乾杯しました
「お待たせしました。店長に控室でアキラさんとお酒を飲むことを伝えて、おつまみももらってきました」
プレートを持ってツキが控え室へ戻ってきた。
控室で客の接待をするなんてイレギュラー、店長であるヨシミに報告するのは当然のことだ。
しかし、これで飯田にも情報が共有されてしまっていることだろう。
ツキと店の裏でふたりきりで飲んでいたなんて、また飯田からセクハラ発言を受けることは間違いないが――
「こちら、おまかせおつまみプレート……ツキセレクション、です……えへへ」
もじもじと照れ笑いを浮かべるツキを見ていると、途端に気持ちが軽くなるから不思議だ。
キャバクラに入れ込む人の気持ちが、今なら理解できる。
ツキが接待してくれるというだけで、このオカマバーに通う価値があると思えてしまう。
例え貯蓄が減り続けるのだとしても。
「アキラさんの苦手なものが無いといいんですけれど……いかがですか?」
段ボールテーブルに載せられたおつまみプレートには、
塩で味付けされたナッツ類、
ポテトチップス、
チョコレートが盛り合わされている。
どれも既製品を袋から出しただけの簡易なものだったけれど、
口当たりの甘いカルーアミルクには合いそうなものばかりだった。
「大丈夫です。どれもカルーアミルクに合いそうでいいですね」
「はい! そこはもう、自信を持ってオススメできます!」
胸を張りながらツキはそう言った。
ツキのこんな様子は初めて見たかもしれない。
「ツキさんはカルーアミルクがお好きなんですか?」
「え?」
ツキがお酒を勧めるのは理解できる。
その方が会話は弾むだろうし、店の売り上げにも貢献できるのだから。
しかし、ツキは最初からカルーアミルクを勧めてきた。
ビールでもウィスキーでも日本酒でもなく。
客に選ばせることなく、カルーアミルクを用意した。
だから、ツキはカルーアミルクが好きで飲みたかったのだと思ったのだけれど。
ツキの様子を見るとそういうわけでもないようだった。
「違うんですか?」
「はい……私、お酒は飲めないので」
「……え?」
「でも、カルーアミルクを作るのは好きなんです。前にお店の皆さんに作ったらとっても喜んでくれて……褒めていただけたので……だから、アキラさんにも作ってあげたいなって……」
カルーアミルクの作り方。
1. カルーアと牛乳を好みの割合で混ぜる。
以上。
カルーアミルクなんて、材料が同じなら誰が作っても分量以外で味は変わらない。
それでみんなから褒められるということは、きっとツキはお店でも甘やかされているのだろう。
ツキを甘やかしたくなる気持ちは十二分に理解できる。
しかし重要なのはそこじゃない。
カルーアミルクが好きなのかという質問に対して、ツキはお酒が飲めないと答えた。
それはアルコールに弱い体質という意味なのか。
それとも飲むことを許されていない年齢という意味なのか。
そこを追及しようとしたところで、ツキはずいっとグラスを差し出してきた。
「はい、どうぞ。アキラさん」
「あっ、ああ……どうも……」
いつの間にかカルーアミルクは完成していて、ツキ自身も白い液体に満たされたグラスを持っている。
ツキは牛乳オンリーで飲むつもりのようだ。
「では、乾杯しましょうか?」
「……っ、あっ、あの、ツキさん? さっきの……」
「はい?」
「…………い、いえ……なんでもないです」
「?」
知りたくないわけじゃない。
年齢はこれからのツキとの向き合い方を決める上で重要な事柄だ。
しかしいざ、お酒を飲めないという発言の真意を訊こうとしたところで、
ツキと視線が交差して、
そして、結局は訊くことはできなかった。
もしも、ツキが未成年なのだとしたら。
それは、成人した男性が入れ込んではいけない相手ということで。
それを知った時、ツキをただのキャストの一人として見れるのかってことで――
「それじゃあ、アキラさん……乾杯♪」
「……乾杯」
ガラスがぶつかる音が響く。
ツキがグラスに口を着けたのを見てから、同じくカルーアミルクを口に流し込む。
幸せを煮詰めたような甘さが口の中に広がって。
ちょっぴりの苦みが舌にぶつかって。
アルコールが喉に染みてほんの少しヒリヒリとした。
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