第91話 活躍の裏で

 



 高等学校新人バスケットボール大会。それは来年に向けた新チームのお披露目と、果たしてどこがその頂点を席巻するのか……それを誇示する為の大会でもある。


 そんな中、毎年の如く優勝を果たしてきた翔明実業。その層の厚さは、世代交代が起こるこの大会でこそ真価を発揮すると言っても過言じゃない。スタメンとして、サブメンバーとして全国を経験したその力は、チームとしてまだ未熟な他校を毎年圧倒してきた。ウィンターカップ予選でこそ黒前高校に負けたものの、大方の優勝予想は翔明実業。その前評判は揺るぎない。


 そんな中、迎えた新人戦。俺達黒前高校の新スターティングメンバーは、

 4番、晴下黎

 5番、丹波嵐

 6番、田崎彰人たざきあきと

 10番、雨宮海

 11番、白波聖覧


 予想通りのメンバーとなった。


 1回戦、対柳木やなぎき高校戦では序盤からリードを広げ、ベンチメンバー全員がコートに立つことが出来た。白波はあたふたしたものの、とりあえず普及点の動きを見せ、緊張感漂う初戦は突破。まぁ多田さんには色々と言われてたみたいだけどね?


 そして2回戦、相手は石白高校。そのスタメンには勝と太一の姿もあった。中学校時代のチームメイトと高校の舞台で同じコートに立てる楽しさ……それを噛み締めた俺は、勿論手加減なしでぶつかったよ。その結果、100点ゲームで試合をモノにした俺達は見事大会2日目へと駒を進めた。

 太一には、


『おいっ! ちょっとは手加減しろっ!』


 なんて言われたけど、友達だからこそ手は抜けなかったんだ。


『またコートでな?』


 そう話す勝。そんな2人と握手できたのは……何だか嬉しかった。


 そして、ベスト16が出揃った2日目。油断できない状況の中、3回戦で戸五商業とごしょうぎょう。準々決勝でライフェル学園を破った俺達は、あくる大会3日目準決勝……因縁の翔明実業と相見えた。



 ――――――――――――



 いつものように2階席から響く翔明実業の応援。それは、今まで何度も耳にした中で1番の迫力のような気がした。おそらくウィンターカップ予選で負けたことで、表面上は涼しげな顔してるけど……内心リベンジに燃えてるんだろう。メンバーからも2階からもその圧はヒシヒシと伝わる。


 やる気満々かぁ。そうこなくっちゃ! そりゃメンバー見たら俺達の方が下かもしれない。けど、白波と田崎さんを舐めるなよ? それに新1年だって上手いやつが入るかもしれないからな? 


「「黒前ファイトー」」


 おっ、サンキュー湯花。それに女子は決勝進出決めてるんだ。俺達だって負けられないよ。今の持てる力で……絶対倒す!


 ピーッ!



 自分で言うのもあれだけど……今日俺はキレてる。新しい相棒は今日も吸い付くような安心感を与えてくれ、体も思い通りに動いてる。指先のタッチも冴えてて、正直ちょっとのちょっとじゃスリーポイントを落とす気なんてしなかった。


 現にここまで決めたスリーポイントは10本、覚えている限りで落としたのは2本。それは自身の最多本数を更新することで十分に表れていた。


 けど思い出してほしい。バスケットボールは……チームスポーツなんだ。


 マズいな。

 自分の出来が良いにも関わらず、俺の心は焦っていた。それは試合が終盤に近付くにつれ、次第に大きくのしかかってくる。


 俺と晴下先輩、丹波先輩。この3人の調子はかなり良い。晴下先輩はシュートを殆ど沈めてるし、ドライブもリバウンドも冴え渡ってる。丹波さんのドリブルはキレキレだし、パスも周りが良く見えてる。シュートだって決めてる。けど問題は他の2人。田崎先輩は大分落ち着いて来て、いつものプレーが出来てるけど……一番ヤバいのは白波。初戦は緊張があったけど徐々にいつものプレーを取り戻してたはずなのに、この試合は動きが悪すぎる。


 初めて強豪と対峙する時、緊張するのは仕方がない。実際俺だって春季大会の時は足が震えていた。けど今日の白波はそれを加味したとしても……恐ろしいほどの動きの悪さ。

 周りが見えてない、周りの声が聞こえていない。ボールを呼ばないし、受け取ってもあからさまにあたふたして……滅多に見せないトラべリングや3秒オーバータイムといった、初歩的なミスを犯し過ぎていた。


 本来の白波は気が弱いところを除けば、センタープレーヤーとしての動きは申し分ない。むしろ綺麗なくらい。そして何より初歩的なミスが無くて、負けん気とスピードがあれば野呂先輩を越えるセンターになれると信じていた。


 だが緊張しているにしては、余りにもいつもの姿とは違い過ぎる。もしかすると何か予想以上の異変が起こっているのか。考えてくはないけど、そんな思いが頭を過る。


 もしかしてあいつ……この応援か? 俺はウィンターカップで鳳瞭学園の応援の圧を感じたからさ? 翔明の応援聞くと、まるであの時のこと思い出すかのように気合入って、ワクワクするんだ。多分あの2人も同じだと思う。けど……誰もがそう思うとは限らないんだよな。白波お前もしかして、あの時の圧のかかった応援が……


 トラウマになってるんじゃないのか?


 上手さと強さを見せつけた鳳瞭学園の恐ろしさが、この応援で蘇ってるんじゃ……って! ダメだ白波、無理に止めようと……


 ピーッ!


「白11番、ハッキング! ツースロー」


 やっちまった……白波お前これでファールだぞ……ファイブファールで……


「白波……」

「ハァ……ハァ……ハァ……」


 退場じゃねえか……


 結局その後、白波の代わりに晴下先輩がセンターのポジションをこなして、ゴール下を守ってくれた。とはいえ、相手センターブルーノを抑え込むのに必死で、その大部分をディフェンスに費やすこととなる。その結果、黒前高校の得点は伸び悩み、さらに得点能力のある俺や丹波先輩には、ボールを持った瞬間にディフェンスが2人つくという徹底ぶりで……終わってみれば、


「77対62で翔明実業っ!」


 15点差をつけられ……俺達の新人戦は幕を下ろした。




「よっこいしょ。ふぅ、お疲れうみちゃん」

「湯花こそ、お疲れ様」


 翔明実業の優勝で幕を下ろした新人戦。その熱気冷めやらぬ中、俺達2人は帰りの列車に揺られていた。


「残念だったけどさ、うみちゃんのスタッツヤバくない?」

「まぁ自己最高だよ。って、それより湯花の方がヤバいだろ。優勝に大会MVPだろ?」


 俺達が負けた後の暗い雰囲気もなんのその。女子は勢いそのままに優勝という、黒前高校始まって以来の快挙を成し遂げた。

 湯花のやつ、去年のスタメンが2人も居るし自信はあるよ? なんて言って……有言実行かよ。その2人も確かに凄いよ。でもさ、そんな人達抑えてMVP取った湯花の方がヤバいでしょ。


「たまたまだって! なんか今日は目が冴えわたってさ? どこにだれが居るか分かったんだよねぇ」

「何それ、チートじゃん」

「いやぁ、でも前からちょいちょいそんな感覚の時あったんだ。あっ、でもうみちゃんだってそういう……いつもと違う感覚経験したことあるんじゃない? 今日とか!」


 確かに体が自分の思い通りに動いて、手の掛かりも寸分の狂いない時って……あったな。鳳瞭学園の時もだし、今日もそんな感じだった。でもな……


「確かに……分かる気がする。だからあんなにスリー入ったのかもなぁ」

「それにしては……浮かないねぇ。もしかして白波君?」


 流石湯花、バッチリお見通しか?


「まぁな」

「明らかに動き変だったもんね」


「あぁ、監督はさ? 正直この大会優勝しようなんて思ってないはずなんだ。てかそう言ってたし……全ては来年度に向けての経験って。だからそこまで気負うことはないんだけど……」

「偉大な先輩のあとってプレッシャーかな?」


「それもあるだろうな……」

「でもさ、すぐ立ち直れるといいなぁ。今日の退場も含めてさ」


「だな。多田さんにちょっと言っとくか」

「私も雅ちゃんに話してみるよ。でも雅ちゃんともあろう人が、ノ―プランなはずはないと思うけどね」


 確かにあの異変に気が付かない訳がないよな。それにトレーニングに関してもメンタル面にしても、多田さんのやり方に間違いはない。実際、1年の最初のころに比べて、白波もそれなりに自信を付けて来たと思ってた。ここも何とか……お願いするしかないよな? 敏腕コーチに! じゃあとりあえず今日は……


「そうだな。じゃまぁとりあえず、湯花? MVPおめでとう」

「ありがとう! うみちゃんも凄い活躍おめでとう!」


「さんきゅ。これからも……もっと頑張ろうな?」

「うん!」



「「ふふっ」」




 お互い、もっと祝福してもいいよな?



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