PART6

『”ある人”って、どなた?』

 彼女は椅子に腰かけ、足を組んだ。

『残念ながら、それは言えません。”守秘義務”ってやつですよ。貴方も医者の端くれなら、その位ご存じでしょう?』

 彼女は俺の返答を無視して、全く表情を変えずに言った。

『私は医師であると同時に、科学者でもあります。よりよい環境で、より高度な研究をさせてくれるなら、そちらに行きたいと思うのは当たり前だと思いますけど?』

『その”よりよい環境”ってのが、軍事研究になりうるとしても、ですか?』

『軍事研究?何のことです?』

 俺は傍らにあったデスクに、USBメモリーを置いた。

『私が調べ上げたデータですよ。C国が貴方を欲しているのは、貴方の科学者としての能力の高さではなく、その研究が自国にとって役に立つか・・・・それも軍事面でね。そいつをご覧になれば、直ぐに分かるでしょう』

 彼女の後ろで何かが動いた。

『そこまでだ、探偵君』

 甲高い、訛りの強い日本語が、暗闇の中から響く。

 眼鏡をかけた背が高く、鋭い目をした東洋人・・・・間違いない。あの時俺を拷問したうちの一人だ。

 男は手にサプレッサーのついた22口径のオートマティックを握っている。

 銃口はまっすぐ、俺の胸に向いていた。

『君が何を調べたか知らんが、これ以上邪魔をするなら、ここで死んで貰う』

 鈍い、籠ったような銃声がするのと、俺が横っ飛びになったのは、殆ど同時だった。

 勿論その時には俺も相棒M1917の引き金を絞り、短い銃声が交錯する。


 俺に向かって飛んだ弾丸は、すぐ後ろの壁に当たり、俺の.45ACP弾は、奴の右肩を貫いていた。

『・・・・私を撃って、ただで済むと思うのか?私は・・・・』

『C国遺伝子工学研究所副所長。というのは仮の肩書・・・・実際はC国国家保安局秘密情報部第一室長。つまりは秘密警察の偉いさんだろ?』

『そこまで分かっていて、何故撃った?』

『あんたが撃ったからさ。それ以外に理由はない』

 俺はそれだけ言うと、その場で携帯から110番した。

警察おまわりを呼んだぜ。規則なんでね。悪く思わんでくれよ』

 これだけの光景を目の当たりにしても、光明寺早苗は顔色一つ変えず、俺の問いかけにも沈黙を貫いていた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 30分後、医学部の建物の前にはパトカーが数台停まっていた。

 ご存知の向きは多いだろうが、大学の構内への警察の立入りは色々と厄介なのだが、今回は向こうが先に発砲していること。殺し屋しか使わない仕様の銃を持っていた事などの事実があったので、それほど揉めることもなかった。

 大学側だって、こんな事実が表ざたになれば、あまり外聞が良くないのは分かっていたようである。

”どうぞご内聞に”副学長と称する男が青い顔をしながら、俺にそう言っただけだったし、警察おまわりの側も、仏頂面はしていたものの、いつもの嫌味はなしだった。

 

 当然、C国の大使館の人間も来ていた。

 眼鏡男の傷は貫通していて、命に別状はなかった。

 奴らは面映ゆげなツラをして、俺に何か言いたそうだったが、状況が状況だけに、面倒くさそうに、

”我々はこれで引き上げる”と言い捨てて去っていった。



 

 

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