第86話 そのお願いは永遠に
外に目を向ければ、そこはもはや雪の国。
そしてテレビに目を向ければ国民的歌番組が、その瞬間を今か今かと告げている。
あれからたった数日しか経っていないのに、がらりと変わった光景。まさに浦島太郎状態とはこのことだろう。
でもまぁ、こたつに入りながらみかんを食べて、冷たいコーラを楽しむ。それはそれで、一時の休息としては最高なのかもしれない。
『お疲れ。出来ることなら今回の余韻に浸って欲しいところだが、それも大晦日までだな。年が明けたらもう次の戦いは始まってる。3年生はそれぞれの道へ、1・2年は2月頭の新人戦。だから正月は……存分に休めっ!』
そんな監督の挨拶で幕を閉じた俺達のウィンターカップ。その瞬間改めて、もう先輩達と試合に出られないんだって事実が胸に突き刺さった。特に下平キャプテンの進学先はあの鳳瞭大学、その距離は限りなく遠くなる。
でもキャプテン、酷いですよ。
『雨宮、俺達に最高の思い出ありがとな? お前らがあの日、俺のところに来なかったら……俺は変われてなかった。だからさ……
あの試合の感覚は今もなお残ってるのに、そんなこと言われたら……すぐにでも練習したくなっちゃうじゃないですか。絶対安静を言い渡された俺にとっては結構キツイんですよ?
しかもそれを破ろうもんなら、年明けの練習で何をされるか知ったこっちゃない。なにせあの多田さん直々のお達しだからな。なんかいつにもまして鋭い眼つきと、恐ろしいトーンだったけど……あれか? あのせいか? ……とにかく大人しく従っておいた方が良いだろう。それに目付役も厄介だしな。
「はははっ、無理だって。えぇ? じゃあ決めたらね? 考えてあげる」
お隣から聞こえる、バカでかい声がうっとうしいお目付け役2号。一度でもダンベルや筋トレ諸々をしようとした瞬間、こいつを通じて多田さんへ早急に連絡が行くらしい。ったく、いつの間に多田さんとストメのID交換してたんだよ。
まぁ、そんな感じで絶賛完全休息中な訳ですけど……気が付けば今年もあと少しかぁ。なんか色々あり過ぎて……
ヴ―ヴ―
そんな時、テーブルの上で小刻みに震えるスマホ。そのバイブのパターン的にストメで間違いない。
【うみちゃん? 今から行くよ?】
そして画面に映し出されたそのメッセージを目にした途端……自然と笑みを浮かべてしまう。
抜き打ちテストかな? お目付け役1号さん。
それから数十分後、俺は徐に立ち上がると壁にかかっていたジャンバーを手に取った。もちろん連絡が来たわけじゃない。でも、あのストメからそろそろ20分。おそらくそろそろだろう……そんな気がして仕方なかった。
「じゃあ行って来るよ」
「あれ? もう着いたの?」
「いや? でも……そろそろだと思う」
「なぁに、勘ってやつ? その調子で外の雪溶かして来てよ」
「例年より大分少ないだろ? これで勘弁して下さい」
「はいはい、気を付けてー」
「はいよ。母さんにも言っといて」
「オッケー」
父さんと婆ちゃんはもうすでに就寝中で、母さんはお風呂。そんな中リビングでくつろぐ姉ちゃんにそう告げた俺は、足早に玄関へと足を進める。そして玄関に置かれたブーツを履き、ゆっくりと玄関を開けると……
「うわっ!」
「よっ、じゃあ行こうか」
可愛いコートに身を包んだ、お目付け役1号さんが……そこに居た。
街頭に照らされた道路を2人でゆっくりと歩く。こんな夜更けにこんなことするなんて、大晦日じゃなきゃ有り得ない光景だ。ましてや隣に居るのが彼女だなんて、去年の俺に言っても絶対に信じないだろう。
毎年ここを通る時は1人だった。俺の家と叶の家、森白神社は丁度中間にあったから……現地集合だったっけ。だから誰かと一緒に歩いているのが新鮮で仕方がない。手を繋いでいるなんて信じられない。けど、確かに俺の隣には、白い息を吐きながら笑顔を浮かばせる……
「あれ? うみちゃんどうかした?」
「ん? なんでもないよ。いつも通り可愛いなって思っただけ」
「バッ、バカぁ……」
湯花が居る。
「さすがに混んでるねぇ」
「まぁな。でもテレビで見る都会の神社に比べればなんてことないだろ」
「だね。普通の道路ですら凄い人混みだったもんね」
多分、あのままの関係だったら一生一緒に初詣には来なかった気がする。おそらく……叶と付き合っていなくても。もちろん仲は良かったよ? でもそれはあくまで学校っていう場、同じ部活で同じキャプテンとしてっていう明確な線が引かれていたんだ。そう……
あのめぶり祭りの時……俺が湯花に抱いていた感情に疑問を抱くまでは。
ガラガラガラ
「えっと、二礼して……」
パンッ!
パンッ!
「もう1回っと」
あの時のことは今でも鮮明に覚えてる。心臓が何かで打たれたような衝撃……だったな。確かに高校に入ってから、湯花との間に感じていた感情は……中学の時とは少し違っていた。でも自分の中でそれは、色々なことに関しての感謝って気持ちだと思ってたんだ。
湯花が居なかったらあそこまで早く立ち直れなかったし、あそこまで向き合うことなんて出来なかった。それを含めた感情だと思っていたのに……
『ねぇ、海? あなたのことが……好き』
あの一言は、良い意味でそれを否定してくれた。
「うみちゃん! お守りとか売ってるよ?」
「おっ、そうだな」
「見に行っても良い?」
「もちろん」
あれから大変だったんだぞ? 変に意識しちゃってさ。自分で自分の感情が分からなくって、頭の中がこんがらがちゃって……今考えれば相当気持ち悪かったかもな。でも、一番正直だったのは自分の体だった。あの肝試しの時、あの教室で湯花を抱きしめた時……心臓が張り裂けそうだった。波打つ鼓動が止まらなかったんだ。その瞬間だよ、自分の気持ちに気が付いたのは。
「おまたせー! はい、うみちゃん?」
「ん? これって……健康祈願?」
「へへっ、体の回復とこれからの怪我防止の為にね?」
「マジか! ありがとう。いくら……」
「お金はいいよっ!」
「えっ? でも……」
それからだよ、今まで気にも留めなかった湯花の行動……その意味を理解したのは。どれだけ俺のことを見てくれてたのか、俺の為に動いてくれてたのか、俺の背中を押してくれたか。それを感じる度に、どんどん夢中になって、どんどん好きになって……俺の中の湯花は仲の良い女友達なんかじゃなくなった。
「こんなの比にならないくらい、うみちゃんからたくさんもらってるから」
「もらってるって……」
俺だってたくさんもらってる。数えきれないくらい、色んなものを湯花からもらってる。
「あっ、じゃあさ? 1個だけ知りたいなぁ」
「なんだ?」
笑顔見る度に元気になる。
一緒に登校するだけで嬉しい。
お弁当は美味しいし、手の温もりは心地良い。
隣に居るだけで安心して……癒される。
俺にとって大切な存在なんだ。
「うみちゃんさっき……なんてお願いしてたのかなって?」
だから……そんなの決まってるじゃん?
いつまでも2人で一緒に……居られますように。
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