第87話 濃い冬休み、濃い初日?
楽しい冬休み……それは意外と短いものだ。つい昨日まで大晦日、年越し、お正月の黄金パターンを過ごしていたと思ったら、気付けば制服に身を包み駅に向かっていたのだから……あぁ恐ろしい。まぁでも、
「うみちゃん! おはよう」
この笑顔とお弁当が待っていると思えば……なんてことはない。
それに練習自体は冬休み中に再開していたし、要は勉強があるかどうか。それを含めても、山形達に会えるのは少し嬉しい。
そう言えば、山形のやつ見事告白成功したって喜んでたな? ストメからでもその嬉しさが伝わるくらいの絵文字だったもん……キモイくらいに。それでも気持ちはわかるよ。教室行ったら、おめでとうの一言でも言ってやるか。
それにして今回の冬休みは色々と濃かった。ウィンターカップに始まり、湯花との初詣、それに年明けデートも3回したし、なにより望さんの有言実行。正直、あんな痺れるものを見せつけられたおかげで、隠れてトレーニング再開しちゃったよ。
幸い年明けの練習で多田さんに何も言われなかったところを見ると、お目付け役にはバレて居ないようだ。
あんな劇的に有言実行されたら、スポーツマンだったら誰でも疼くでしょ? でもそのあとはいつもの望さんだったな、速攻で姉ちゃんに電話してきたもん。電話……かぁ、俺への伝言もある意味有言実行だったけどね。
――――――――――――
あの劇的な試合が終わり、姉ちゃんと二人で唖然としていた時だった。瞬く間にスマホが鳴り響く。相手はもちろん渦中の望さんで、姉ちゃんは驚きながらも約束を守ると宣言。その光景になんだか笑みが浮かんだっけ。けど、望さん電話はそれだけじゃ終わらなかった。
『海? ノゾから伝言。私は全然分からないけどこのまま伝えれば、海なら分かるって』
『伝言?』
『うん。奴は2軍に昇格させた。勿論奴の実力じゃ無理なんだけど特別にね? 奴は1軍に上がれる程の実力は今も今後も完全にない。けど3軍へも降格させない。そう、ずっと2軍だ。……これで奴は逃げられない。だって』
結構長めの電話のあと、姉ちゃんの口から告げられた伝言。奴ってのが誰なのかは意外とすぐにわかったけど、そのあとのことについて理解できたのは……しばらく経ってからだった。
――――――――――――
ふぅ。望さんってやっぱ怒らせたらヤバいタイプの人だよな? 最初はなんで実力もないのに2軍に昇格させたんだって思ったよ。てか、むしろそこまで顔の利く望さんも凄いと思ったけどね。
まぁそれはおいといて、俺なりに解釈した結果だと……おそらく2軍ってのは1番競争率が高い。上手くいけば1軍へ、下手すれば3軍へ。常にそんな状況と隣合わせだから、日々の練習から部員の気迫は違う。
そして奴は2軍に昇格してさぞ喜ぶだろう。多分3軍だったら諦めて部活辞めて……ってことも可能性としてはある。けど2軍ならどうだ? 頑張れば1軍へ上がれる! そんな希望を胸に抱くはず……毎日の競争に傷めつけられながら。
そして怖いのはずっと2軍ってこと。望さんの話だと、たぶん奴はどんなに下手でも3軍へは行かない。つまり毎日地獄の場所に居ながらも、1軍へ上がれるかもと言い聞かせ、サッカー部に居続ける。そのループに捕らわれるんだ。もちろんしばらくすれば実力もないくせに? なんて他の部員に思われて相当なストレスになるかもしれない。けど、もしかしたら1軍へ……なんて、そんな希望に一生しがみつくんだろう。叶うことのない希望に。
2軍という奴にとってはある種の勲章を手に入れた代わりに、奴は一生サッカー部からも、皇仙学院からも逃げられず、公式戦に出られないまま……高校3年間を過ごす。
……これを地獄と言わずして何と言うのだろう。
「うみちゃん? どしたの?」
「ん? なんでもないよ? 山形になんて言って祝福してやろうか……考えてただけ」
とまぁ、改めて望さんの恐ろしさを知ったところで、あっと言う間に教室が連なる廊下へ。もちろん校内ではさすがに手とか繋いでないけど……
「あの人達じゃ……」
「そうだよ……」
なにやらすれ違う人がヒソヒソしてるのは気のせいだろうか。
「うみちゃん! またあとでね?」
「おう、勉強頑張れよ」
「ふふっ、お互いにね」
でもまぁ、そんなの特段気にすることもなく、教室へ足を踏み入れた瞬間……
「あっ! 雨宮だ!」
「見たよ試合!」
「お疲れ様!」
「感動しちゃった!」
一瞬にして、記者会見張りに周りを囲まれた。
「よっ! お疲れだなぁ? 有名人っ!」
「凄いよなぁ。うん」
なっ! 山形に谷地? 有名人ってなんだよ!
「はいはい、皆ー? ホームルーム始まるから話はあとあと。雨宮は逃げないから」
危うくもみくちゃになりそうな瞬間、聞こえて来たその声。その正体は……委員長。そんな言葉に落ち着きを取り戻したのか、
「あとでね?」
「逃げるなよ」
なんて言いつつつも自分の席へと戻って行くあたり……俺のクラスメイトはなんて聞き分けが良いんだって感心する。まぁ委員長が何やらニヤニヤしてたのは気になるところだけど。
一体なんだってんだ? 確かに鳳瞭学園と良い試合したけどさ? それでわざわざあんなに取り囲む?
そんな朝のプチ騒動を切り抜けた俺は、そそくさと自分の席へと歩みを進める。そして椅子に腰かけた瞬間、
「お疲れ! 海!」
「凄いよ」
いつものこいつらからは想像できない言葉に、一瞬身構える。
「それで? なんか知ってるんだろ? 正直に言ってもらおうか」
教室に入った瞬間、あの囲まれ具合。そしてそれを見つつも俺をイジらないだって? ……そんなのこいつらに限っては絶対に有り得ない。なにかこう……溜めに溜めて一気に……
「知ってるって……むしろお前自分で知らないのかっ!?」
「はぁ?」
「本気で言ってるの?」
「本気もなにも、何がなんだか」
「谷地……」
「山形、これは本当かも……」
意外にも、真面目な反応を見せる2人。そして、ゆっくりと開かれた口から、俺がなぜ有名人と呼ばれるのか、いきなり囲まれたのか……その事実が発覚する。
2人の話によると、あのウィンターカップの対鳳瞭学園戦は録画だったけどテレビで全国放送されていたそうだ。もちろん、黒前高校の多くの生徒がそれを見ていたらしく、男女両方の戦いっぷりにストメのグループ機能を通じて、徐々に広まっていった。そして俺を有名人にした出来事……試合の最後に足が攣った場面。そしてコートを出た瞬間に倒れた光景。あれもバッチリテレビに映っていたらしい。しかも最悪なことに……
「マジかよ……」
「マジだよっ!」
「本当だよ。ニュースで流れた時は驚いた」
その日の夜、県内のニュースはおろか、全国のニュースでもそのシーンが放送されたらしい。
嘘だろ? 姉ちゃんとか母さん達なんも言ってなかったぞ? けど、そうだとしたら……さっきの皆の反応も納得できる。
「いやぁ、一気に人気者だなっ!」
めちゃくちゃ嬉しくないんですけど? むしろ新人戦に向けて色々と集中したいんですけど? まぁ、騒ぐって言ってもクラスの皆だけだろうし…………って! あぶねっ! 肝心なこと忘れてたわ!
「まぁ、でもさ? そんなことより……」
「そっ!そんなことって!」
「やっぱ有名人は心構えが既に違う」
あぁもう、何とでも言ってくれ。俺的にはこっちの方が大切なんだよ! ストメじゃなく直接言いたいんだ……友達だから。
「山形……」
「ん?」
「おめでとうっ!」
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