第2話 目の前に或る光景

「あの、何ですかねコレ?」

「ん-、戦国みたいだな」


 大原刹那はぼーっとアホみたいに口を開けて、目の前を眺めていた。眼前には有り得ない様な光景が広がっているのである。


「アレですかね、『転生したら戦国でした』とか『日本人女子大生でしたけど、生まれ変わって戦国武将に、頑張って日本を統一します』みたいなアレ」

「三浦会員、そーゆーの読む方だったんだな。

 なんかホントウに有りそうなタイトルを言うなよ」


「イベント待ち時間に丁度良い時間ツブシなんですよ。

 スマホで読んでればよそから見たら何かマトモな文章読んでる風に見えるじゃないですか」

「そうかー、外から見る連中も何読んでるか分かっちゃうんじゃないか。

 まぁ分かるようなヤツは同類だからいいのか。

 俺はアイドル情報追うのに忙しいからな。

 読むとしても布団の中で寝ながらくらいだな」


 セツナと話しているのは大学の後輩である。一年下の女子大学生。

 彼女の名は三浦葵衣、みうらあおいだったと思う。いつも三浦と呼んでるからな。下の名前なんかキチンと覚えてないよ。

 

「あー、大原会長くらい節操無く誰でも追っかけてればね。そりゃ忙しくてたまんないでしょうね」

「ウルサいな、節操無いワケじゃねーよ。

 俺はアイドルと名乗ってるのしか情報集めて無いぞ」


「あたしだって、2.5次元ミュージカルか、特撮美少年しかチェックして無いですよ」

「それ、だけって言うのか」


「ジョリーズには近寄らない様にしてますから」

「ああ!

 ジョリオタは怖いからな」

  

 大原も後輩の彼女も一見普通に会話してるようだが、目線はお互いを見ていない。フラフラと反射的に、ごく一般的にお互いのシュミを、さも当たり前の状況に居るかのように話しているが、実は二人とも目の前の光景に衝撃を受けているのだ。会話はしているが、それは勝手に口が動いているような物。脳味噌はまともに働いていないのである。


「むしろタイムスリップじゃ無いのか、『戦国消防隊』。

 最近も有ったよな、運動部系の高校生達が戦国に行って戦ったりしちゃうヤツ」

「あー、映画ですね。

 アニメ映画見に行ったら、予告見せられました。

 ……! 

 大原会長!

 危ない!」


 ヒュッ。

 頭の横をかすめる。

 セツナは反射的に顔を横に向けていた。後ろの樹に何かが突き刺さる音が聞こえる。振り返って見れば、矢羽が見える。矢だ。羽根が見え先端の鏃は鉄製。鉄の矢が彼の頭の近くを通り過ぎて行ったのだ。


 ……えーっと、もしかして。

 今頭を横にしなかったら……


 自分の頭の中心に鉄の矢が突き刺さっていたのだろうか。おそらく即死なのだろう。だけどあまりにもリアリティーが無い。

 拳銃で撃たれた死体なら映画やドラマでよく見かける。頭からジワジワと赤いモノが流れ出し、倒れた男の表情は人形のように変わらず目線は動かない。そんな光景はすぐ思い浮かぶ。だが矢で射殺されると言うのは、死のイメージとしてセツナの脳裏に浮かばないのである。

 

「血が出てますよ」


 ぼーっと樹に刺さった矢を見ている大原刹那。後輩少女がその顔を眺めて言ったのだ。推定名称三浦葵衣がティッシュを差し出してくれたので、頬を拭く。

 ティッシュが真っ赤に染まってる。なんだかホッペタが熱い。

 ははは……なんだこりゃ。

 セツナは血に染まったティッシュを見てやっと気が付いていた。

 ……俺本当に死にかけたんだ……

 今さらの様に頬の神経が伝える信号が脳に届く。要するに痛くて熱いのである。


「……ひとつ、分かったぜ」

「何ですか?」


「これは夢じゃない。

 なんせ頬が痛いからな」


 

 目の前の光景。

 大原刹那と後輩の彼女が見ていながら真剣に受け止める事が出来なかった光景。それは。

 

 戦場。

 

 セツナは現在雑木林に隠れている。その先には平野が広がる。見渡す限りの人。人と人が戦っているのだ。剣を振ってる男、槍を突き出す奴、旗を持つ偉そうな人。

 令和時代の戦場じゃないのは誰が見たって分かる。銃を持ってるのも居ないし、揃いの迷彩服でも無い。戦車も無ければ、ヘリも無い。迫撃砲が飛び交う中、陸軍兵士が進軍。そう言う戦場じゃ無いのだ。


 美しく拵えた鎧に意匠の施された兜、腰には黒光りする鞘。手には日本刀。返り血も気にせず、周りの人間を切り捨てる戦士。

 ……侍。サムライだよな、アレ。

 もっと安っぽそうな鎧を着てる男。片手に槍、先端が鋭く尖る金属製。片手に鍋ブタみたいな木の盾。周りと連携を取りながら槍を突き出す。

 ……足軽とか呼ぶんだっけかな。ザコっぽい侍。

 さらに安っぽい武装の男達。率で言うとこっちの方が圧倒的に多い。農民の徴用兵なのか。それタダの板だろ、そう言いたくなるモノを防具として身体に被ってる。足元はタタミみたいなヤツ、ワラジとか言うんだっけ。木の棒に凶器を括りつけたような槍でみんな突撃してくのだ。

 後ろの方には弓を構える人々。

 弓兵か。テキトウに矢を放つけど、それ本当にちゃんと狙ってるのか。敵だけじゃない。味方も射ってるんじゃないのかよ。こっちにまで流れ矢が飛んで来たぞ。ちゃんと狙ってくれよ。

 

 見渡す限り戦場はグチャグチャ。どっちが優勢なのか、セツナには分からない。というか誰と誰が戦ってるのか、それすら分かって無いからな。


 大原刹那は日本の四年生大学に通うフツーの大学生だ。彼と後輩の二人はいつの間にかこの林の中にいた。そのまま歩いてきたら戦場の真ん前に出たのである。そこで初めて、今いる場所が現代日本じゃないコトに気が付いたのだ。

 あんまりのデキゴトにぼーっとしていた二人なのだ。


「あの、今さらだけどよ。

 三浦って葵衣で合ってたっけか」

「いきなり、何ですか。

 たった一人の会員の名前も覚えて無いんですか」


「俺の脳細胞はアイドルの名前、プロフィールを記憶するために存在してんだよ。後輩の名前覚える為じゃねーの」

「うわー、一般常識が脳味噌に入る隙間が無いって意味ですね」


「ウム。

 否定はしないでおこう」

「そこは否定しましょうよ。

 ……合ってますよ、三浦葵衣です」


 ミウラアオイか。けっこう可愛いい名前じゃん。

 そんな大原の表情を読んだらしい後輩はお返しに聞いてくれる。


「んで大原会長は大原刹那でしたよね」

「その通り、さすが『仮面探偵』出身の美少年俳優を全員諳んじてる女だな」


「それ位覚えてますよ。

 セツナは刹那的のセツナ。

 会長に似合ってます」


 ……それは言うなよ。

 刹那って名前、中学生まではカッコイイじゃんなどと思っていたのだが、大学生となった大原刹那にとってはチョッピリ気恥ずかしいのである。

 後輩の三浦葵衣は「せつな、セツナ」なんて繰り返している。セツナの表情を読んでいる。口元には軽い笑み。

 それは普段エラそーな先輩にイジワルしたれという笑みだな。だけど、この後輩……笑顔になると実は可愛くないか。


「なんだよ、2.5次元ぽい名前で悪かったな」

 

 セツナは今さらの様に三浦葵衣を観察する。戦場なんてあまり眺めていたいモノじゃない。後輩女子を見る方が百倍マシ。 

 眉を隠す前髪、後ろは生え際に沿って軽く刈っているショートカット。スリムなパンツに白いロゴ入りシャツ。ボーイッシュな雰囲気の後輩。

 お洒落な女子大生なんてカンジじゃない。その方がこちらも女だと気を使わなくて済むから良いな。

 そんなコトを考えてるセツナである。


「うわー、大原会長見てください。

 あの人首切られましたよ。頭だけ落っこちた。身体だけ後からゆっくり倒れてます。

 痛くないのかな。痛みを感じるのは脳だから、アタマ斬られちゃったら感じないのかしら」

「脳の方が本体だろ。

 落っこちた頭の方は痛がってるんじゃないの」


 だから戦場見たくないんだってばよ。倒れた兵士達は傷を負って血を吹き出してるんだぞ。これ以上目に入れたくは無いだろ。なんでこの女は平気なんだ。


「にしても戦国時代なら、すでに鉄砲は有っていいんじゃないのか。

 サドが島だっけか」

「種子島ですよ、大原会長。

 鉄砲は伝来はしてるでしょうけど、広く行き渡ってはいないんじゃ無いですか。

 鉄砲が役に立つって、予算割いて買い漁ったから織田信長が戦場で有利に戦えたって話じゃ無かったでしたっけ」


「おっ、三浦会員。

 戦国詳しいんじゃないか。

 何処とドコが戦ってるのか、教えてくれよ」

「詳しく無いですよ。

 これ位常識でしょう。

 大原会長、本当に高校卒業してますか」


 この後輩、結構きついツッコミ入れて来るよなぁ。


「歴史の授業はな……

 戦国ゲームで武将を女体化してるヤツあるじゃん」

「有りますね。

 とゆーか、アプリゲーではそっちの方が多い気すらしますよ」


「俺、授業中は歴史の人物みんな女体化して遊んどった」

「あるある。

 そういやあたしも歴史上の人物、美少年にしたら何系か考えてましたね」


「だよな、俺の中で聖徳太子ちゃんはツンデレな。

 人前ではツンケンしてるけど癒し系ボインボインキャラの蘇我のウマコちゃんの前だけではデレるの」

「平清盛は絶対オレ様キャラですよね。

 それに対して生真面目優等生キャラ源頼朝はそれが許せなくて戦いを挑むんです。ところが頼朝の最大の味方弟義経ちゃんは天衣無縫キャラ。むしろ清盛と気が合いそうな弟に苛立つ頼朝みたいな。」


 キッツイ後輩ではあるが、この女が居てくれて良かった。これで自分一人だったら絶対パニックになってる。この後輩女子としょうもない話を喋ってるおかげでなんとか気を落ち着けていられる。

 三浦葵衣に感謝する大原刹那である。

 隣に居る娘はボーイッシュな外見通り、あまり女っぽくないのも良い。目の前は戦場。人がバンバン血を流してる。首ちょんぱしてる人もいるのだ。普通の女子なんかだったら騒ぎ立ててうるさくてしゃーないだろう。

 ああ、でも……。

 怖いと言って女子が抱きついてくる。そんなイベントなら起きてもいいかも。

 セツナはチラリと後輩の横顔に視線をやる。熱心に戦場を見ている三浦葵衣である。


「あの人、けっこうイケメンかも。

 イケメン同士が日本刀で戦ってる。

 男達の命を懸けた死闘、顔が美形だとやっぱ絵になるー」


 うーむ。この後輩で良かったとは思うんだが、抱きついてくるイベントは期待出来なさそうだ。

 セツナは内心肩を落とすけど、表には出さない。


「大原会長、自分も一つ分かった事が有りますよ」

「なんだ?」


「タイムスリップじゃ無いですね。

 ここはあたし達が知ってる戦国時代じゃ無いです」


 何か有ったのか。可愛く無い後輩に気を取られてる場合じゃ無かったか。

 セツナは後悔しながら慌てて戦場に目を向ける。すぐに分かった。


 移動してくる巨大なモノ。


「なんだアレ!

 陸を進む空母か」

「確かにそんなカンジですね。

 でも多分アレ城ですよ。

 動く城」


 言われてみれば石で出来たそれ。そびえる天守閣。いわゆる日本の城風の外見。城っぽいのが動いて戦場にやってくるのだ。

 城が動くわけないじゃん。勿論、分かってるけどセツナの目にはそう見えてしまうのだ。それ以外に説明しようが無いのだ。

 城には中腹に舞台が設置されてる。戦場を見渡すためのモノかと思ったが、どうやら違う。掛け声が聞こえてくる。


「イッマガワ! イッマガワ!」

「ススメ! ススメ!」


「我ら最強、街道一の弓取り、今川義元様に仕えるモノなりー!」

「雑兵どもよ、奮い立てー!!」


「イッマガワ! イッマガワ!」

「ススメ! ススメ!」



「…………」

「…………」


 大原刹那は白目である。

 三浦葵衣も白目である。


「……三浦、俺さー……」

「……何ですか、大原さん……」


「風雲タケチャン城、思い出しちまった」

「ああーなるほどって、古いですよ。

 今どき、そんな番組誰も知りません」


 俺達は日本の戦国時代に居る訳じゃ無い。その事実が分かった。良し、一歩前進だな。

 大原刹那は心の中でそんな風に思ってみた。

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