第81話 2人の東京人
全国高等学校バスケットボール選手権大会、通称ウィンターカップ。
高校3年生に出場資格のある最後の大会であり、予選を勝ち進んだ各都道府県の代表、インターハイ優勝校などを含んだ60校がしのぎを削る。
その熱戦に、黒前高校の先陣を切って向かったのは女子バスケ部。1回戦は総合力。2回戦はそのオフェンス力。そして3回戦は熾烈な接戦を制すと、初出場ながら見事準々決勝まで駒を進める大活躍を見せた。
そしてそんな女子の活躍に焚きつけられた我らが男子バスケ部。1回戦では序盤に固さがみられたものの、後半いつもの姿を取り戻し初戦突破。そして……
「ここ集中だよっ!」
「「はいっ!」」
はぁ、はぁ。残り10秒で点差は2点。相手にとっては最後の攻撃。どっちで来る? 逆転のスリーポイントか? 同点の2点か? あぁ、1回戦から全力出してるから左足攣りかけてる。けど、ここを凌げば勝てる! 考えろ……っ! あれ? あのポイントガード、俺がマークしてる人のことチラチラ見てないか? もしかして……逆転のスリー狙いか!? だとしたら……パスが…………
来た!
「っ!」
よっ、読みが当たった! けど、あのまま抜かれてたらヤバかったかも。それでも俺達の……勝ちだ!
ピー
最後にシュートを決めて、4点差の勝利。何とか接戦をものにした俺達は、同じく接戦を制した女子の面々と一緒に入念なクールダウンをしていた。
「じゃあ午後まで自由時間な」
そして、そんな監督の言葉を最後に、一旦散り散りとなった黒前高校バスケ部。けど、午後まで……それは男女両方、明日戦う対戦相手の試合時間を示しているのは全員が理解していた。
その強さを目に焼き付け、何が何でも弱点を見つけろ……それは監督の無言の意思表示でもある。だからこそ、それまでの自由時間を有効に使う必要があった。
どうすっかな……
そんな自由時間をどう過ごそうか、俺はいつにもまして入念なストレッチをしながら考えていた。
さすがに1日休みがあったとはいえ、全国の強豪校相手に手を抜ける時間なんてなかったし、結構疲れが蓄積されてる。特に軸足の左はさっきの終盤で攣りそうになったし……より念入りに伸ばさないと……
「うみちゃん、手伝ってあげようか?」
「あっ、湯花。大丈夫、これで終わりだから」
「そかそか」
それにしても湯花のやつ結構元気だよな。今日の段階で女子の方が1試合多いはずなんだけど……それに、折角のクリスマスもプレゼントすら渡せてないし……いくら最初から、
『クリスマスのお祝いはウィンターカップ終わってからにしよっ?』
って決めてたとはいえ……良いのか?
「うみちゃん、めちゃくちゃ走ってたもんねぇ。私も負けられないやっ」
……なんつう楽しそうな顔してんだよ。まぁ今はバスケに集中した方が……いいかな?
「湯花もめちゃ走ってただろ。しかも多田さんの課題も余裕でクリアしてるし……凄いよ」
「ほっ、本当? へへっ。あっ、うみちゃん? これから予定とかある?」
「特にはないかな?」
「じゃあさ、時間まで他の高校の試合見ない?」
他の高校の試合かぁ。全国から集まった強豪校の試合なんて滅多に生で見れないよな。これは……良いとこ盗めるチャンスだ。
「もちろん。盗めるところは盗まないとな」
「流石うみちゃん、私と同じこと考えてるぅ」
「ふっ、まぁな。じゃあ行こうか」
1つ扉を開けると、そこは冬とは思えないほどの熱気で溢れ返っていた。中央のコートでは今もなお熱戦が繰り広げられていて、その歓声がアリーナ全体に響き渡る。
やっぱコート4面ってヤバいよな? めちゃくちゃ広く感じる。
一般的な会場だと、そのコートの数はほとんどが2面。だからこそ、4面もバスケットコートがあるこの場所は見ただけで鳥肌が立つくらい衝撃的だった。ましてや、ついさっきまで自分達もあの場で試合をしていたなんて……未だに実感が湧かない。
「それにしても……明日の対戦相手が同じとはねぇ」
「まぁまだ決まってはないけど、恐らく同じトコが勝ち進んでくるだろうな」
そんな光景を横目に、ポツリと呟く湯花。もちろんさっき監督が言ったように、俺達が明日対戦する相手は、今行われている試合の後に登場する2チームの勝者。コートは別だけど、前評判や実績を見ても恐らく勝ち上がる高校は……決まっていた。
「鳳瞭学園……かぁ」
「女子は8連覇、男子は12連覇が懸かってる強豪。間違いないだろ」
下平キャプテンが進学を決めた鳳瞭大学、その高等部にあたるのが私立鳳瞭学園。
幼稚園から小・中・高・大学までその全てが広大な土地に存在するこの学園は、有名一流企業への就職率全国トップレベル。さらに全国大会優勝経験、出場常連の部活動が数多くあり、まさに文部両道を掲げる名門校。その実力はバスケ界においても例外じゃない。
「女子も男子もアンダー代表が居るなんてズルいよねぇ」
「まぁな……」
確か女子は2人、男子は3人。
「でも、やるしかないんだよね?」
「だな。強い方が勝つんじゃない、勝った方が……」
「あっ! 湯花ちゃんだぁ!」
そんな俺の格好良いセリフを見事にシャットアウトした女の人の声。それが耳に入った瞬間、俺と湯花は思わず振り返る。
誰だよっ! 折角格好良く決めようと思ったのに。
「あっ! れんさん」
れんさん? ってことは知り合い……? えっとボブっぽい髪に身長は湯花より高くて……結構可愛い顔してる。しかもそのお隣は彼氏か? 身長は俺の方が高いけど……なんだよ! イケメンかっ!? なんか俺の周りイケメン率高くね? 下平キャプテン、晴下さんに次ぐ顔立ちだぞ。……これ程まで神様を恨んだことはない!
「どっどしたんですか!? こんなところで!」
「いやぁ、湯花ちゃん来るって聞いたからすっ飛んで来ちゃった。それに透也さんから連絡貰ったし……ねっ? ツッキー?」
「あぁ、湯花ちゃんの雄姿見届けたくてさ」
待て、このイケメンも湯花のこと知ってんの? でも明らかに東京人だよな?
「ありがとうございます! あれ? でも2人手握って……まさかっ!」
「えっへへ。実は……」
「キャー」
めちゃくちゃ盛り上がってるんですけど?
「そんなこと言って、湯花ちゃんだって……隣の爽やかイケメンはもしかして?」
爽やかイケメン? うん、あなた良い人ですね。絶対!
「にっしっし。私の彼氏ですっ!」
「キャー!」
「おい、れんに湯花ちゃん。俺達置いてけぼりなんだけど? とりあえず自己紹介的な……」
「はっ! そうだね! 初めまして、私は
「あっ、宜しくお願いします」
去年の夏に宮原旅館……?
「うみちゃん、私が良く言ってる東京のお友達って恋さんのことなんだよ」
「あぁ、タピオカブームとか……ケーキ屋さんも?」
「そうそう」
なるほど、そう言うことね。
「じゃあ俺も……初めまして、俺は
ん? れん? この人の名前もレン? ダブルれんじゃねぇか! ……って待てよ? この人サラッと凄いこと言ってなかった? 鳳瞭学園の2年生? なに? 2人共めちゃくちゃ頭良いの? それともとんでもない運動神経の持ち主!? 待て待て、落ち着け。一旦冷静になって返事を……
「よっ、宜しくお願いします」
「この2人どっちも同じ名前なんだよ? なんかすごいよねぇ」
確かに……ある意味凄いな。っと、いけねっ! 俺も挨拶ちゃんとしとかないと……
「そうだな。あっ、挨拶遅れました。初めまして、黒前高校1年雨宮海です」
「ほほう。湯花ちゃんの彼氏さん、海君ね? 宜しくっ!」
「雨宮君、宜しく」
うん、話す感じ的には……良い人そうだな。てか、湯花と知り合いって時点でそうなのかもしれないけど。
「それより、本当に会えて嬉しいですよ! バスケは好きなんですか?」
「たっはは、私はそんなにかな? でも湯花ちゃんに会えると思ったし、それに……どちらかとツッキーの方が用事あるみたいだよ?」
「そうなんですか?」
「まぁ実は俺さ、将来スポーツトレーナー目指そうと思ってね? リハビリから、欲を言えば練習メニュー提供できるくらいの。だから今、色んな部活に体験入部して動きとか怪我しやすい部位とか身をもって体験してるんだ」
スポーツトレーナー? しかも練習メニューまで提供って、流石にそれは……いや? 名門鳳瞭学園の生徒だぞ? 有り得ないとも言い切れない……
「へぇ! じゃあ新聞部と掛け持ちでやってるんですか?」
「そうそう。まぁ部活紹介ってことで新聞の記事にはしてるしさ」
ん? 新聞部って……まさかの文化系の部員!? でもその割にガッチリしてるというか……特に太ももとか太くね?
「そんな感じで、ツッキー張り切ってる訳よ」
「なんか夢に向かってるって感じですねぇ」
「まぁ努力次第だけどね? あっ! そう言えば……雨宮君?」
いっ、いきなり来たんですけどぁ! なっ、何でしょう?
「はっ、はい?」
「勘違いだったら申し訳ないんだけどさ……左足怪我してない?」
っ! 左足? 確かに試合終わって攣りそうになってたけど……まさか嘘だろ? 実際にはまだ攣ってないんだぞ?
「えっと……実は試合終了間際に攣りそうに……」
「なんだ良かったぁ。大きな怪我じゃなくて!」
「えっ? 攣りそうだったのうみちゃん?」
「まぁ、攣る一歩手前だったんだ。でも月城さん? なんでそれ分かったんですか?」
「いやぁ、終盤に歩き方若干変わってた気がしてさ? それも左足庇う感じ」
……マジ? 本人ですら歩き方なんて自覚してなかったんですけど。それも観客席から見てた?
「すごいじゃんツッキー! マグレにしては」
「マグレ言うなっ! でも大きな怪我じゃなくて良かったよ。明日も試合だろ? 水分補給とストレッチして、血行良くしてね?」
「はっ、はい!」
「あっ、ちなみに湯花ちゃん。右手の親指かな? 突き指してない?」
「えっ!」
はぃ? 突き指?
「親指気にしてるの見えたからさ、結構さすってたし」
「そっ、そこまで見てたんですか? どんな観察力してるんですか月城さん」
「うわぁ、ツッキー変な目で見てたんでしょー」
「なんでそうなるんだよっ! とっ、とにかくアイシングとテーピングねっ」
「了解です!」
……なんか結構軽い感じでやり取りしてますけど……相当な洞察力と観察力ないと、そこまで見えないぞ? それに恐るべきなのは俺の足攣りかけ状態ですら見抜かれたこと。
この人、ヤバい気がする。良い意味でヤバい気がする。
月城蓮さんと日城恋さんかぁ。なんか見れば見る程独特な雰囲気なんだよな。月城さんは言わずもがな、もしかして日城さんもとんでもない何かを秘めてるんじゃ……
もしかしてこの2人……
とんでもなく凄い人なのか!?
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