜無害な大学生が人さらいに見えると言うのだ。

 セツナはイラついてるが、三浦はそれ以上の雰囲気。感情をを圧し殺した顔で早足で歩いていく。オッサンにベタベタされたのがよっぽど気に障ったんだろーか。仕方ないので後輩の後を急いで付いて行くセツナである。

 

 セツナはペットボトルと三浦のステンレスボトルに水をいっぱいにして村を出ていく。街道を行くセツナだが、いまだに村人たちの視線が向けられてるのである。気分悪いのでこう言う場合はとっとと離れるに限る。


 しばらく歩き、やっと村人から見えない場所に辿り着く。三浦はヒトッコトも喋らず早歩きし続けていた。


「あのヤロウ、ああ。

 チックショウ、もう! もう! もう!」


 三浦がいきなり地面を蹴りつけるのである。

 どうしたんだ、三浦会員。もしかしてそこの地面に何か恨みでもあるのか。そんなセリフを思いついたセツナだが、口には出さない。口に出して言ったら後輩に蹴られそうである。

 土の地面を蹴り続けていた三浦だが、ようやっと気が収まった様子。荒い息を吐いてる。


「よし、もう忘れよう。

 佐藤カケルの顔思い出そう。佐藤カケル、佐藤カケル、佐藤カケル」

 

 後輩少女は『仮面探偵』出身の美青年俳優の名前を唱えてる。ヤロウ俳優に一切興味の無いセツナでも知ってるくらいの有名人。懐かしの少年マンガ実写映画化の主役を務めたコトでも知られてる。


「あー、三浦会員大丈夫か?」

「あれ、大原会長居たんですか?」


 居るに決まってるじゃん。さっきからズッと居たよ。奇行を繰り広げる後輩を見守ってたよ。


「えーと、どうしたんだ?」

「ああ、気にしないでください。さっきのジジィにケツ撫でられたんです。あまりの気持ち悪さに地面に八つ当たりしてただけですから」


 ……ケツ?

 お尻、ケツ撫でられた?!

 さっきのデブい百姓村人か! あのヤロウ、変にベタベタしやがってと思ってはいたが。それ以上のコトをしでかしやがっていたとは。


「許せんな!

 今から行って、殴って来るか」

 

 拳を握りしめるセツナ。三浦会員はスリムジーンズを履いている。一緒に街道を歩いてるとたまに目に入るのだ。足から上の肉が上下にうごく、形の良いヒップ。そいつにあのオッサンが触れたのか。

 羨ましい……、じゃ無くて! 

 マジメな話。

 こっちが下手に出てると思って、その立場を利用して女性のカラダに触れるとはホントのホンキでセクハラじゃねーか。サイアクだろう。マジで腹立って来た。ムカツク! ホントに殴りに行くか。


「止めてください。

騒ぎにならない様に叫び出したいの堪えたんですよ」


 セツナの顔色を読んだのか、後輩少女は言う。


「しかし、三浦会員だって許せんだろう」

「もうさんざん、地面に八つ当たりしましたからね。

 良いですよもう、先を急ぎましょう」


「そうか、俺らの水の為にすまないな」


 セツナは後輩の顔を見る。平気そうな顔をしてるのがまた気になるのである。


「……三浦会員」

「何ですか、会長。早く行きましょうよ。暗くなっちゃいますよ」


「すまん。

 ありがとうっ!」

 

 セツナは思いっきり頭を下げていた。

 先ほど村人の前で見せたペコペコした軽い低姿勢なんかでは無い。手を揃えて両脇に上半身を直角に曲げる。しっかりしたお辞儀。


「なんですか、なんですか!

大げさです、恥ずかしいですよ、会長」


「いや、水と言えば人間の生命線だ。その貴重な品を手に入れて来た三浦会員の行動は賞賛に値する。よく頑張った」


「分かりました、分かりましたから頭を上げてください!」


 後輩の声に明るさが戻ったのを感じてセツナは頭を上げる。三浦葵衣はそっぽを向いていたが口元には作り物じゃない笑みが見えるのだ。


「じゃ、行くか。マズいな、もう夕方か」

「そうです。急ぎましょう。

 街灯無いんですよ、暗くなったら見えないです」



 道を急ぐセツナ。行先は近くの小山。そのふもとに受け入れてくれそうな寺が有るらしい。


「あれか、近くの大木って」


 三浦は口をモグモグさせながら話す。視線の先にはデカイ樹木。セツナの身体五人分くらいは有りそうだ。後輩少女はモグモグしてる。食べてるのである。何を?


「会長もどうぞ」

「なんだこりゃ」


「干し芋らしいですよ」

「へー、なんか白いの出てるぞ。これカビじゃねーの、大丈夫か」


「平気です。令和で売ってるのでも見た事あります。この白いのは乾燥して出たデンプンとかそんなのです」


 干し芋か。子供の頃食べたコトが有る気もするが、もうどんなだったか覚えてない。


「んで、あのデカイ木がどうしたって」

「さっきのオッサンがこの干し芋寄越して言ってたんです。

 村を出た大木の所で一人で待ってるだ、そしたらもっといいもんやるだ。

 って、あー気持ち悪い。呼び出してどーする気だったんでしょうね」


 オッサン、さっきの三浦のケツを撫でたセクハラオヤジか。カワイイ後輩にハラスメントかました輩。


「ならあそこに一人で現れるってコトか。待ち構えて二人でボコにするってのはどうだ?」

「止めましょう、時間のムダです」


 セツナとしては一発殴っておきたいのだが、後輩女子はズンズン歩いていく。確かに遠くに見える山に太陽が沈みそうになっている。夕暮れ時、急がないと。道には電柱も無きゃ、そこに着けられた電球も無い。知らない道を真っ暗な中で歩くのは危険に決まってる。

 

「てコトはこの干し芋あのオッサンに貰ったのか。あんま食べたくねーな」

「会長、干し芋に罪はありません。食べとかないとお寺だってご飯まで恵んでくれるかどうか」


 それもそうか。セツナは干し芋をかじる。けっこうな道のりを歩いて疲れてる身体に染み渡る。あ、意外とうめー。噛めば噛むほど味が出る、甘みもあるじゃん、グミみたいだな。

 モグモグしながら道を急ぐ大原刹那と三浦葵衣である。

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