第80話 ついに上陸、決戦の地!

 



 曇天の空に、頬へ刺さるような風。次第に体の中へにさえ満遍なく行き渡るそれに、心も体も引き締まる。

 日程の都合で、俺達バスケ部は終業式には出れない。でも、


『海っ! 頑張って来いよっ!』

『テレビデビュー楽しみにしてる』


 そんな言葉に勇気づけられたのは間違いないよ。まぁ山形に関して言えば、俺達に負けずお前も頑張れよって言いたいところだったけどね。


 そして、それに代わる形で行われた壮行式。そこでのキャプテンの挨拶も印象深かった。


『出るからには優勝します。やるからには記憶に残します。そして俺達は強い、俺達には自信があります。だから皆さん応援宜しくお願いします』


 キャプテンは今まで頑張りますとか、頑張ろうとか、鼓舞するような言葉が多かったんだ。でもあの一件以降、そのプレースタイルと共に言動も変わって……更に全校生徒の前での強い言葉。


【俺達は強い。俺達には自信がある】


 そんな想いに部員皆の心は震えた。



「うみちゃん、行こう?」


 聞こえてきたその声にゆっくり頷くと、体を振り向かせて玄関に向けこう放つ。


「行ってきます!」


 そしてまた背を向け、その先に居る湯花と目を合わせると、それは音もなくふわふわと舞い落ちて来る。


「あっ……」


 そんな湯花の声と共に、掌の上で音もなく一瞬の冷たさを残して消えていく白い雪。それを眺めたのちに俺は……強く拳を握った。


 本当にこれがキャプテン達と出られる最後の大会。完全燃焼で絶対に悔いだけは残さない!


「行こう、湯花! 東京へ!」




 列車と新幹線に揺られること数時間。辿り着いた決戦の地に降り立つと、より一層気持ちも高ぶってくる。


 着いた途端に飲み込まれそうになった人、人、人の波。去年修学旅行で来た時も、最初はその人混みに酔いそうになったっけ。

 当然、あの数日間だけで慣れるはずもなかった。けど……それを一瞬でかき消したのは、目の前にそびえ立つ大和やまともり総合スポーツアリーナ。その規模は黒前市武道館の数十倍にさえ思える。


「でけぇ」


 思わずそう言ってしまう程の大きさは、近付く度にその存在感を露わにした。もちろん周辺にはテニスコートやらサッカーグラウンド、遠くには陸上競技場らしき建物も見えて……東京という大都市のレベルの違いを思い知る。


「うみちゃん、すごいねっ!」

「あぁ、めちゃくちゃデカい」


「あそこの中にはテレビで見た光景が広がってるんだよね?」

「そうだな。そんな場所に俺達は来たんだぞ?」


 それこそ目を輝かせながら、決戦の舞台を眺めている湯花。もちろんその気持ちは十分わかる。

 修学旅行から1年後に、まさか湯花と一緒に東京へ来られるなんて思いもしなかったなぁ。ちょっと嬉しい気持ちも……


「こらこらー、そこのカップル? 今はイチャイチャ禁止よ?」


 なんて浮ついた気持ちも、多田さんの一言で一気に吹き飛ぶ。


「デート気分は置いといて、試合に集中集中!」

「デートって……そんなことないよな? 湯花!」

「もっ、もちろん! もうね、身も心も引き締まってるよっ!」


 おっ、おぉ……そうだな多田さん! 俺達は決戦に向けて来たんだもんな。


「ほほう……じゃあそんなやる気十分な君達に良いものをプレゼントしよう」

「「プレゼント?」」


「雨宮? 今大会でスリー決定率4割切ったら……私の特別メニューね?」

「えっ!? よっ、4割?」


 待て待て多田さん! それはいくら何でもキツくないっすか? しかも特別メニューって……別名地獄でしょ! 絶対!


「練習見てたら、雨宮はそれくらいできるよ。あと湯花ちゃん?」

「はっ、はい!?」


「湯花ちゃんは1試合平均4アシストと2スティールね?」

「みっ、雅ちゃん……?」


 アシストはともかく2スティールだと? いくらその辺りが上手い湯花でも……


「湯花ちゃんなら出来ると思うけどなぁ。次期スタメンなら余裕だと思うけど……」

「次期……スタメン……もちろんだよっ! 楽々クリアだよね? うみちゃん!」


 うわっ、変にやる気スイッチ入ったぁ! 湯花? 楽々はヤバいよ? そんなの口にしたら……


「ふふっ……楽しみね」


 ほらぁ! 多田さん笑ってるじゃん! しかもあの微笑みは悪魔だよ? 失敗したらどうしてくれようかって、楽しみで楽しみで仕方ないって顔だよっ!


「大変だなぁ、2人共」


 くっ、白波……暢気に笑ってやがって! 


「白波? あんたは1試合平均4リバウンドだからね?」

「……ふぇ?」


「できる……よね?」

「がっ、頑張りますっ!」


 ……悪いな白波。近くに居たお前が悪い。そして暢気に笑ってたお前が悪い。さぁ、一緒に行こうじゃないか! 地獄への特急列車に乗ってな!



 ――――――――――――



 とあるホテルの一室。そこに木霊する、迷える男の泣き声。


「うぅー、無理だ無理だぁ」

「白波、さっきからいい加減うるさいって」

「だってさぁ……」


 隣のベッドでうつ伏せになり、枕に顔を埋める白波。その行動は、夕食後のミーティングが終わってから延々と行われていた。まぁそんな状況に、最初は同情していたけど……流石に30分も経つと見るに堪えない。


「白波、そんな気負うことないだろ? 大体多田さんのノルマ失敗しても……」

「無理無理無理!」

「あのなぁ……」


 白波がこんなにもネガティブになった要因、それは少なからず分かっている。会場へ到着した俺達は、ウィンターカップ出場校に割り当てられた時間を利用して、実際に使うコートで練習をしたんだ。それこそ男女ともに同じ試合会場だったから、普段と変わらない感じだったんだけど……問題はシュート練習の時。


『あれ? なんかゴール高くね?』

『嘘? 俺は低く感じるんだけど?』


『なんかシュートの感覚おかしい』

『私も』


 そんな声が多く聞かれたんだよね。監督曰く、会場の広さや天井の高さが変わると、そういう感覚に陥ることがあるらしくてさ? 俺は何ともなかったんだけど、白波はそれをモロに感じたらしい。初めての雰囲気に、入るはずのシュートが入らない。そして多田さんの地獄のプレゼント。まぁそれらが悪い意味で見事に絡み合った結果……


「はぁぁぁ」


 こんないつも以上のネガティブ白波の出来上がり。そして2人1部屋のホテルにおいて、その相方になったのが俺というわけだ。


 こいつはやべぇ、どうしたもんか。こんな状態じゃ明日の試合どころか、今日の睡眠にまで支障が出るぞ? ……ったく、多田さんよぉ。メンタル管理もお願いしますよ? 追い込んでどうするんですか。仕方ない、確か湯花と多田さん同じ部屋だったよな? だったらストメで……


【緊急緊急、白波危うし、至急多田トレーナーに救援願う】


 ピロン


【うみちゃん? 白波君危うしって……もしかして雅ちゃんの?】

【そうみたいだ。しかもいつもと違う会場で、シュートタッチとかの感覚、上手く掴めなかったらしくてさ?】

【なるほど……雅ちゃんに言ってみるね】


 まぁ多田さんも、むやみやたらにメンタル追い込んだりはしないだろう。恐らく、会場での感覚のズレが想像以上だったんだ。だとしたら、それを和らげるには……


 ピロン


【多田さん話してみるって、うみちゃん達の部屋610だったっけ?】

【そうだよ】

【今から行くから待ってて】


 そうだ、多田さんのショック療法しかない!


「白波、多田さん来るってよ」

「えっ……」


「お前のこと心配だってさ」

「心配……って絶対嘘でしょ」


 コンコンコン


「ひっ、ひぃ!」


 うおっ、早っ! はいはい待って下さーい。よっと。


「やっほ、うみちゃん」

「よっ! 多田さん? 湯花から話聞いたと思うけど……」

「はぁ……聞いた聞いた。ごめんね心配かけて。ちょっと2人で話すから、2人でどこかに居てもらっても良い?」


 2人? まぁ、むしろ2人きりになれて俺は嬉しんですけど……


「了解! 雅ちゃん、終わったらストメしてね?」

「わかった。雨宮もごめんね」

「良いって、白波頼んだ」


 そう言うと、入れ替わるようにすれ違う俺と多田さん。扉が閉まり切る直前に、若干悲鳴のような声が聞こえた気がするけど……うん、多分気のせいだ。




 こうして、思いがけず2人きりになった俺達はとりあえずエレベーターホール横にある、フリースペースのソファーに座って、白波達の動向について話をしていた。けど、やっぱりこんな状態で2人きりになれたのはお互い嬉しくて……


「ねぇうみちゃん……手……」

「分かったって、誰か来たら速攻で離さないとな?」


 大事な試合控えて、こんな姿見られたらバッシングっものだぞ!? 

 なんて内心思いつつも……耐え切れず、隠すように手を繋いでいた。


「ふふっ、でもさ? やっぱりすごいよね? 1年後に、またうみちゃんと東京来れるとは思わなかった。それもウィンターカップだよ? 夢みたい」

「俺もだ。まさか翔明実業に勝てるなんて思いもしなかったよ」


「けど、このうみちゃんの温もりは夢じゃないもんね。これは……現実」

「そうだな。全国の舞台に立てる……それは現実なんだ」


「やるしかないね? 悔いの残らないように……今の自分の力を出し切る」

「先輩達に良いお土産渡したいからな?」


 先輩達にとっても、キャプテン以外は立ったことのない舞台。おそらく誰もがガチガチだと思う。それでも、悔いだけは残したくない。余力なんて残したくない。だから……


 最初から全力で行ってやるっ!


「……うみちゃん?」

「ん?」


「キスしてくれたら、私もっと頑張れる気がする」

「はっ、はぁ?」


「ダ……メ?」


 もちろん……全力で行くよ? 悔いは残さないよ? けどそれ以上に……


「しっ、仕方ないなっ」

「やったぁ」


 俺だって湯花に良いところ……見せたいんですよっ!




「……んっ」



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