第92話 のしかかるプレッシャー
年が明け早々の大きな大会だった新人戦。それを終えた俺達はそれこそ普通の学校生活を送っていた。とは言っても、皆の視線は次の春季大会。翔明実業戦で浮き彫りになった弱点と足りない部分。それを補う為にすでに動き始めている。
女子は見事優勝し県の代表高になったことで、2月末に行われる近隣6県による交流大会への参加が決まっている。だから……実のところ雰囲気的には変わりがないのかもしれない。良い雰囲気で、部員全員が1つの目標へ突き進む。その団結力が黒前高校の武器だって改めて思う。
それに学校生活だって、それこそ何ら変わりはないと思う……あっ、そいえば変わったことあったわ。
「へっへー! 良いだろこれ? すずとお揃いなんだぜっ!」
「はいはい。ようござんした」
「なんだなんだ! 谷地、リアクション薄っ!」
晴れて付き合うこととなった山形と間野さん。年明けはそうでもなかったけど、ここ数週間でその惚気っぷりに磨きがかかってきた。まぁおそらく最初は付き合ってる嬉しさと恥ずかしさで、その話を俺達にするのだってたどたどしかったんだ思う。それが徐々に慣れてきたって証拠か?
「なぁ海! こういうの良いよな? 2人の絆が深まるってもんだよな!?」
とは言っても、俺達だって皆の前ではそれなりに自重してたぞ? そこまでグイグイ来られると……
「なっ? なっ?」
申し訳ないけど、少し呆れてしまう自分が居る。
嬉しいのは分かるけど、毎日この調子じゃ気が滅入るぞ。特に谷地にとっては地獄そのものだろ。ここはサラッと受け流しておこう。
「それより昼飯行こうぜ。なっ、谷地?」
「そうだな」
「あぁ! 分かったぞ? 海、手作りお弁当自慢したいんだろ。俺だってな今度すずに……」
「分かった分かった。あっ、白波ー。昼行こうぜ?」
「えっ? あっ、うっ、うん」
あっ、そう言えばもっと変わったことあったな? というより結構深刻かもしれないな……
「ほらほら、もっと来い白波」
「はっ、はい!」
あの新人戦以降、俺達の予想通り白波は完全に調子を落としていた。もちろん多田さんが色々ケアしてくれたし、いつものようにすぐに元に戻ると思ってた。けど、その考えは甘かったのかもしれない。
「どしたどした?」
「もっ、もう1回お願いします」
毎日野呂先輩に付き合ってもらって、練習の内容としてはこれ以上ない密度のものだ。でも、その成果は一向に現れる気配がない。むしろ、悪くなって来ているような気さえする。
白波……プレーがブレブレだぞ? パワードリブルだって弱いし、攻めも一辺倒でお前らしい綺麗なステップが消えてる。だからこそ……
「甘いっ!」
「あっ」
簡単に止められる。
「こんなんじゃ俺の後は務まらないぞ?」
「すっ、すいません」
野呂先輩もわざと言ってるわけじゃない。むしろ白波にはポテンシャルを感じるからこその言葉なんだ。でも、今の白波にとってはそれが最大のプレッシャーになって、のしかかってるのかも。
こりゃ多田さんに話し聞いた方が良いかな?
「多田さん」
「あっ、うみちゃん」
「どしたの雨宮?」
隣に湯花居るけど……大丈夫だよな? 白波の事情は知ってるし。
「ちょっと話が……」
「もしかして白波君?」
「白波のこと?」
うおっ、さすが俺の彼女にチームコーチ。お見通しか!
「まぁ」
「確かに白波君あれから変だよね。雅ちゃん話したんでしょ?」
「話は……してないよ」
「「えっ?」」
「新人戦終わった後、白波に話すとかって言ってなかったか?」
「最初はそう思ったんだ。でも、次の練習であんな顔見たらなんて声掛けて良いか分からなくて」
正直クラスでも浮かない顔してたし、部活来たらより一層どんよりしてたな。
「確かに白波君の雰囲気はおかしかった」
「でも多田さんなら何か妙案でも……」
「色々考えては来たんだ。でもその全てが悪い方向に行くような気がしてね。いつもみたいに発破掛けたら確実に落ちそうだし、褒めたところでそれが心に響くとは思えない。でもなぁ……」
「黙ってたら黙ってたで、どんどん落ちて行く?」
「正解。クラスも一緒な雨宮ならわかるでしょ。だから正直何をしていいか分からないし、安易なこと言っちゃうのが一番怖いんだよね」
あの多田さんがここまで悩んでるってことは、相当な難易度だぞ? 確かに話しかけるのは簡単だ。でも本当に考えるべきはその後のこと。場合によっちゃ自分が厚意で言った言葉が、相手にとっては抉られるような凶器に変わる。今の白波は……まさにそんな状態なのかも。
「とりあえずさ? 明日土曜だけど、部活急遽休みで2連休になるでしょ。そこで私、もう1度考えてみる。ごめんね? なかなか役に立てないコーチで」
「何言ってんの? 雅ちゃんは凄いよ。だから……お願いします」
「そうだよ。ぶっちゃけ俺達にはどうしようも出来ないからさ? 頼む。」
「ふふっ、そんなに期待されても何にも出ないよ。それじゃあ、お疲れ」
「うん! お疲れ様」
「お疲れ」
とはいっても、今回ばかりは多田さんですら難しそうだ。俺にも何かできないか? ……とりあえず何気ない会話でリラックスさせるか。えっと、白波は練習終わったし……あっ、今日はモップ当番か! 用具室に入って行ったな? じゃあ……
「湯花、俺ちょっと白波のとこ行ってみるよ」
「おっ、うみちゃんのメンタルケア?」
「まぁとりあえず最近の様子でも聞いておこうかと思ってさ?」
「了解! 私は居残り錬の準備しとくから」
「サンキュ」
俺は湯花にそう言うと、白波がモップを持って入っていった用具室を目指した。とりあえず、何気ない会話。それを心がけるように中に入ろうとしたその時だった、
「白波、ちょっといいか?」
思いがけない声に、
うおっ! 誰か居る? ととっ、とりあえず入るのはストップ!
反射的に入り口近くの壁に張り付いて、その誰かと白波の会話に思わず聞き耳を立てる。
「はっ、はい。晴下さん」
キャップテン? どうして……
「最近どうだ?」
「えっ?」
「プレーに迷いがあるように感じる。それに……」
「すっ、すいません。でも……」
「バスケットを楽しんでない気がする」
「たっ、楽しむ……」
てっきり晴下さんのことだから、調子の悪い理由とか根掘り葉掘り聞くと思ったんだけど……バスケットを楽しむ? 予想外の言葉だな。
「なぁ白波?」
「はい……」
「ちょっと聞きたいんだけど、日曜日って暇か?」
「えっ? 日曜日ですか?」
ん? 日曜? 何だろこの流れ……まっ、まさか!
頭に浮かんだ1つの予感。それに少し驚きを覚えながらも、静かにその会話を聞いていると、
「これはもしかして?」
何やら呟くような小声が左耳に舞い込んで来る。
はっ!?
そんな突然の声に、ゆっくり視線を向けると、そこには……
「何してんだ? 湯花!」
俺の隣で俺と全く同じ格好をしている湯花の姿があった。
「話はあとあと! 今大事なところでしょ?」
その目はどこかキラキラしていて、何処か楽しんでいるようにも感じる。けど、その言葉通り今は湯花をどうこう言うより大切なことがあった。
そっ、そうだ。会話の続き続き……っと?
「あぁ」
「特には何もないですけど」
「じゃあ良かった」
「良かった? えっと……」
まだ続いてるな? てかさ、やっぱりこの流れって1つしかないよな?
「なぁ白波、お前さえよければだけど……ちょっと付き合ってくれないか?」
「えっ?」
ですよね!?
「ダメか?」
「えっと……そうですね。良くわからないんですけど……」
「俺で良ければ……」
なっ、なんだ? 決してそういう会話ではないのは分かるんだけど、なんというか……って湯花! なにニヤニヤしてんだよ!
けど、晴下さんが白波を……一体何をしようとしてるんだろ? 日曜日か。気になるのは気になるなぁ……って湯花!
「湯花? お前なんか変な想像してないか?」
「しっ、してないよ?」
……だといいんだけどさ?
「ホッ、ホントだよぉぉ!?」
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