第95話 複雑な気持ち
目の前で自分の想像を越えるプレーを見た時、人には色々な感情が沸き上がる。
興奮、感嘆、驚き?
嫉妬、不安、恐怖、無力感?
少なくとも、俺は今まで下平先輩や晴下さん、翔明実業と鳳瞭学園の姿を見て……自分もこんな風になりたいって興奮しか覚えなかった。
もちろんそれは湯花に対しても同じ。元々の上手さは知っていたし、その努力だって知ってた。だからこそ必ず応援するし、光るプレーが出たら喜ぶ。そして負けてられないって、気持ちが高揚した。
けど、今の俺は……素直に喜べずにいる。
今もコートで戦っている湯花の姿を見て、いつものような感情を生み出せなくなっていた。
多分それは、嫉妬と不安。
近隣6県の代表校が集結して行われる交流大会。毎年この大会は各県の新人大会優勝校が招待され、来年度のチームの強さ、そしてマークすべき選手がハッキリと周知される。
そして今年の開催地は幸いなことに俺達の県。さらに県庁所在地である
新生黒前高校女子バスケ部が、どこまで行けるのかめちゃくちゃ楽しみだし、各県の優勝校を間近で見られるのが正直嬉しくてたまらなかったんだ。
そして総当たり戦で行われる交流大会、
『見ててね、うみちゃん! 頑張って来るからっ!』
その言葉通り、1日目にして3試合をこなした湯花達女子の活躍は凄くて……3戦全勝。湯花個人もいつも以上に調子の良さを伺わせていた。
『湯花、流石! 新人戦以上だな?』
その時は、湯花の活躍が嬉しくて仕方なかったんだ。それに、
『ホント!? じゃあ明日はもっと頑張っちゃう。だから……もっと褒めてね?』
いつもの笑顔を浮かべながら、答える湯花は可愛かった。
そして訪れた今日、2日目。それは……見事に有言実行されつつある。
昨日の活躍もあって波に乗る湯花、それに引き寄せられる他の部員。総当たりの最終戦、全勝同士の戦いは、今日と昨日合わせて5試合目だっていうのに……両者譲らない好ゲーム。そんな試合展開に応援席もギャラリーも沸きに沸き上がっている。けど、熱気に包まれたその光景に異変を感じたのは……俺自身だった。
湯花、凄いよ。昨日からドリブルもパスも冴えてて、新人戦と同じ……いやそれ以上の活躍だよ。
「昨日に引き続き、周りが見えてるな。どうだ嵐、同じポイントガードとして」
「こう言うとあれだけど……欠点は身長ぐらいかも」
「ということは?」
「明らかに最高のポイントガードってこった!」
「雨宮! 宮原さん今日もヤバいな? なんかゾーンに入ってる気がする」
「あっ、あぁ」
鋭いカットイン。周りが良く見えてるって分かるパス。そして俺と一緒に練習したスリーポイント。
「なぁあの10番ヤバくね? ドリブルキレキレじゃん」
「しかもスリーまで持ってるし、間違いなくゲームコントロールしてるよな?」
「あれで1年なの? 年下じゃーん」
「タメであんなの見せられたら自信なくしますー先輩!」
それらが絡み合っていつも以上に上手い。先輩達や他の高校の人達が言うように、確かに上手いよ? けど、なんでだろ。なんで……
喜べないんだ。
いつもなら……いや昨日だって、湯花の活躍を見て喜んで、対抗心に燃えてたはず。けど今は……どうだ? 嬉しいよ。湯花の活躍が誇らしいよ。でもそれ以上に……
嫉妬と不安が体を包み込む。
鋭いドリブルして、アシストを決める度に胸が苦しい。
躊躇なくスリーポイントを決める度に体が震える。
ギャラリーからの声援と、チームを鼓舞する湯花の声が交じり合った瞬間、その姿は眩しくて……
どこか遠くへ行ってしまうような気がする。
あぁ、多分俺嫉妬してるんだな。中学校から同じくらい練習して、居残り練習もしてきた湯花。それが今、片やコートの中で輝き注目されて……片や応援席で眺めているだけ。
それに湯花はいつも一緒に居た、いつでも隣に居てくれた。けど、それがどんどん離れて行くような気がして……置いて行かれそうな気がして……不安なんだ。
「あっ、あの子ウィンターカップでも活躍してなかった?」
「確かに! それならこの上手さも納得。こういう子が、鳳瞭大学とかに行くんだよねぇ」
鳳瞭大学……
何処からともなく、聞こえて来たその言葉が耳に入った瞬間、
ドクン
心臓の鼓動が大きくなる。
鳳瞭大学? もしかしたら本当にそういう話も来るんじゃ……そうだ、ヤバイ。俺は何を考えていたんだ? なんで、さも当たり前のように
このままいけば間違いなく、湯花は有名になる。そうなったら本当に…………
そんな嫉妬と不安でグチャグチャになりながらも、俺達の目の前で黒前高校女子バスケ部は……
見事、交流大会で優勝を果たした。
試合が終わり、慌ただしくなる会場。そんな中俺は、1階に向かって歩いていた。
『よっし。じゃあ閉会式始まる前に、一言女子におめでとうって言いに行くか!』
『『了解!』』
そんな晴下さんの言葉に皆嬉しそうに付いて行ったけど、俺は体が重くて……少し遅れてその後を追っている。
おめでとうか……俺素直に言えるか? 湯花の活躍が嬉しいのに悔しい。誇れるはずなのに不安で一杯だ。ヤバイ、なんか色んなことぐちゃぐちゃで、どんな顔して良いか分かんねぇ。
そんなことを考えていても時間は非情だ。出来ればもっと時間を掛けたかった階段も終わりを告げ、その足はついに1階へ。
はぁ……とりあえず、先輩達を探そう。
そう思い、重たい足を前に出そうとした時だった、
「えっと……どちら様でしょう?」
丁度横の方から聞き慣れた声が……耳に入り込む。
ん? 横……?
さっきまでいろいろ考えていたのに、その声が聞こえた瞬間、やっぱりそんなのどうでも良くて……俺は反射的にその方向へ視線を向けていた。
その先には自動販売機が立ち並ぶ休憩スペースが広がっていて、その真ん中辺りに湯花は居たんだ。スポーツドリンクを2本持って。そう……
あっ、湯花……えっ?
「俺は
ジャージに身を包んだ男と……対面するように。
明進……高野? 坂城?
「あの……それで私に……」
「突然で申し訳ないんだけど……君に一目惚れしたんだ。宮原湯花ちゃん」
「えっ?」
はっ、はぁ? ちょっ……
「だからさ……俺と付き合ってくれないか?」
ちょっと待てこらぁぁ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます