からかわれました

「…………なっ、なーんちゃって!」

「……え?」


 それは、我ながらなんて間の抜けた声だったのかと思う。


 形容しがたい笑みを浮かべながら密着していたツキ。

 ツキは急に体を離すと、両手を顔の前で拡げながらぎこちのない笑みを浮かべ始めた。

 どっきり大成功と言わんばかりのポーズだ。


「えっ、えへへっ……どうでした? ドキドキしちゃいました?」

「いやっ……えっ……?」


 事態が上手く飲み込めない。


 ツキの様子から察するに、どうやらツキは冗談を言ったつもりらしい。


 しかしツキの急接近と笑みに思考をボロボロにされた状態では、どこからどこまでの何が冗談だったのかが全くわからない。

 リアクションを取るべきとは思うが、どんな反応をしていいのかもわからない。


 そして硬い笑みで困惑ぶりを見ていたツキは、どんどんと頬を赤く染めながら縮こまり始めたのだった。


「ご、ごめんなさい……私、空気読めてないですよね……」

「いっ、いえ、こちらこそ気の利いたリアクションも取れず、申し訳ありません……」


 はたしてツキのような子から童貞煽りを受けた際の正しいリアクションがなんなのか。

 正解はわからないが、ツキの様子を見ているととにかく謝らないといけないと強く思ってしまった。


「気になさらないでください。私が悪いんです。空気読めなくて……こういうの、昔から下手で……アキラさんに失礼なことしちゃうなんて……」


 先ほどのやりとりを思い出しているのか。

 ツキは顔を手で覆うと、ズーンと落ち込み始めた。


「ほんと、どうして真似してみようなんて思っちゃったんでしょう……」

「真似……?」 

「……これです」


 ツキは化粧テーブルの上に散乱した物品の中から、一冊の雑誌を手に取った。

 開かれたページには『気になる童貞くんをエロカワ誘惑でメロメロにしちゃおう特集♡』と書かれている。


「これは……」


 どうやら投稿された女性の体験談が特集されているようだ。

 パっと読んだだけでも中々に過激な内容が書かれていて、ツキのやったことなんてまだまだ可愛い方だったことがわかる。


「……なるほど。ツキさんはこれを読んで影響を受けたわけですね」


 ツキは何も言わず、コクンと頷いた。

 口に出すのも憚られるらしい。


「職種が職種ですから、こういう情報にはアンテナを立てているんです。でも読んでると、身の丈に合ってないってわかってるのに……自分には似合わないってわかってるのに……つい……!」


 やりたくなってしまったようだ。


「わ、わかりますよ、雑誌に影響を受けるその気持ち。それに、ツキさんに似合ってないなんてこともなかったです。ちゃんとドキドキしましたから」

「……本当ですか?」

「はい!」


 年下であろうツキに翻弄されたことをはっきり明言するのも、それはそれで情けなくはあるのだけれど。

 ツキがこれで気を持ち直してくれるのなら本望だ。


「……え、えへへ……それなら、嬉しいです……。アキラさんに、ドキドキしていただけたのなら……」


 頬に指を当てながら、

 熱を帯びた瞳でこちらを見ながら、

 ツキは照れ臭そうに笑った。


 その仕草にまたもドキドキしてしまっているなんて言ったら、ツキはどんな反応をするのだろうか。

 そんなこと伝えられそうもないのだけれど、ツキの反応を想像せずにはいられなかった。

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