第86.5話 約束 

 



 元旦、お昼過ぎの雨宮家。


 さてと、夜には伯父さんのところに行くし、それまでリビングでダラダラしようかな。……ん? 姉ちゃん? テレビ見てるみたいだけど、この上なくつまらなそうな顔してんですけど。


「姉ちゃん一体何……はっ!?」


 テーブルに肘を上げ、頬杖をつきながらテレビに目を向けている姉ちゃん。その眼差しに正月特番がつまらないのかと思い、視線を向けると……その画面には、姉ちゃんに似つかわしくないものが映っていた。


「ねぇ、海」

「なに? って……姉ちゃんどうしたの? なんで……サッカーの試合見てるの!?」


 そう、その画面に映っていたのはサッカーの試合。それも全日本サッカー選手権大会、通称天皇杯の決勝。

 確か元旦1発目に行われる試合だっけ? いや確かに大切なことではあるんだけど……姉ちゃんバスケ以外のスポーツ全く興味無しじゃん。フル代表の試合すらあれだし、ワールドカップの時だってあんまし見なかったじゃん。そんな姉ちゃんが……なぜ!?


「いやぁ、昨日さ? ノゾから電話来たんだけどね。なんかこっちの白いチームのメンバーに入ったんだって」

「メンバー?」


 望さんってまだ大学生だよな? ……あっ、鳳瞭大学はJリーグのチームと提携結んでるんだっけ? 特に優秀な人は特別指定選手とやらに選ばれるとか。だとしたら十分あり得るのか。てか凄くね?


「そそっ。んで、明日の試合必ず出るから見てくれって言われたんだけど、なんか変な約束しちゃってさ」

「変な約束?」


「うん。最初はさ? 試合出たらデートしてくれって言われた訳よ。東京までの交通費とか払うからって」

「デートっ?」


 マジかよ望さん。いくらなんでも交通費まで出すのは……


「でも正直面倒くさいじゃん?」


 鬼かよ姉ちゃん。


「で、渋ってたら……今度はシュート決めたらデートしてくれって話になってね? まぁさすがにそれは無理だろうって思ってOKしちゃったんだよねぇ」

「シュートって……プロの試合だろ? てかそもそも出れるかどうかも怪しいんじゃ……」

「まぁね。ノゾが凄いのは知ってるけど、プロの試合に出ていきなりシュート決めるのはキツイでしょ」


 望さん、いくらなんでもその条件は厳しくないですか? いくら姉ちゃんとデートがしたいとはいえ……けどなんだろう。望さんならって思う自分もいる。


「でもさ、本当に決めたらどうするの?」

「決めたら? そりゃ約束だし……行くよ。けどノゾにそんなこと出来るとは思えないけどねぇ」


 確かに望さんは、どちらかというと落ち着いてるタイプ。得点を決めるってことは、ある意味エゴイスト的な部分を見せないといけないはずだけど……結びつかないんだよなぁ。


「なるほどね。それで今は……後半40分!?」

「あと5分くらいでしょ? しかもノゾまだ出てないしね」


 試合の経過によるけど、大体サッカーのロスタイムって2、3分じゃね? だとすれば……


「あっ、やっとノゾ出て来たよ」

「ほっ、本当だ! しかも0対0の終盤に登場って」


 残り約8分。しかも、まだどっちも0点とくれば相手も相当厳しく来るはず。しかも望さんのポジションはミッドフィルダーだよな? いくらなんでもキツくないか。


 そんな俺の予想通り、試合終盤にも関わらず両チーム一進一退の攻防が繰り広げられた。望さんも必死にパスを出して攻め込もうとしても、相手の強固なディフェンスを前に下手に仕掛けられない状態。そして時間は無情にも刻々と過ぎて行く。


「ロスタイムもあと少しか」

「やっぱ無理でしょ。さすがにここで決めたらヒーローだもんね」


 望さん、応援したいけどこの状況じゃ……あっ、コーナーキック!


 画面に表示された時間は、ロスタイムを加味したそれを間もなく迎えようとしていた。左サイドからのコーナーキック。それはおそらく望さんのいるチームの最後のチャンスに違いない。もちろんここで決めたら勝ちはほぼ決まり、さらにそれが望さんだったら間違いなくヒーローになる。けどその可能性は、


 待て? 望さんがコーナーに向かってる?


 その行動で……虚しくも散ってしまう。


 マジか!? ここでキッカー? いや、キッカー任されてる時点で凄いけどさ、それだとシュート出来ないじゃん。アシストしかつかないじゃん。それかこぼれ球拾って? けど……


 キッカーになった時点で、望さんのシュートを決めるという約束が果たされる可能性は……限りなくゼロに近付いた。それでも決勝のゴールをアシスト出来たら、どうにかして姉ちゃんを説得したい。そんな思いでいっぱいな中、望さんの最後のコーナーキックは……蹴られた。


 なんでだろう? それはめちゃくちゃ時間がゆっくりと過ぎて行くような感覚だった。

 助走から、綺麗なフォームで蹴り上げられたボールは、曲線を描いてゴール前へと進んでいく。少し高めの弾道、おそらくファーサイドの選手を狙ったそれに、キーパーは予想外だったのか慌ててそのポジショニングを変える。


 走り込む味方選手。

 それに身構えるキーパー。

 その光景に息を飲んだ瞬間だった。望さんの蹴ったボールの軌道は更に鋭く……曲がった。


 相手キーパーはバランスを崩して動けず、ただただそれを見送るだけだった。

 そう、ゴールへと吸い込まれるそのボールを……


 その余りにも劇的で、痺れる光景に正直声が出なかった。けど確かにテレビの向こう側では雄叫びを上げる見たことのない望さん、そしてそのあとこっちに向かって指をさすいつもの望さん。2人の望さんの姿がそこにはあった。


 マジか……望さん……あなたって人は……

 そんな痺れるような感覚に浸っている最中、後ろで……小さく声が聞こえた気がした。




「なによ……たまには格好良いじゃん……ノゾ……」



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