IFストーリー~あの時、逃げずに向き合っていたら/あの時、勇気を出して言えたなら~
いつものように、並んで歩く帰り道。短縮授業で早く帰れるなんて嬉しい。明日の準備から流れるように始まる文化祭。想像するだけでワクワクする。
そんな感情で満ち溢れて、幸せを感じる……はずだった。
けどそんな予想に反して、俺の心は動揺していた。何かに締め付けられるように苦しい。
その理由は理解している。でもそれを否定しようとする自分も居る。
まさか叶が……あんなことをしてたなんて。
昨日、サッカー部の部室で見た光景は本物なのか? 現に叶はいつもと同じ様子だし……ストメも。もしかして俺の見間違い……んな訳ない。動画にも残ってるんだぞ? それにその数日前にも予兆みたいなものはあった。けど……信じられない。まだ認めたくない。
叶が田川とキスをしてた事。抱き締め合っていた事。
あんな事あった次の日だから、ちょっとおかしい様子とかあるんじゃないかとかって思ったけど……それこそいつもと変わらない叶なんだよな。やっぱり……幻覚? 俺の見間違い?
……そっ、そうだよな? 叶に限って……ましてや噂だって流れてるあの田川だぞ? 有り得ない有り得ない。うん、そうだ。やっぱ叶がそんな事する訳ない。気のせいなんだ。
……待て……よ。気のせい……?
じゃああの動画はなんだ? 記録されてたあの動画は何なんだ? その目で見て、尚且つ鮮明に映ってたアレはなんだ?
いつもの叶だ? だからって……自分を偽るのか? 現実が怖くて……ただ逃げようとしてるだけじゃないのか?
煮え切らない気持ちと、押し潰されそうな感情。
確かに感じる嫌な予感と、治ることのない胸の痛み。
そんなの一生抱えて行くのか? この先も……ずっと? 忘れられるのか? いつの日か俺の記憶から……消え……
る訳がない!
嫌だ。それだけは嫌だ。だったら、向き合え……自分と、スマホの動画。そして……叶と向き合え。
自分を絶対偽るな!
よし、
「あのさ?」
「あのね?」
うっ、被った!?
「なっ、なんだ?」
「えっ? あっ……あのね海? 今から海の家行っちゃダメかな?」
俺の家? マジか……ん? でもこれって、話切り出すチャンスじゃないか? 気まずいのは元々……外とかよりだったら自分の部屋の方が何倍もマシだ。……そうと決まれば、
「俺の家? 良いよ? 叶さえ良かったら」
頑張れ、俺!
ガチャ
「お邪魔します」
「とりあえず適当に座って」
とりあえず部屋まで来たけど……その間も叶は至って普通だったな。むしろ俺の方がギクシャクしてた気がする。けど、やると決めたからには……ちゃんとしろ! とりあえず座ってと……
「よっと」
「ねぇ海?」
「ん?」
「ごめんなさいっ!」
それは突然だった。その声に目を向けた瞬間の謝罪。そしてその先に居たのは……俺に向かって土下座する叶の姿だった。
どっ、土下座? しかも……ごめんなさい?
そのいきなりの動作に正直驚いた。でも、見た事のない叶の姿。何かを振り払う様な大きな声。その一目で異様だとわかるそれに……どこか納得する自分が居た。
そっか……やっぱりそうだったのか。別の事で謝るって言っても、土下座までしないもんな?
「ごっ、ごめんなさいってどうした?」
「私……海を裏切った。最低な事をしちゃった」
「裏切った? 最低な事? それって……」
でもさ、出来るなら……叶の口から止めを刺してほしいよ。現実を突きつけて欲しいよ。
「わっ……わた……わたし……私……田川君に手を触られました。抱き締められました。キッ……キッ……キスした! 最低な事しました! うっ……ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
叶の口から出てきたのは……俺が見た光景そのもの。そして何度も額を床にぶつけて、途中から涙ぐむ叶の声に……俺は不思議と冷静だった。
その理由はよくわからない。
でもおそらく、その光景を目の当たりにしてまだ日が浅かったから、まだ動揺してて……怒りとか憎しみって感情すら感じていなかったから。
自分が見た事が正しかったと確信したから。
そして……それを叶が話してくれたから。
色んな事が入り混じった結果なんだと思う。そしてふと浮かんで来たのは……どうしてあんな事をしたのかという疑問だった。
やっぱり……そうだったんだよな。俺、なんか悪い事したかな? ダメだったかな? 優し過ぎるって……どういう事なのかな? それ位聞いても良いよな。
「叶……」
「ごめんなさい……私は最低です……裏切った……」
「聞いて叶? 俺……知ってる」
「えっ……」
「てか……見てた……」
「み……て……」
「前に手触れられてたのも、昨日……キスしてたのも……」
「そっ……そんな……嘘……嘘……うぁぁぁぁ」
その瞬間、声を上げて泣き出す叶。もちろん、ここまで人目をはばからずに泣いている叶なんて見た事がなかった。
だからこそ……気になった。どうしてそんな事をしたのか。いや、そんな事になったのか。そんな姿を見せるくらいの事を……
「なぁ叶、教えてくれ。どうしてあんな事したんだ? 俺なんかダメ事したか? ……優し過ぎるからのか?」
「ちっ、違う! 違う!」
「じゃあ……なんなんだよ」
「それは……」
その後、少し落ち着いた叶は、ゆっくりとそして淡々と……どうしてあんな事になってしまったのかを全て話してくれた。
友達との会話で、彼氏が甘えて来たり、キス求められたり、撫で声とか出してウザいっていう話になった。聞いてると最初は面白かったけど、段々と……変な気持ちになった。要は、
俺が一切叶に対して、そんな事したことがない
その事実を思い出した途端、おかしいのは自分じゃないかって感じた。そして、俺が甘えられないのは自分に母性とか……女としての魅力がないからじゃ? って……一気に不安になったらしい。
そんな中、部室で道具を掃除してた時……あいつが来て……来て……
「浮かれてキスしたってか……」
「言い訳だよね? 浮かれて……一瞬でも海に見えただなんて……」
「当たり前だろっ!」
魅力的だ? そんな言葉1つに……積み重ねて来た3年間は一瞬で消されたんだぞ?
「ごっ、ごめんなさい! でも信じて。くだらない、くだらないけど……私にとってはとても不安だった! それくらい……海の事思ってる! 好きなの!」
「だからって、他の男にキスされて、抱き締められて……それに胸まで触られて……体までプレゼントしたのか!?」
「ちっ、違う! 手を払い除けて……あいつは部室から出て行った! そんな事してない!」
「どうだかな?」
「しっ、信じて……」
「くっそ……くそ……」
顔が熱い……胸が苦しい……
さっきまで冷静だったはずなのに……いや、だからこそ物事の全てがちゃんと考えられる。そして言葉と共に何度も思い出す、昨日の光景。
手を握って、抱き締められて、キスされて……しかも自分の目の前で……
思い出す度に湧き出る感情。何とも言えない感情。その感情はいつしか……やり場のない怒りへと姿を変えていた。そして……
信じて……だと……
「ふざけんな!」
俺はそんな感情に身を任せて立ち上がると、勢いよく叶の手を掴んで引き寄せる。そしてそのまま……ベッドの上に押し倒していた。
何が確かめてだよ! だったらお望み確かめてやる。恥ずかしがってた自分がバカみたいだ。そんな言葉で靡くような奴……大事に思ってた自分がバカみたいだ。それなら、いっその事……このまま……
「海……良いよ……好きにして……」
静かに呟く……叶。その顔をじっくり見ると、その視線は真っ直ぐ俺を捉えていた。真っ赤になった額と目、そしてゆっくりと零れる……大粒の涙。それを見た瞬間……
俺は、本当にこんな事したいのか? 本当に良いのか?
そんな言葉が……頭に浮かぶ。
「私の初めては海の物だから。信じて……来て……」
俺は……俺は……
「でっ、出来る訳ねぇよ……」
それは、心の中から溢れた本心。目から溢れる涙が……その証拠だった。
大事だからこそ、キス以上の事は出来ずに居た。
それこそもっと大切な場面で……そう考えていた。
なのに、こんな身勝手で、無理矢理。いくら叶が間違った事をしていたからって……そんなのは……無理だった。
ふざけんなよ……何が魅力がないだよ……俺は……俺は……いつでも俺の隣に居る叶が好きだった。
「かっ、海……」
「なぁ叶……魅力があるって言われて浮かれた? なし崩しに求められて、だから応じた? そんなの全然意味わかんねぇよ? だって、俺の知ってる叶は、大人しくて面倒見が良くて、料理が上手くて、誰とでも話が出来る雰囲気と笑顔が可愛くて、人の事第一に考える優しさと、いざとなったら意見する勇気と、話しているだけで落ち着く包容力と、嘘をつかない誠実さ。数えたらキリがないくらいの……女の魅力に溢れた彼女だ」
「ほっ、本当……?」
当たり前だろ?
「本当に決まってる。勝手に魅力ないなんて決めつけるな。そうじゃなきゃ……こんなに好きになる訳ない……」
「嬉しい……でもごめんなさい。私は……一人で勝手に不安になって……バカな事しちゃった」
確かに……バカだよ。俺の事傷付けた最低な人だよ。でも……でも……心から憎めないんだ! メチャクチャにしてやるって思って押し倒したのに、顔見た瞬間に身体動かなくてさ……その理由だって、自分でも薄々気付いてたんだよ。
自分から……俺の部屋来て良いって言ったよな?
何も言ってないのに、いきなり謝ったよな?
なぁ叶? 最初から俺に謝るつもりだったんだろ?
自分がした事、全部俺に言うつもりだったんだろ?
俺が見てた事も知らないのに、動画撮ってる事も知らないのに……
俺に対する後悔と、自分への怒りと情けなさで一杯だったんだろ?
正直、傷付いた。吐き気がした。けどさ……それでも俺は叶の事好きなんだ。
だから……自分から過ちを告白して、どんな事も受け入れようとする叶に……これ以上の事は出来ないよ。
「バカだよ。叶はバカだ」
「ごめんなさい……」
「けど……そんな叶を嫌いになれないバカも居るんだよ」
「でも……どんな理由でも私、唇……」
そんなの……
「関係ない」
「えっ? かっ、か……んっ」
いくらだって塗りつぶしてやる。
「……これで消えただろ?」
「うぅ……海……」
「泣くなよ……」
「ごっ、ごめん……でもね? 海……もっとして?」
「私の全部を……海のモノにして……」
「かっ、叶……」
「お願い……」
「叶っ!」
「はっ……んっ……んんっ」
「叶、大丈夫だったか?」
「大丈夫だよ。それより……シーツ汚しちゃってごめん」
「気にすんな」
「それにしても、良くアレあったね」
「そりゃ……準備はしてるだろ」
「……うん。そうだよね。私も……いつでも準備してたよ」
「はっ、はぁ? マジか?」
「もちろんだよ? 海になら……いつでも……」
そうだったのか……全然わからなかった。てっきりこういうのは恥ずかしがって、余程の雰囲気がある時じゃないと無理だと思ってたんだけど……
『海は私に甘えたりした事ないから、魅力ないのかなって不安になって……』
人の気持ちは……いくら好きでも全てわかる訳じゃないんだな。
俺がいくら今まで通りの叶が好きだって思ってても……十分魅力を感じてたとしても……
そんな俺の気持ち……いくら叶だからって、理解する事は不可能なんだ。
言葉……か。
好きだから、お互い好きだから何でも理解してる。俺、勝手にそう思い込んでたのかもしれない。
じゃあそれを解消するには……俺が叶に甘える? でも甘えるって言っても、パッと思い付かないぞ?
撫で声? なんか気持ち悪いな。 なんかないか? 例えば、俺が叶にして欲しい事、望んでる事……ん? ……お願い!?
「なぁ叶」
「うん?」
「さっきの話だけど……」
「さっき……」
「今言うのもあれなんだけどさ? 俺、叶に甘えて良いか?」
「えっ、甘えるって……えぇ?」
「まぁ、甘えるっていうよりお願いだな? ニュアンスは間違ってないだろ?」
「そっ、そうだけど……うっ、うん。なにかな?」
「えっと、あのさ……叶……」
玄関から1歩足を踏み出せば、心地良い日差しが体を包み込む。
風に乗った春の匂いが息を吸う度に鼻を突き抜け、4月独特の雰囲気が一気に味わえる今日という日が、入学式日和なのは間違いなかった。そして……
「かーいー! お待たせ! そんでおはよう!」
朝からこの声と、制服に身を包んだ、いつもと違う可愛さを堪能できるのは最高だった。
「いいのか? 俺の家来たら駅まで遠くなるぞ?」
「いいのっ。一緒に行きたいから」
「じゃあ明日は俺が迎えに行くよ……叶」
「うん。お願いします」
「ふふっ。それにしても今日の天気は最高だねぇ」
「あぁ、入学日和だな……あっ、叶」
「うん?」
「本当に良かったのか? 俺なんかのその……」
「もう……良いんだよ? せっかく海が甘えてお願いしてくれたんだもん。それに、何度も言ってるけど、黒前高校は進学率良いんだよぉ? それに黒前大学には看護学科あるし!」
「けど……」
「それに……私も海と一緒に同じ高校行きたかった。だから……海にお願いされた時嬉しかったんだよ?」
「叶……」
「それに海は勿論、湯花ちゃんも居るから楽しみだよ?」
「あいつか……変な事に俺達を巻き込まないと良いけどな」
宮原湯花か……確かに明るさとコミュ力だけなら全国1位だな。でも、まさかこうして同じ高校に行けるなんて思ってもなかった。叶、最初の第一希望は看護科のある聖涼女子高だったしさ。言ってみるもんだよ。
「ふふっ、大丈夫だって。それに……」
おかげで……
「隣には海が居てくれるんだもん。ねっ?」
「当たり前だろ?」
高校でも一緒だ。それに……
「ねぇ、海?」
「ん?」
「大好きだよ?」
これからも……ずっと一緒だ。
「俺も……大好きだぞ。叶?」
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