お酒を勧められました

「アキラさん……アキラさんっ」


 肩を揺り動かされて、意識が外へと浮上し始める


 隣を見れば、ツキが心配そうにこちらを見ていた。


「大丈夫ですか? なんだかぼうっとしていて、呼びかけても反応が無かったので……私、心配で……」


 ツキが上目遣いで顔を覗き込んでくる。


 大きな瞳を潤ませながら。

 薄桃色の唇を不安気にきゅっと結びながら。


 その様は敬虔な修道女のようでもあって――

 心配をかけてしまっているというのに、ずっと見ていたくなってしまうほどで――


 それでも、ツキを押し倒したいという衝動はなりを潜めていた。


「……いえ、大丈夫です。すみません、心配をかけてしまったみたいで」


 なんとか気持ちを落ち着かせることができたようだ。

 心配させるほどにツキを放置して無視してしまっていたが、迷惑をかけるよりはマシだろう。


 しかしあくまで落ち着いただけで、また性欲が顔を出すこともありえる。

 むしろ、ツキが相手だとその可能性の方が高い。

 気を抜きすぎない方がいいだろう。


 上司の知り合いの店で問題を起こしたくはない。

 なにより、ツキの年齢と性別を知らないままにそういう関係になるのは色々とリスクが高すぎる。


 例えツキが好意を向けてくれているのだとしても、一時の感情に振り回されないようにしなければならない。


「あの……アキラさん。体調が悪いのであれば、無理にとは言えないのですけれど……よかったら、どうですか?」


 ツキは椅子から立ち上がって冷蔵庫を開けると、

 1本のビンと牛乳を取り出して段ボールのテーブルの上に置いた。


「これは……?」

「カルーアと牛乳です」


 つまり、それはカルーアミルクの材料ということだ。


「これ、お店の在庫なので飲んだ分の料金はいただかないとならないんですけれど……いっしょに飲みませんか?」

「えっと……どうしてですか?」

「っ……」


 ツキがびくっと体を縮こまらせた。


 しまった。

 あまりにも唐突に酒が出てきたものだから、つい浮かんだ疑問をそのままに口にしてしまった。


 考えてみれば、今はキャストを一人つけてもらっている状況だ。

 しかも案内に付き合わせて拘束しているのに、店に全くお金を落としていない。

 お酒の一つや二つくらい注文するのが客としての礼儀だろう。


「えと……お話するのに、何も飲み物が無いのも寂しいかなと思いまして……。おつまみも、一応……私物なんですけれど……お菓子が、ちょっとだけなら……お出しできるので……。でも、ダメだったら……全然、大丈夫なので……」


 どんどんと小さくなっていくツキ。

 今にも泣いてしまいそうな様子だ。


「いや、全然ダメじゃないです! おつまみも注文させていただきます!」

「いえ……無理していただかなくても、全然大丈夫なので……」

「無理なんかじゃありません。お酒を出していただけるってことは、まだツキさんとお話させてもらえるってことですよね?」

「えっ……はい。それは、もちろんです」

「なら安心してください。体調も悪くありませんし、お金もあります。ツキさんが相手してくれるのなら、いくらでもお酒もおつまみも注文しますよ」

「っ…………えっ、えへへ……。そこまで言われてしまうと、ちょっと照れちゃいますね……」


 確かに振り返るとかなり恥ずかしいことを言ってしまった気がするけれど。

 ツキとまだ話していたいというのは本心だ。

 色々と知りたいこともある。


 ここはバーらしく。

 お酒を交えてツキのことを知っていくこととしよう。

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