第93話 キャプテンとして
日曜日、それは晴下さんが白波を誘った日。
そしてその日付は2月14日。そう、言わずと知れたイベント……俗に言うバレンタインデー。
そんな甘さと苦さで溢れかえるこの日、俺と湯花は……
「棗さん! お願いします」
「全然だよー」
姉ちゃんの車に乗り込み、ある場所へと向かっていた。
「それにしてもホントに私の時間に合わせて良かった? どうせなら最初から
まぁ確かに、本当ならその方が良い。けど、今日に限ると……それがベストとは言えないんだよなぁ。
あの用具室での会話、晴下さんが白波を誘った時は俺も湯花も驚いたっけ。しかも話を聞いて行くとその行き先が黒前大学って判明したんだ。
しかもその日は前々から部活が休みだと言われてた日。ただ、正直晴下さんが何をしようとしてるのかはサッパリだった。まぁそんな状態で居残り練習に身が入る訳もなく……
――――――――――――
『ねぇうみちゃん? さっき晴下先輩、黒前大学って言ってたよね?』
『言ってた。けど肝心なところは後で連絡……だもんなぁ』
『んー、でも先輩と黒前大学って言ったら、ぶっちゃけバスケサークルしか結びつかないんだよねぇ』
『それは言えてる。けどバスケで悩んでる奴を練習誘うか? しかも黒前大学だぞ』
『そうなんだよねぇ』
『まぁ晴下さんのことだから、何か考えがあってのことだと思うけど……』
『気になる?』
『そっ、そんなこと……』
『にししっ、気になるんでしょ? うみちゃん』
『気に……はなるだろやっぱり?』
『だと思った。じゃあさ、私達も行っちゃう? その日は部活ないんだし、サークルの練習にさ』
『はっ、はぁ?』
『それだったら一気にお悩み解決だよ? それに私も気になるしさ?』
いやいや、行っちゃう? って軽く言ってるけど、そもそも……
『俺は……って、その日はバレンタインデーだって、湯花張り切ってたじゃん』
『そうだけどさ、4年近くも傍で見てたら、うみちゃんの性格も今何考えてるのかも……分かるんだよ?』
『わっ、分かるって……』
『多分、うみちゃんが心のどこかで思ってることだよ。それで?』
くっ! つくづく嫌になるなぁ、こいつの鋭いところ。もちろん湯花とのデートは大事なんだ。けど晴下さんが何をしようとしてるのか、それに白波が復活できるのか……クラスメイトとして、同じ部員のとして……これからも一緒に戦っていく仲間として気になるのが本音だ。けど、それ言ったら湯花は……
『うみちゃん? 本音を聞けないくらい悲しいことはないんだぞ?』
本音か……そうだ。湯花ごめん、俺達の間に隠し事はなしだよな?
『湯花、ごめん。晴下さんと白波のこと……気になる!』
『ふふっ、やっぱりね? うみちゃんらしい! だったら行っちゃおう?』
『でっ、でも……』
『もう、うみちゃんわかってないなぁ』
『えっ?』
『そういう仲間想いなところも含めて、私はうみちゃんのこと……大好きなんだよ?』
――――――――――――
……今思い出してもドキッとするな……って! ゴホン。
そんな経緯で、とりあえず姉ちゃんに今日サークルあるのか聞いて……今に至る。
それに姉ちゃんが所用で遅れるって聞いた瞬間これだっ! って思ったよね? 晴下さんがやろうとしてることが分からない以上、開始時刻丁度に行ったら邪魔しかねないもん。
まぁ、俺達が深読みしすぎて実は黒前大学には行くけどバスケサークルには行ってないって可能性もあるんだけどさ? そうなったら仕方ないよ、予想外の展開に天晴れって思うしかないし、俺達はバスケ楽しむだけだし……あとは晴下さんが、なにかしらで上手くやってくれてるのを祈るばかり!
兎にも角にも、
「大丈夫。とりあえず
行ってみなきゃわからないっ!
黒前大学構内。その中で、バスケサークルが使用しているのがこの第2体育館だ。体育館と言えば校舎と繋がっているイメージなんだけど、大学ともなるとそれぞれが独立した建物として存在して……最初見た時はちょっと驚いたっけ? しかも第2って付いてるくらいで、その規模の体育館が他にも3つあるらしい。
……大学って凄いなぁ。なんて改めて考えている最中、
「じゃあ私、もういっちょ用足していくから体育館入ってて? 希乃にもキャプテンにも言ってるからさ」
俺達にそう言い放ち、スタスタと構内へと進んで行く姉ちゃん。いくら何度か来てるからって、放置して早々に行っちゃうのか? なんて考えも、姉ちゃんの前には通用しない。とりあえず、俺達の目的はただ1つ白波の観察! となれば……
「よし、じゃあ行くか?」
「了解!」
早速行きますか! 第2体育館!
なるべく音をたてないようにドアを開け、そっと侵入していく俺達。靴を脱ぎ、バッシュに履き替えると、聞こえてくるドリブルとバッシュの擦れる音。
「まだ練習中だね?」
「あぁ、でも時間的にもうすぐ休憩だろ? えっと白波は居るか……」
そんな中俺達は、金属のドアの上部にある格子で覆われたガラス。その隙間から、まずその内部の光景をじっくり観察しようとしたんだ。けど、その異変に気付くのは……あっと言う間だった。
「はっ、マジ?」
「嘘……でしょ?」
2人重なるように出た声、それは誰が見たってそう言うと思う。
嘘だろ? てか、この短時間で何があったって言うんだ? どうしたらこんなことになるんだよ? 晴下さん? あなた一体どんな魔法をかけたんですか? なんで……なんで……
「白波が……笑ってる?」
なんで白波が楽しそうにバスケやってるんですか?
「それに晴下先輩も……」
「ナイシュー! すいませんもう一本下さいっ!」
「なんかとっても楽しそうだよ!」
目の前の光景は、果たして現実なんだろうか?
どこか苦痛に満ちた雰囲気でプレーしてた白波はその顔に笑みを浮かべ、常に表情変えずに部活に取り組んでいた晴下さんが声を出して……まるで中学の時俺が見た時のように楽しそうにプレーしてる。
そんな状況に、俺も湯花もしばらく固まってたんだろう。
ガラガラ
「うわっ! 雨宮に宮原さん!? どしてここに?」
気付いた時には、目の前に白波が立って居たんだから。
「そっかぁ、2人共黒前大学の練習に来る常連さんだったんだね?」
入り口横にある休憩スペース。そこに腰を下ろしながら、俺達は白波の話に耳を傾けていた。
とりあえず晴下さんに誘われて、今日の練習に参加したのは分かった。けど、問題は……お前を笑顔にさせた要因だ。どんな魔法を掛けたらこんな風になれるんだ?
「まぁな」
「わっ、私達も白波君と晴下先輩居て驚いたんだよ?」
湯花の見事なフォロー。おかげでさっきの俺達の行動も、そこまで怪しさを感じさせることはないと思う。
けど、俺は……
「そうだよね? ははっ、ごめん」
「なぁ白波、ちょっと良いか?」
ここまで来たらもう聞いても良いよな。
「なにかな?」
「うみちゃん?」
白波が変わった理由。それが聞きたくて仕方なかった。
「白波、久しぶりに見たぞ。バスケやってる時、お前笑ってるの」
「笑って……そっか。俺笑えるようになったんだ」
「もしかして……気付いてなかったの?」
「うん。でもさ、1つだけ言えるのは……なんだかバスケが楽しくて仕方なかったってことかな?」
「楽しかったって……晴下さんのおかげか?」
「うん。そうだよ?」
ただいまの時刻は夕方を過ぎた辺り。そんな少し薄暗い中、俺達はカフェ&ゴーストを目指して、黒前駅前を歩いていた。
「晴下先輩天晴だね?」
「あぁ、俺じゃ絶対口に出来ない言葉だもんな」
『誰が野呂大河になれって言ったんだ。お前は白波聖覧だぞ? お前はお前らしく黒前のセンターになればいい。それと……白波は何の為にバスケやってる? 俺はさ……心底楽しいから、バスケやってんだ』
多分その言葉には晴下さん自身のことも重ねていると思う。白波が野呂先輩を意識したように、晴下さんも少なからずその大きな背中を意識したに違いない。前キャプテン、下平聖という大きな背中を。
白波もそのことに気付いたんだろ。そしてそんな同じ境遇であるキャプテンからの言葉。その一言は、誰からの言葉よりも……心に響いた。
「多分さ、晴下先輩も結構プレッシャー感じてると思うんだよね?」
「感じない方が無理だろ。けど、だからこそそんな人からの言葉が、今の白波には必要だったのかもな?」
「だよね? でも、なんだか晴下先輩も変わった気しない? 笑顔でめちゃくちゃ声出して……楽しそうだった。ちょっと中学の時の姿思い出しちゃったかも」
正直高校でのクールオブクールってプレースタイルも冷静沈着で格好良いけど、やっぱ俺からしたら晴下黎=スマイリーデビルってイメージだよ。楽しそうに、時にはあっと驚くようなプレーで得点を重ねる……あのインパクトは忘れられない。
「白波も驚いたって言ってたな。笑顔でナイシューって言われたよ! って」
「ふふっ、興奮気味に言ってたね。まぁあんな姿見せられたら……吹っ切れたんじゃないかな?」
「そうだな」
久しぶりに見た白波の笑顔。そこには何かから解放されたような、そんな気さえした。それに、
『雨宮、宮原さん。色々心配かけてごめん。俺さ明日から……目一杯バスケ楽しむよ!』
あんなこと言われたら、もう大丈夫だろ?
『あっ、でも白波君。雅ちゃんにもお礼良いなよ?』
『色々考えてくれてたみたいだからな?』
『えっ! 多田さんが!? ……わっ、分かった!』
色々と明日が楽しみだよ。
「さて、とうみちゃん。胸のつっかえは取れたかな?」
「あぁ、ありがとうな湯花。付き合ってくれて」
「ふふっ、全然だよ? 本番はこれからだし」
本番ねぇ、手作りチョコは期待して良いんだよな?
「めちゃくちゃ期待してるけど?」
「にっしっしぃ。手作りチョコはバッチリ愛情込めたからあとで渡すね?」
「楽しみだなぁ」
「でもね……うみちゃん?」
「ん?」
「わっ、私のことも……いっぱい……食べてね?」
くはっ! 出た! 上目遣いに赤面、恥じらいのトリプルコンボ! しっ、しかし湯花がこんなセリフを考えたとは………一体誰の入れ知恵だ?
「とっ、湯花? そのセリフ……誰から……」
「えっ? あのその……棗さんと希乃さんから……ダッ、ダメだった!?」
やはりあの2人か! いったいなんてことを……悔しいけど感謝しかない。グッジョブ2人! ヤバいヤバい脳天突き破って鼻血で出るかと思ったよ!
「ぜっ、全然ダメじゃない! その……ドキッとした」
「ホッ、ホント? へへっ」
ったく、チョコ食べる前からやられるところだった。けど、覚悟は出来てるってことだよな? じゃあ遠慮はしないぞ?
「じゃあ、お言葉に甘えて……美味しくいただくよ」
「ふふっ、どうぞ? たくさん……」
「召し上がれっ」
結局この日、俺が見事に鼻血を出したのは……また別の話。
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