PART5
三日後、俺は荒川の土手にある掘立小屋の中にいた。
大人が三人も入れば一杯になってしまうほどのその小屋に、俺は主である、
”馬さん”と二人きりでいた。
『随分痛めつけられたみたいだな』
馬さんは一瞬だけ、こちらに目をやっただけで、後はパソコンのモニターに釘付けになっている。
『仕方がない。これも”危険手当”の範囲内だ』
俺はそう言って、いつも通り太いゴムバンドで留めた一万円札を数枚、古びた毛布の上に投げ出す。
馬さんは目だけはディスプレイから離さず、片手でそいつを拾い上げると、器用に指を使って枚数を確認し、股の間に隠していた大きな四角いブリキ缶に放り込み、
もとの通りに蓋を閉め、代わりにUSBメモリーを投げて寄越す。
『大学のメインコンピューターなんかに、良く簡単に侵入できたな?』
俺はそいつをケースに収めて、ポケットにしまいながら、感心したような口調で言うと、馬さんは素っ気なく、
『あの大学、自慢してるほど大してセキュリティは堅くねぇな。自転車の鍵を外す方が、余程難しいぜ』
と、相変わらずモニターから目を離さない。
『それよりあんたも探偵なんかやってるんだったら、いい加減ネットのいじり方くらい覚えろよ。今時この程度、小学生だってやろうと思えばできるぜ』
『生憎俺は機械いじり、特にパソコン関係は苦手でね。メールの送り方だって満足には出来ない。それにハッキングなんて知らない方がいいのさ。免許持ちだからな』
『勝手にしろ。用が済んだら出てってくれないか?これでも忙しいんだ』
それっきり馬さんは何も言わない。
モニターに集中して、恐るべき速さでキーボードを操作し、マウスを動かしている。
『有難う』
最後にそれだけ返し、小屋を出た。
空を見上げる。
東京には珍しく、晴れ渡った夜空だ。
もう冬なんだろう。
オリオン座がはっきり見える。
そのまま事務所に帰り、俺はUSBの中身をチェックする。
俺もパソコンを持ってはいるが、報告書の作成に使うくらいで、他は全く使っていない。
画面をスクロールさせ、馬さんが落としてくれたデータをチェックして行く。
”なるほどね・・・・”俺は目をしばたたかせながら、一人で声を出していた。
やはり、持つべきものは”仕事仲間”だな。
”准教授、光明寺早苗”
プレートの出ているドアをノックすると、内側からドアが開いた。
時刻はPM10:00ジャスト。
切れ長の、訝し気な眼差しが俺を
『光明寺早苗博士ですね』
そう言って俺は、探偵免許とバッジを彼女に示した。
『お住まいのマンションに伺おうかと思ったんですが、貴方は滅多にあちらにはお帰りにならないと聞いたもんでね』
『
彼女は不思議そうに俺と認可証の写真を見比べる。
『なんてことはありません。探偵には色々と”裏技”がありましてね。大学のセキュリティなんかお茶の子ですよ。』
俺はそう言って彼女の研究室に入る。
俺はドアのすぐ近くの壁にもたれ、シナモンスティックを口に咥えた。
室内は静まり返っていた。
彼女と、そして俺しかいないはずだった。
しかし俺は別の気配を感じていた。
『実はある人から貴方の事を調べてくれと頼まれましてね』
彼女の目に、不快な色が奔ったのを、俺は見逃さなかった。
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