秘密を知りました

 腕を抓って。

 頭の中を辛い仕事の思い出で満たして。

 ツキの存在を薄めて。


 そうしてやっとのことで、反応してしまったものを静めることができた。


「あの、私の顔、もう大丈夫そうですか?」

「……はい。もう大丈夫ですよ」


 ツキが振り返る。

 両頬に手を添えながら、申し訳なさそうに。


「すみませんでした。私、アキラさんに迷惑かけっぱなしで……最初だって、叫び声を上げてしまいましたし……」

「いえ、あれは私に非がありましたから。ツキさんが気にすることじゃないですよ」

「……実際のところ、私ってどうなんでしょうか?」

「どう、とは?」

「アキラさんって、キャバクラには結構行かれているんですよね。キャバクラで働いている女の人たちと比べて、私ってどうですか? 何か、変だったりしないでしょうか?」


 特異性という意味でいうなら、ツキはぶっちぎりで一番変だ。

 その見た目も、性格も。

 いわゆるキャバ嬢と呼称される人たちとはかけ離れている。


 多分、オカマバーという界隈の中でもそうなのだろう。

 少なくとも、最初に接待をしてくれた3人とは全く違う。


「……」

「……アキラさん?」

「……ツキさんは他のお店の方たちと比べても遜色ないですよ。むしろ、私はツキさんが一番素敵だと思っています」

「っ……あっ、ありがとうございます……」


 今までに接待をしてくれたキャバ嬢たちを貶す意図はない。

 彼女たちもプロであり、積極的に話さない客相手でも場を盛り上げてくれる。

 特に上司である飯田を持ち上げる技術は一級品だったと思う。


 しかし、個人的にはやはりツキのような子を好ましく思ってしまう。


「えっと……私って、どのあたりが素敵だったりするんでしょうか……?」

「え?」

「すっ、すみません……図々しいことを訊いてしまって……。でも私に強みがあるのなら、それを把握しておきたくて……。アキラさんは私のどのあたりが……好き、なんですか?」

「っ!?」

「あっ、えとっ……ちょっ、長所だと思いますかっ?」

「あーー……えーっとー……ですねー……」


 ツキの撤回前の言葉にも焦ったが、肝心の質問もかなり頭を悩ませる内容だ。

 長所を挙げていくというのは、ツキの言い間違いを現実にしかねない。

 長所も好きな所も、主観が含まれる以上殆ど同じようなものだろう。


 また、考えなしに褒めることもリスクが高い。

 褒め方によってはセクハラになる可能性があるし、顔が可愛いという感想も悪い印象を抱かれかねない。


 『童貞なのに面食いなんですね』、なんてツキに思われたらショックで生きていけないかもしれない。


「そうー……ですねー……。ツキさんのー……長所はー……」

「……あの……無かったら、ぜんぜん……大丈夫ですので……。無理して出していただかなくても……」


 時間をかけるにつれて、ツキが落ち込んでいく。

 褒め所の選別に迷っているだけなのだけれど、早く一つ目を挙げた方が良さそうだ。


「いえ、たくさんあるからどれを挙げるべきか迷ってしまっただけですよ。例えば、その髪色がとても素敵だと思います」

「……ほんとうですか?」


 ツキが手の上に髪を乗せると、ふわりという擬音が聴こえてきそうだった。


 少しパーマのかかった、クリーム色の金髪ロングヘア。

 日本人の地毛色でなく、ツキがこだわっていることは間違いない。


「はい。その髪はとてもツキさんに似合っていると思います。とてもセンスが良いんですね」

「……えっ、えへへ……これ、ミルキィブロンドっていう色なんです。お菓子みたいに可愛い名前で、お気に入りだから……そう言ってもらえると嬉しいです……」


 まるでお菓子ように甘い微笑みを浮かべながら、ツキは毛先を指に巻いていた。


「深紅のドレスもとても大人っぽい色ですよね。似合っていて素敵だと思います」

「あっ、ありがとうございます。ちょっと露出が多くて、まだ少しだけ恥ずかしいんですけれど……」


 そう言ってツキは開いている胸元に手を当てた。

 谷間が見えるようなサイズではないけれど、隠したい気分だったのかもしれない。


「…………っ!?」


 その時、気づいた。


 見下ろしている視線の先。

 胸元に添えられたツキの手の指先。

 ピンク色にネイリングされた爪が指し示す先。


 そこにはツキの首がある。

 ツキの喉が見えている。


「? アキラさん、どうかし……ま……っ!?」


 視線に気付いたのか、ツキが慌てて喉を手で隠す。


 でも、もう遅い。

 もう、見てしまった。

 ツキの性別を、知ってしまった。


 ツキの首はなだらかだった。

 その喉には突起が存在していなかった。


 ツキがいくら幼く見えても、第二次性徴を終えていないなんてありえない。

 だから男であるのならば、その喉には突起があるはずなのだ。

 喉仏がないとおかしいのだ。


 それがないということは――

 ツキの性別は――


「ここは、オカマバーなのに……ツキさんはっ――」


 言いかけたところで、ツキに言葉を遮られた。


 口を覆ったツキの手。

 開いていた指が人差し指だけを残して折りたたまれて、唇の前で立てられる。


「しーっ……」


 ほとんど吐息だけの、沈黙を求める声。

 ツキは人差し指だけを立てたまま、その指を自身の唇へと移動させると――


「……みんなには、秘密にしてくださいね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る