第88話 その背中は大きく

 



 学校が始まって数日。休み時間になると最初はそれなりに騒がしかった教室や廊下も、ここ数日で大分落ち着きを見せ……その生活はすっかりいつもの通りへと変わりつつあった。

 まぁ、実際他のクラスの人や、先輩方に話し掛けられる機会も多かったけど、


「うみちゃん! 部活行こっ」


 湯花の存在を知った瞬間、何とも言えない顔しながら去って行く人が殆どだったっけ。


 しかしそんな一時の流行りとは全くもって違うのが、男女共に好成績を収めたバスケ部。その人気はちょっとのちょっとじゃ下火にならず、この時期には珍しくマネージャー希望や入部希望者が多く押し掛けている。



「見ろよ黎! あんなにマネージャー候補がたくさん!」


 丹波先輩の反応を見る限り、おそらく初めての経験なんだろう。でもそこは流石、新キャプテン晴下黎!


「嵐、浮かれるのも良いけど新人戦は目前に迫ってるんだぞ? 気合入れよう」


 その一言には、下平先輩の跡を受け継いだっていう重さと責任を感じる。

 とにもかくにも今後の目標は新人戦優勝。その為にいつまでもウィンターカップの余韻に浸ってる時間はないし、見学者達を気にしている暇もない。


「なぁ雨宮。あの見学してる人達って入ってくれるのかな?」

「どうかな? 俺的には単純にテレビに出れるとか、モテたいとか……そんな動機だと思うけどな」


 大体本気でバスケやりたいなら、もっと早い段階で入部してるだろ。しかも見てみろ? あのあからさまにチャラそうな格好。完全にミーハーじゃねぇか。


 ジャージではあるものの、その着こなしはだらしないの一言に尽きる。しかもちょいちょい手を振る先にはマネージャー希望で来ている女。そのわかりやすい行動には逆に感心してしまう。


 いやいや、そんなことを気にしてる場合じゃない。とにかく……練習に集中だ。

 次の新人戦。それは、新生黒前高校バスケ部の初陣の場となる。もちろん下平先輩や野呂先輩が抜けた場所に1・2年の誰かが入ることになるけど……戦力ダウンは否めない。


 たぶん野呂先輩のところには、白波が入るよな? センターだし、身長だって晴下先輩に次ぐ高さ。2年生には当てはまる人が居ないから……間違いない。まぁ、野呂先輩と比べると現段階で見劣りするのは仕方ないよ。それにメンタル面も多田さんのおかげで大分良くなっては来てるけど……本番でどうなるかは未知数なんだよな。


 それに問題は下平先輩のポジション。2年生でいくと田崎先輩が一番適任だと思うけど……はぁ、比べる相手がヤバいってのもあるけど、その差は歴然だよ。


 それでも……


「来てやったぞ? 筋トレやってるか?」

「やっほ、お疲れー」

「さてディフェンスでも見てやるか?」


 こうして3年生が練習に来てくれるのは、とんでもなく有りがたい。


「よし白波! 1対1だ!」

「おっ、お手柔らかにお願いしますっ!」


「黎? 俺達もやろうか?」

「宜しくお願いしますっ!」


「どれ……よし雨宮! ディフェンスやるからスリー打ってみろ!」


 晴下先輩や丹波先輩は問題なし。俺も人のことは言えないけど……おそらく新チームのカギは白波の成長。なかなかキツイかもしれないけど、頑張ろうぜ? 白波!


「お願いします! 樋村先輩!」




「はぁ」


 いつものように居残り練習を終えた俺達は、降り続ける雪の中をゆっくりと歩いていた。けど、


「うみちゃん、溜め息なんかついてどうしたの?」

「ん?」


 頭を過るのは、新しいスターティングメンバー。そして練習すればするほど、あの2人がどれほど大きな存在だったのか……それが身に染みてしまう。


「やっぱさ? 下平先輩と野呂先輩が抜けた穴はでかいなって」


 3年生が居なくなることで、戦力がダウンするなんてどこの高校でもあり得る話なんだよ。でも、俺達の場合はその抜けた人の力が突出し過ぎてる。


「まぁ、どっちも精神的支柱だったもんね。その役目まで求めるわけじゃないけど、代わりにスタメンになった人は想像以上のプレッシャー感じるかも」

「白波なんかは良い例だよ。今は必死になってるけど……思うように出来なくて落ち込まないか心配だ」


 白波がダメだと、必然的にセンターは晴下先輩? となるとリバウンドといったディフェンスに関わる比率が高くなるよな? そうなれば今まで先輩が生み出してきた得点が……


「……えいっ」

「うわっ」


 その瞬間、いきなり腕を掴んで体を寄せる湯花。その行動に一瞬驚いたけど、


「うみちゃん。そんな顔……似合わないよ?」


 顔を覗き込むような仕草に、自然と笑みが零れる。

 そう……だよな。ジタバタしても始まらない。てか自分が仲間を信じないでどうするんだよ。


「ごめんごめん。らしくないな」


 これからが……本当の勝負だよな。


「やっぱりうみちゃんは笑顔が一番」

「湯花もな?」


 ったく、やっぱ湯花の明るさには敵わないなぁ。……あれ? 湯花と言えば、最近やたらと腕ギュウとかしてくるよな? いや、嬉しいんだけどさ。それまで校内では色々遠慮しがちだったけど、ここ数日はなんというか積極的というか……待てよ? もしかして湯花、なんかあったのか? だからそんな行動が多くなってるんじゃ? ちょっと……聞いてみるか。


「湯花?」

「んー?」


「最近なんかあったのか?」

「えっ? ……どして?」


「いや、気のせいかもしれないけど……最近廊下でも手繋いだりとか、多くないか? あっ、嫌とかじゃないんだ。でも、もしかしてなんかあってそれで……」

「何かは……あったよ?」


 まっ、マジか! なんだ? もしかして俺関係してる?


「マジか。俺のせい?」

「うーん」


 やべぇ……全然記憶にないんだけど。年明けてデートした時? でもめちゃくちゃ楽しかったし湯花も笑顔だったよな? なんだ。なんだ?


「ふふっ。うみちゃんが関係してるけど、うみちゃんのせいじゃないよ?」

「俺のせいじゃない?」

「いきなり廊下で手繋いだりしてごめんね。でもさ? 学校始まったら、うみちゃんいきなり女の人達に囲まれてさ……嫉妬しちゃった」


 嫉妬?


「だから皆に見せつけたいって思っちゃって……だってさ?」



「うみちゃんは……私の彼氏なんだもん」



 そんな言葉、上目遣いで言われたら……


「ダメかな……?」

「ダメな訳ないだろ? むしろ……」


 正直可愛すぎて、皆に見られる恥ずかしさとか……


「もっとして欲しいくらいだ」


 どうでも良くなったよ?




「にっしっし、やったぁ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る