逃げ出した先で出会いました

「……裏って、皆さんが出てきた場所ですよね。今は誰もいないんですか?」

「あら、もしかして興味あるの? それとも、冗談を本気にしちゃったのかしら」


 オカマがわざとらしく唇をすぼめてみせる。

 思わず叩きたくなるような顔だ。


「本気にはしていないですけれど……。皆さんの控室自体には少しだけ興味があります」

「そうねー。ママー、このお兄さんがお店の裏見学したいんだって!」


 この場から逃れたくて何とかひねりだした戯言のつもりだったが、もしかしたら希望への道筋となってくれるかもしれない。


 店の裏側を見たがる客なんて店員からすれば迷惑以外の何物でもないはずなのに、オカマはわざわざ店長であるヨシミに伺いを立ててくれた。


 このオカマ、実はいい人なのかもしれない。


「あんたたちが見られちゃいけないもの出しっぱなしにしてないなら構わないわよ。テツさんの知り合いだしね」


 一般の客を店の裏側に入れるなんて普通はありえない。

 接客業についてはバイトの経験しかないが、それでもヨシミの対応が破格であることだけはわかった。


 オカマはうざいだけで良い人が多い説、あるかもしれない。


「おっけー、それならお兄さん見にいっちゃう?」

「ぜひ見せていただいきたいです。もちろん、部外者が見れる範囲で構わないので」

「ママの許可もあるし、もう全部見せてあげちゃうわよ。大したものはないけどね」

「いえ、こういったお店の裏側を見れる機会なんてそうそうありませんので。きっと後学になると思います」

「おいおい、後学って……。ミドリ、やっぱお前こういう業種に興味あんのか?」


 飯田の言葉に続いてオカマたちの笑い声が響く。


 職場で積み重ねてきたゴマすりパターンを安易に使ったせいで墓穴を掘ってしまった。

 というか、どうして店員相手にゴマなんてすらないとならないのか。


 どれもこれも、上司の知り合いの店なんかに来てしまったせいだ。

 今日かいた恥の分、評価に反映してもらわないと割に合わない。


「ああ、ごめんなさいね笑っちゃって。それじゃあ案内してあげるわ」

「あっ、案内はお一人ついて来てくださるだけで大丈夫です。残りのお二人は、ここでお酒でも飲んでていただければ」

「悪いわよ、そんなの。アタシたちが飲んだ分もお客さんが払うのよ?」

「その心配には及びません。私の分の支払いは飯田さんが持ってくれますし、何より今日はこのお店にたくさんお金を落としたいと言っていましたので」

「おうおう、飲め飲め。うちの若いのは初めてだから、一対一で優しく相手してやってくれよ」

「んー……お客さんがそう言うなら、お言葉に甘えちゃおうかしら。それじゃ、アタシがお兄さんに付き添うわ」

「あっ、ずるいわよ! そう言ってつまみ食いする気でしょう!」

「アタシだって酒よりも肉棒がいいわ!」

「ここはオカマ歴の長さ的にアタシに譲りなさい! 最近若いエキスが足りなくて乾いてるのよ!」

「……」


 こんな下品なオカマを一瞬でもいい人かもしれないと思った自分はなんて愚かなのだろうか。


 とてもではないが話についていけない。

 下ネタが苦手なわけではないが、オカマの話すそれはどうしてか生々しさを感じて鳥肌が立ってしまう。


 なんにせよ、とにかくこの場からは離れられることになった。

 オカマの数も三人から一人だ。

 一気に三分の一だ。


 いざという時の心の逃げ道としてアルコールには頼れないかもしれないが、それでも状況が好転することには違いない。


 文字通り醜い争いをする三人を尻目に、一足先に控室へと向かうことにした。

 このまま気付かれないままに控室で休めたらもうけものだ。


 オカマたちが出てきた扉を開けて、その先へ足を踏み入れる。

 許可をもらったのだから、堂々と。

 それでも、部外者なのだから遠慮がちな挨拶も添えて。


「おじゃまします」

「えっ?」

「……えっ?」

「――っ、きゃーーっ!!」

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