第83話 隣り合う晴れの舞台
ウィンターカップ4日目。この日、東京の天気は雨だった。
雨には不思議な力がある。ある人には自身を癒すような優しさを、ある人には凍えるような寒さを……その雨滴を受けた人によって、それは真っ二つに分かれる。
だとしたらこの雨は俺達にとって、いや俺にとって……どっちなんだろう……
コートに入ると、その熱気は昨日よりも熱く、その応援は昨日よりも大きく響き渡る。
≪鳳瞭! 鳳瞭!≫
もちろん、その大多数が鳳瞭学園の関係者であることは間違いない。絶対王者。そして地元。こうなることは元から覚悟はしていた。けど、ただ1つ誤算があったとすれば……
「男女一緒に優勝だー」
「いけー」
同じ時間帯、隣のコートでも……黒前高校対鳳瞭学園が行われるということ。そして真ん中の2コートで行われるせいで、見事に応援席の中央が溢れんばかりの鳳瞭学園一色に染まる。
まずい。ただでさえ地元ってこともあって、昨日からその応援の数は凄まじかった。なのに隣で女子も試合となると……その数はもっと増えた気がする。それに、いつもなら女子の試合は男子、男子の試合は女子が応援出来てたけど……それも今日は無理だ。
「ふぅ、凄い応援だなぁ」
「聖、笑いごとじゃないぞ? この応援は厄介だ」
「まぁでも、応援だけが全てじゃないですしね?」
「そうっすよ! 俺からしたら隣で女子も頑張ってるって思うだけで、逆に力になるっす」
流石先輩達。初めての経験のはずなのに……やっぱり場数が違う。丹波先輩の言う通りだ。隣で湯花も頑張って……
そんなことを考えながら、ふと隣のコートに目を向ける。すると、丁度ドリブルをつきながらこっちを向いていた湯花と……目が合う。
湯花……
目が合った瞬間、お互いに少し笑みが零れた。けど、すぐさまその表情は変わり、
うみちゃん……やってやろう!
あぁ、目に物見せてやろうぜ!
不思議と頭の中に響くそれは、明らかに湯花の声そのもの。だからこそ俺の思いも届いたはず。
そしてそれを確信した俺達は1つゆっくりと頷くと……自分たちの
必ず勝つと心に誓って。
「よっと、気分はどうだ? お前達」
「まぁやるだけですね?」
「以下同文です」
「デイビスを抑えた怪物……」
「ガタイなら負けてないっすよぉ? 野呂さん」
「ふっ、雨宮お前はどうだ?」
監督、決まってるじゃないですか……最高です。
「こんな場所でプレーできるなんて1年前までは想像してませんでした。でも、実際にコートに立ってます。それに……俺達勝ったら
「ふふっ」
「その意気込みは嫌いじゃない」
「アッ、アンダーってお前っ……」
「雨宮、お前時々とんでもないこと口にするよなぁ……そゆとこ好きだぞっ!」
「まぁ勝ったらその可能性だってあるからなぁ! はっはっはぁ。じゃあ俺が言うべきことも1つだ。いつも通り悔いを残すな!」
「「はいっ」」
「よし、じゃあ円陣頼むぞキャプテン。俺は女子の方行って、色々と最終チェックして来るからさ」
「はい。よいしょ……じゃあ皆いいかな? ふぅ、雨宮、お前の一言で皆の緊張も解れたよ。ありがとう」
キャプテン……
「いっ、いえ!」
「ふっ。皆、おそらくここが黒前高校バスケ部……創部以来最大最高の正念場だ。でもやるべきことは1つ。ただひたすら立ち向かうのみ! これまで練習してきたセットオフェンスも、どこまで通用するかなんて分からない。磨いてきたゾーンディフェンスだってどこまで守り切れるか分からない。でも……諦めるな! 最後の最後まで頭を動かせ、手を動かせ、足を動かせ、体を動かせ。そして……心を燃やし続けろ! 灰になっても、最後に笑うのは俺達だ! 行くぞ! 黒前ー!」
「「「「おぉぉぉー」」」」
そうしてコートに並び鳳瞭のスタメンを前にすると、改めて自分が凄い場所に立って居ることを自覚する。いつもだったら、湯花が上で見てて声を出してくれてたけど、今日その応援は……ない。
しかもあいつ、突き指大丈夫か? 昨日だって俺のことばっか気にして……俺が突き指のこと言わなきゃアイシングだって疎かだった。テーピングのことは、湯花が言うの忘れないように前もって日南先輩に話しておいたから……って、試合直前に何を心配してんだよ。
湯花なら大丈夫。さっきの表情がそれを確信に変えたんだ。
もちろん湯花の応援ほど力になるものはない。けどそれ以上に…………同じ時間、同じ舞台で、同じ相手に挑む。そんな稀有な瞬間に2人で立ち会えたことが嬉しくて仕方ない。
湯花、隣のコートから痺れるくらいの気合い感じるよ。多分俺と同じこと考えてるんじゃないか? だったら……
――――――――――――――――――――――――――――――
「はーい、集合」
試合前、監督のその声で私達は続々とベンチの前に集合する。
「いいか、俺は男子の方へ就く。大まかな指示は多田に伝えてるけど、何があるか分からないのが試合だ。気付いた点とか改善点あったら、立花キャプテンや多田にどんどん言ってくれ。……立花」
「はい」
「コート上の状況はお前が一番よく分かるはずだ。頼むぞ?」
「分かりました」
「多田、コート全体を見渡すのは得意だろ? 頼んだ」
「了解しました」
「雅? 何か気付いたことあったらすぐに教えて? タイムアウトも任せる」
「分かりました。先輩も細かい変化教えてください。全力でサポートしますからっ!」
「ふふっ、頼もしいコーチだねぇ」
立花先輩、流石だなぁ。その言葉1つ1つ聞いても……どこか落ち着く。それに雅ちゃんも同じ学年とは思えないくらい冷静で、監督達が信頼するのも分かる。
「よっし。じゃあ最後に、宮原!」
「はっ、はい!」
「加藤の代わりにスタメンで行くぞ?」
スッ、スタメン?
「えっ……」
「湯花、私昨日の試合で足やっちゃったみたいでね……調子の良い湯花なら絶対大丈夫だと思ったからさ」
「加藤先輩……」
「宮原、いいな?」
「はっ、はい!」
「じゃあ頼んだぞ!」
この大舞台で、スタメン……初スタメン……なんだろう胸が締め付けられる。苦しい。手も足も震えて……まるで自分の体じゃないみたいだよ。いつもだったらうみちゃんが絶対応援してくれてて、こんな緊張吹っ飛んじゃうのに、今日は……それがないんだ。
それにうみちゃん、足大丈夫かな? 昨日だって私の突き指のばっかり気にして、私が言わなきゃ左足のケアしてなかったじゃん。あれからもちゃんと水分摂ったかな? お風呂でマッサージしたかな? 念の為、日南先輩にふくらはぎのテーピングお願いしたけど……
「よし、じゃあ皆! 隣では男子も戦ってる。一緒に戦ってる! 黒前高校バスケ部全員で……勝つよっ! 黒前ー!」
「「「「ゴー!」」」」
……はっ! 私ってば試合前に何心配してんの。
うみちゃんなら大丈夫。さっきの表情は間違いなく、そういうことなんだよ。
「はぁーふー」
……そうだよ。先輩の言う通り、隣では男子も一緒に戦うんだ。うみちゃんの応援にはいつも助けられた。力をもらった。でもね? 同じ時、同じ場所で、同じ相手に挑戦する。そんな瞬間に私達2人が立ち会えたことは運命なんだよ? そう考えると…………嬉しくてしょうがないっ!
うみちゃん、隣のコートから火傷しそうなくらい熱い気合い感じるよ。ありがとうね? それにもしかして、私と同じこと考えてるんじゃないかな? だったら……
「「鳳瞭学園に勝って……」」
「もっと湯花を惚れさせてやるっ!」
「もっとうみちゃんを惚れさせてみせるっ!」
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