PART4
『動くな』
押し殺したような声がすぐ後ろでした。
それも、わざと抑揚を無くした喋り方である。日本語の下手さを覆い隠すような、そんな響きだった。
『あんたも探偵なら、背中に突き付けられているものが何だか分かるよな?大人しく言うことを聞いた方が身のためだぜ』
俺は何も言わず、両手を上げる。
『懐を探るぜ。』
そいつが言い、手を回して俺の左腋の下のホルスターからM1917を抜き取る。
顔が半分だけ見えた。
背の低い、黒っぽい革ジャンを着た、痩せた若い男である。
『こいつは預かっとくぜ。悪く思うな』
『丁寧に扱ってくれよ。相棒は神経質なんだ』
『さあ、歩いて貰おう。』
『おい、タクシーぐらい用意してくれないのか?』
『心配するな。行先はあそこだよ』
男が顎をしゃくる。
あそこ。
つまりC国の大使館だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数分後、俺は大使館の一室の、飾り気のない部屋に監禁されていた。
白茶けた壁、安物の複製画、スチール製の机の上には、俺の探偵免許とバッジ。
それに拳銃が置かれている。
俺自身はといえば、パイプ椅子に縛り付けられ、三人の男に見下ろされていた。
一人はさっきの革ジャン男、
一人は背の低い、イタチのような顔をした男。
もう一人は痩せて背の高い、銀縁の眼鏡をかけ、青白い顔に尖った顎の男。
どいつもこいつも昔の三流スパイ映画によく出てくる、悪の秘密結社の中堅幹部そのままと言った連中である。
俺はさっきからこいつらに殴られ、脅されという、これまたよくある”拷問”を掛けられていた。
『さあ、どうするね?いい加減に喋った方が身のためだぞ』
眼鏡男が腕を組み、甲高い訛りの強い日本語で聞いた。
俺は無言。
『私立探偵、乾宗十郎か・・・・ただの探偵の君が、一体何の目的で、誰に頼まれて、光明寺博士について調べていた?』
相変わらず何も答えない。
『まだ痛い目に遭いたいのか?』
後ろに立っていた革ジャン男が、いつの間にか黒い警棒のようなもの・・・・恐らく硬質ゴムだろう・・・・を、手で弄びながら言う。
『他国の外交官が、任地の一般市民を拉致監禁して、暴行を加えたとなると、ただでは済まんぜ。一応あんたの国と日本とは、形式的には”友好国”って事になってるんだ。それに、
俺は顔を横に向け、床に向けて唾を吐いた。
三人の顔に怒気が奔る。
革ジャン男は警棒を振り上げ、俺を思うさまひっぱたいた。
舐めて貰っちゃ困る。
伊達に十年以上陸自で辛い思いをしたわけじゃないぜ。
身体だってそれほどなまってはいない。
結局俺は、一時間半、
『喋れ』
『喋らん』と、無駄な時間を過ごした挙句、解放された。
『友好関係とやらに感謝することだ』
最後に奴らは俺に捨て台詞を吐き、大使館の裏口から俺を放り出した。
俺はアスファルトの上に置きあがり、胡坐をかく。
まず左の腋の下を探る。
拳銃は元通りだ。
ラッチを押し、シリンダーを振り出す。
取り敢えず異常はない。
それから顔を触る。
随分腫れたな。
まあいい。命があっただけましというものだ。
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