お持ち帰りしました?

 それからのことは、よく憶えていない。


 ツキが男性でないことが判明して喜んでいたと思う。

 まだ年齢は不明だったけれども、仮に未成年だったとしても時間が解決してくれる。

 早まらなければ、法的に問題が無くなるまで待っていればいいだけなのだから、大した問題じゃない。


 ツキを見ている限り、こちらへの印象は悪くないように思えた。

 むしろ、良い方なんじゃないかとすら思っていた。

 勘違いじゃなくて、ツキは間違いなく好意を向けてくれていると思っていた。


 だから、重要なのはこちらからも好意を返すこと。

 ツキの喜ぶことをしてあげるのが大事だと判断して、俺は――




「っ……つっ、うぅっ……」


 頭痛に起こされる最悪の目覚め。

 うるさく鳴動するスマホのアラームも合わさって、これ以上なく不快な寝起きだ。


「うっ……気持ち悪い……」


 それは久しぶりの感覚だった。


 頭痛、吐き気、倦怠感。

 典型的な二日酔いの症状。

 上半身を起こしただけなのに、吐いてしまいそうになる。


 前に経験したのは、確か一か月くらい前だ。

 飯田との付き合いで酒を飲みにいくことはままあるが、二日酔いになるまで飲むことはそうそうない。

 昨日は、何か特別なことでもあったんだっけか……。


「…………ん?」


 ぼやけていた視界が明瞭になるにつれて、

 眠っていた脳が覚醒するにつれて、

 頭の中に疑問が湧いて出てくる。


 ここはどこだ。

 自室ではない。

 小綺麗な部屋はホテルの一室のようだが、ビジネスホテルの一人部屋という内装ではない。


 どうして裸なのか。

 寝間着すら着ていない。

 裸で寝る習慣なんてないし、そもそも見知らぬ部屋で裸でいるのもおかしい。


 昨日は、飯田に連れられてオカマバーに行ったはずだ。

 そこで濃いオカマたちに接待されて、

 地獄のような時間を過ごして、

 店の裏を案内してもらうことにして、

 そして――


「……そうだ、ツキ」


 ツキと出会った。


 ツキは可愛くて、性格も可憐で、そんなツキに惹かれていて。

 ツキはまだ性行為の経験が無くて、童貞に好意的で。

 ツキは謎が多くて、年齢は訊けてなくて、お酒が飲めなくて、性別が――


「呼びましたか?」

「えっ?」


 一人だと思っていた部屋の中に、自分以外の声が響く。

 いつまでも耳の中に残り続けるような、高くて甘い声。

 そんな声が、すぐ近くから聴こえてきた。


 振り向いて視線を落とす。

 一人で寝るには大きすぎるベッド。

 真っ白なシーツと、分厚い掛け布団のその隙間。


 そこに、ツキがいた。


「おはようございます、アキラさん♡」

「っ!?!?」


 二日酔いも吹っ飛ぶような衝撃が脳内を横切った。


 ツキだ。

 そこに居るのは間違いなくツキだ。


 昨日オカマバーで出会って。

 カルーアミルクを飲みながら話をして。

 喉仏が無いツキが居る。


 掛け布団を抱え込むようにして。

 衣服を着ているようには見えない様子で。

 隣にツキが寝転がっている。


「どっ、どうして……?」


 この期に及んでも思い出せない。

 どうしてこんな状況になっているのかがわからない。


 控室でツキとふたりきりで話していたのは憶えている。

 ツキが男性ではないことがわかって喜んだのも憶えている。

 ツキに喜んでほしくて、カルーアミルクを何度もおかわりしたことも憶えている。


 でも、その先の記憶が無い。

 ツキの性別を知った後にどんな会話をしたのか。

 いつまで店にいて、退店時にどんな状況だったのか。

 何もわからない。


 ただ、確実に言えることは。

 ここはおそらくラブホテルの一室で。

 ツキとふたり同じベッドの上で、ふたりして裸で夜を明かしたということで――


「どうしてって……アキラさんは、私の初めての人なんですから――」


 それは、店員が客に向ける表情ではなかった。

 もっと親しい間柄、例えば恋人に向けるような――


「責任、取ってくださいね……♡」


 ――そんな顔で、ツキは俺を見ていた。

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上司に連れられていったオカマバー。唯一の可愛い子がよりにもよって性欲が強い @papporopueeee

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