褒めたら照れられました

「それでは、僭越ながら私ツキがお店の裏側を案内させていただきます」


 再び戻ってきた薄暗い控室。


 ツキは繋いでいた手を離すと、ドレスを翻しながら振り返った。


 ドレス自体は大人っぽく扇情的なデザインなのに。

 ツキが童顔なためか、天津爛漫な印象を受けてしまう。


 まさかとは思うが、未成年なんてことがありえるのだろうか。

 ツキであればそれくらいのイレギュラーがあってもおかしくないとも思えてしまう。


「お客様? どうかなされましたか?」

「っ!」


 ツキが顔を覗き込むように接近する。

 上からの角度だと余計にツキが幼く感じられて、背筋に背徳感が走った。


「い、いえ、なんでもありません」

「……体調が悪いのなら、あまり無理はなさらないでくださいね?」

「え?」

「先ほどから、ぼうっとされていることが多いように見えるんです。お酒、飲みすぎてしまいましたか?」


 確かに、ツキの指摘通り上の空になっていることが多いかもしれない。


 しかしそれは体調不良とか、アルコールのせいとかではない。

 単に、思考と視線をツキに奪われているからだ。


 このオカマバーという場所において、ツキという存在は脳のリソースをガンガンに奪ってくる。

 性別、年齢、ここで働いている理由、その他諸々。

 オカマ達とは対照的すぎるぐらいにツキが可憐なものだから、色々と気になりすぎるのだ。


「心配には及びません。ただ、ツキさんが可愛いので見惚れているだけです」

「えっ!?」

「……え?」

「っ……」


 それは、ただの社交辞令のつもりだった。

 可愛いというのは本当ではあったが、あくまで挨拶のつもりだった。


 交際経験が無くても、キャバクラへ連れ回されていればこれくらいの世辞は照れずに言えるようにもなる。

 キャストへの褒め言葉は、キャストを侍らせる上司の上機嫌にもつながる。

 ポジティブな言葉を使えば場の雰囲気も盛り上がる。

 キャストも可愛い、綺麗、なんて言われ慣れているから、一々過剰に反応したりもせずに大抵は軽く受け流される。


 それなのに。

 そのはずだったのに。

 こんな店でも、ツキはキャストであるはずなのに。


 ツキがまるで思春期の学生のように、

 真っ赤な顔を腕で隠して、

 体を震わせるものだから。


 こっちまで、なんだか恥ずかしくなってしまって。


「ぁっ…… ありがとうございます……。男の方にそんなこと言ってもらえるなんて……うっ、嬉しいです……」


 そんな、なんとか絞り出したかのようなツキの返答。

 それに対して――


「いっ、いえ……恐縮です……」


 そんな曖昧で意味のわからないことしか返せなくて。


 しばらくの間。

 PCと空調の駆動音が鳴る狭い密室で。

 多分、ふたりして顔を真っ赤にしながら。

 ただ、互いに立ち尽くすことしかできなかった。

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