告白されました?
「すみません、こんなテーブルしか用意できなくて」
そう言いながら、ツキは段ボールを目の前で積み重ねた。
まるで苦学生のような即席テーブルだけれども、ツキが付き合ってくれているだけでもありがたいと捉えるべきだろう。
控室で接待をさせるなんて、完全に業務範囲外だ。
「鏡が簡単に取り外しできたら良かったんですけれど……すみません、私のわがままでお客様にこんなものを使わせるなんて」
「大丈夫ですよ。私は段ボールでも構いません」
化粧道具が散乱しているテーブルは簡単には移動できず、
テーブルをそのまま使おうとすれば目の前に鏡がある状態となってしまう。
ツキは目の前に鏡がある状態だと落ち着かないらしい。
職業柄、いつでも顔が確認できてしまうと気になりすぎてしまうのかもしれない。
「アキラさん、優しいんですね。ちょっと嫉妬しちゃいます」
「嫉妬……? えっと、誰に嫉妬するんですか?」
「……」
「?」
ツキは無言でじっとこちらを見つめている。
そして少し頬を赤らめながら、気まずそうに口を開いた。
「……しょっ、職場にいる女性、とか?」
自分から質問しておいて、なぜかツキは疑問形だった。
「残念ながら、私の職場は女性率が低いんです。しかも、私は社会人になってからずっと男性の上司と二人きりで仕事をしていますよ」
「上司って、いっしょにお店に来た方ですよね?」
「ええ、ずっとあの人の下で働かせていただいています。したがって、ツキさんが想像するような華やかな職場ではありませんよ……少なくとも、私の周りでは」
大げさな身振りで落ち込んで見せると、ツキは丸めた手を口元に当ててくすくすと笑った。
「ふふっ、すみません。こんな時にお仕事の話をさせてしまって」
「いいんですよ。男しかいない職場なんて、笑い話にでもしないと辛いだけですから」
「……でも、私は嬉しいですよ?」
「え?」
「だって、それってアキラさんを他の人に取られる可能性が低いってことですから。私の知らないところで、私の知らない誰かに……」
「つっ、ツキさん……?」
ツキが何を言ったのか、一瞬だけ理解できなかった。
だって、その言葉は告白しているのと同じだ。
誰にも取られたくないということは、自分だけの特別になってほしいと同義ではないのか。
こんな出会ったばかりの男に、
ツキのような子が告白するなんて、
そんなことがあるわけが――
「冗談とかじゃ、ないですよ? ねえ、アキラさん……」
「っ!」
膝にツキの手が触れる。
控えめに握りこまれた手は、少し震えていた。
「……」
「……」
何も言わずにこちらを見つめるツキ。
それに何も言えなくて、思わず視線を逸らしてしまう。
「……っ」
「っ!?」
隣に座っていたツキ。
ただ座っているだけでも近い距離なのに、ツキはさらに身を寄せてきた。
「アキラさんって……今は誰とも付き合っていないんですよね?」
ツキの髪がさらりとワイシャツを撫でる。
腕同士が触れあって、その細さを嫌が応にも意識してしまう。
「そ、そうですけど……」
「……女性と付き合ったこともないんですよね?」
頭を預けるように、ツキが寄り掛かって来る。
きっと鼓動も聴かれてしまっているのだろう。
みっともなくフル稼働する心臓の音を、その耳で、直接。
「ど、どうして、知ってるんですか?」
「だって――」
ツキが顔を上げると、そこには――
「アキラさんは、童貞さんなんですもんね?」
それは、いじわるな小悪魔の表情だったのか。
それとも、恐ろしい捕食者の表情だったのか。
なんと形容すればいいのかは、童貞の自分にはわからなかった。
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