童貞がバレました

「……でも、ツキさん。一つだけ訊いてもいいですか?」

「はい。なんですか?」

「その……どうして知ってるんですか?」

「? 何がですか?」

「えっと…………私が童貞ってこと」


 童貞であることを知っているのは、この店では店長とちひろたちだけだ。

 飯田が口にした時にツキはその場にいなかったのだから、知っているはずはないのだけれど。


「……えっ? 本当に童貞さんだったんですか!?」


 どうやらツキは知っていたわけではないらしい。

 墓穴を掘ってしまったようだ。


「わーっ、わーっ、そうなんですね! アキラさんって童貞さんなんですね!」


 ツキの反応は小動物を前にしてはしゃぐ女子のようだった。


 可愛いと褒められただけであんなに照れていたのに、ツキは性的話題に関しては平気らしい。

 もしくは、童貞はツキの中では性的なカテゴライズをされていなくて恥ずかしくないのだろうか。


「雰囲気でもしかしてって思ってはいたんですけど、まさか当たってるなんて思いませんでした」

「雰囲気……ですか……。そうですか……」


 まさか、童貞オーラというのは実在するのだろうか。

 オーラが実在とか意味がわからないが、そんなものがあったとしても感じ取れるのは一部の人間だけだと思いたい。


「あっ……ごめんなさい。私、また空気を読まずにはしゃいじゃって……」

「大丈夫ですよ。変に憐れまれるよりはずっと気が楽なので……」


 大丈夫とは言ったものの、自分でも声の調子が落ち込んでいるのがわかった。


 四捨五入すれば30になってしまう年齢でもまだ女性経験が無いなんて。

 しかもそれをツキのような子に知られるなんて。

 強がってはみたものの、ショックはショックだ。


「……あの、あんまり気になさらない方がいいですよ? 童貞って全然悪いことじゃないですし、好意的に捉える人も多いと思います。その……私みたいに」

「そうでしょうか……」

「だって、女性関係に誠実ってことじゃないですか。遊びで付き合ったりしない人なんだなって思うし、きっと一途に愛してくれるって信頼できるし……経験人数が多いよりも好感が持てますよ」


 遊びで付き合わないのではなく、遊びでも付き合ってもらえないだけであり。

 一途に愛するんじゃなくて、選択肢がないから一途にならざるをえないのだろうけれども。


 物は言いようだなと、ツキの励ましを聞いていると強く思ってしまう。

 もちろん、ツキはきっと本心で気遣ってくれているのだろうけれど


「それに何より…………絶対可愛いじゃないですか♡」

「……可愛い、ですか」


 おそらく、それはブサ猫に向けられるものと同じ意味なのだろう。

 つまりは珍獣と同じなのだ、この年でも童貞な男なんて。


「あと…………えと…………」

「?」


 ツキは閉じた足の上に手を置いてもじもじとし始めた。


「……私も同じなんです。私も、まだ経験なくて……」

「っ!? きゅっ、急に何を!?」

「えっ、えへへ……恥ずかしいですね……。でも、アキラさんのだけ知っちゃうのも、フェアじゃないかなって……だから、言っちゃいました……」


 性別がはっきりしていない以上、ツキの言った経験が無いというのがどちらの意味なのかはわからない。

 しかしツキの言っていることが処女という意味であるのなら、それは男の童貞と釣り合っている情報ではないと感じてしまう。


 自身が処女であるなんて、簡単に話せることじゃない。

 男でもそれくらいのことはわかる。


 だから、もしも女性がそれを男性に打ち明けたのなら。

 それは、その男性を初めての相手として意識しているという告白であり――


「だから、もしも……もしも、私が初体験をする時には……相手も、同じ初めての人がいいなぁ、なんて……」

「っ!」


 ツキの瞳には、見るからに動揺している男の姿が写っていた。


 ツキが視線を向けてきた理由なんてわからない。

 その意図なんてくみ取れない。

 何を言っているのかも理解できない。


 とにかく、わからない振りをすることでしか理性を保つことができそうになくて。

 必死に脳から五感を遮断して自己の中に埋没する。


 もしも今ツキの目を見てしまったら――

 ツキの息遣いでさえ聴こえてしまったら――

 ツキの体温なんて感じてしまったら――


 ――多分、ツキを押し倒してしまうだろうから。


「…………やっぱり、可愛い♡」

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