誤解されました

 切れかけの電灯が頼りなげに照らす空間。

 無骨なロッカーと、質素なテーブルとパイプ椅子が並んでいる狭苦しい部屋。

 部屋の奥にはPCが一台設置されていて。

 壁の一面には大きな鏡が複数設置されている。


 地味で、小汚くて、薄暗い。

 見どころのない、まさしく店の裏側といった印象の控室。

 先ほどまでいた接客スペースとは真逆の部屋。


 そこには誰もいないと思っていた。

 店員の全員が接客のために出てきているのだと思い込んでいた。


 しかし足を踏み入れた途端、驚いた声が聞こえてきて。

 視線を向ければ、そこにはドレスを胸に抱えた少女がいて。

 そして、叫び声を上げられてしまった。


「いやっ、ちがっ、私は怪しい者じゃないんです!」


 咄嗟に弁明を試みたものの、上手い言い訳が思い浮かばなかった。

 そこにいる人物が、あまりにもイレギュラーだったから。


「だっ、誰!? 誰なんですか、あなた!? どうしてここに入って来てるんですか!?」


 闖入者に対して警戒心を露わにし、明確に怯えを示している少女。


 そう、少女だ。

 オカマバーの従業員控室である部屋に、少女がいるのだ。


 白みがかった茶金髪。

 抱えている深紅のドレス。

 派手な髪色と服から、おそらくは従業員なのだろう。

 先ほどまで囲まれていたオカマたちと同様、この店のキャストなのだろう。


 しかし、ここはオカマバーだ。

 「オカマバーエンジェル」だ。

 キャストはごつい男たちが名ばかりの女装をしているはずではなかったのか。


 どうして、少女がここに居るのか。

 それとも、あれは少女ではないのか。


「ちょっと、何かあったの? あら、ツキちゃん。来てたのね」


 叫び声を聞きつけたのだろう。

 オカマが控室へと入ってきた。


 ツキと名前を呼ばれていることから、やはり店の関係者であるようだ。


「あっ、ちひろさん! こっ、この人が! か、勝手にここに!」


 ごっつい腕筋と胸筋を持っているが、このオカマの源氏名はちひろというらしい。

 実にどうでもいい情報だ。


「大丈夫よツキちゃん。この人はお客さん。お店の裏側が見たいって言うから、案内するところだったの。ちゃんとママの許可ももらってるわ」

「え……? お、お客様……?」


 ツキの瞳から、徐々に警戒の色が消えていく。

 やがて頬の白みが赤みへと変貌していって、ついにツキは俯いてしまった。


「も、申し訳ありません……。私ったら、とんだ勘違いをしてしまいまして……」


 しょんぼりと落ち込む様と、羞恥心のせいか震えている声。

 謝られたこちらが謝りたくなる様子だ。


「い、いえ、こちらこそ突然入ってすみませんでした」

「ごめんね、驚かせちゃったみたいで。ツキちゃんが着替えてるなんて思わなくって。アタシがもっと気をつけるべきだったわ」

「着替え……」


 よく見れば、ドレスを抱えているツキの腕や肩は肌が露出している。

 ドレスに隠れて見えないが、もしかするとツキは今下着しか着けていないのかもしれない。


「あっ、あの……そんなに見ないでいただけると……」

「えっ? あっ、す、すみません」


 つい、ツキを見つめてしまった。

 可憐な容姿であるツキが、はたしてどちらであるのかが気になって仕方がなかった。


「ごめんなさいね、お兄さん。見学は少し待ってもらえる?」

「はっ、はい。もちろんです」

「ツキちゃん。着替え終わったら教えてちょうだい。それまでお兄さんはアタシたちがもてなしておくから♡」

「わ、わかりました」

「それじゃお兄さん、行きましょ」


 オカマの太い腕に掴まれて、控室の外へと連れ出される。


「……」


 外に出るまでの、ほんの少しの間。

 見ないでと懇願されたのに、それでも視線はツキから離れなくて――


「……」


 ――ツキの瞳もまた、俺をじっと見つめていた。




「あらー、おかえりなさーい。なによ、早かったじゃないのー」

「もしかして、お兄さんて早漏なのかしら?」

「あんたら、お客さんに失礼なこと言ってんじゃないわよ。アタシのテクニックが凄いだけよ」


 ……ああ、地獄にまた戻ってきてしまった。

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