第79話 本当に大切な人だから

 



 ランジェリーショップ。それは男子にとってまさに秘密の花園。

 けど、さすがにその中に入るのは抵抗……というより恥ずかしくって、俺は少し離れたところでスマホをいじっていた。


 はぁ、湯花のやつ本当に買いに行きやがったぞ? 

 口ではあぁ言ってたものの、それも冗談半分だと思っていた。しかし、引かれるままに付いて行くと、どこか見たことのある光景が続き……


『海? 着いたよっ』


 そんな満面の笑みに反応出来なかったのは初めてかもしれない。


 気に入ったのあったらそれプレゼントにするって言って、何とか同伴は免れたものの……問題はそこじゃないんだよな……ん?


「色々とありがとうございました」


 中に入ってから数分後、そんな声と共に湯花がショップから出てくると、


「全然だよ。また来てね」


 見送りの為に来たのか、店員らしき人は店の外に顔を覗かせる。そしてその人物は……やっぱり何度見ても見知った顔だった。


「ん? おっ、そんなところにいたのか恥ずかしがり屋めっ!」

「ふふっ、海も一緒に入ればよかったのに」

「嫌だよっ! 大体中にお客さん居たじゃねぇか。男入って行ったらどんな顔されるか想像つくって!」


「別に気にすることないのになぁ。カップルで来る人だって結構居るんだぞ?」

「そうなんですか? 棗さん!」


 ははは……そうだよ。問題はだよっ! いや、バイトしてるのは知ってたよ? 黒前市でしてるってのも知ってたよ? 大学終わりに行きやすいからねっ! でも、その内容までは話してないし、俺だってそこまで興味もなかったから聞いてなかったさ。

 だって大学生のバイトだよ? 希乃さんみたいに飲食店とかそういう系だと思うじゃん? なのに……なのに……なんでランジェリーショップでバイトしてんだよ!


「そうそう。でもまぁ高校生にはまだ早いかなぁ?」


 くっ、そのニヤニヤした顔……わざとだな? わざとだろっ! あのさ、こっちだって言いたいことは結構あるんだぞ? そもそも、そういうことに興味なさそうな人が予想外なとこでバイトしてんじゃないよ。性格に見合った場所で働けよっ!


「そんなことないよね? 海」

「あっ、当たり前だろ? 次は俺が選んでやる」


 ……あっ、やべ。ついつい対抗心で……


「うわぁ! やった! 嬉しいなぁ」


 めっ、めちゃくちゃ期待させちゃったじゃん!


「おうおう、男らしいねぇ」


 くっ……元はと言えば姉ちゃんのせいだからな!?


「ふふっ。あっ、海? 買ったの見てみる?」

「そうだそうだ、せっかくだから見せちゃいなよ」


 はっ、はぁ? いやいや、ここ一応道路! それなりに人通りもあるんだよ? ダメダメ絶対!


「いっ、いいよっ! ここじゃダメだろ」

「ん? 別に? 海に見せたいもん」

「可愛さと色っぽさ兼ね揃えた奴だぞぉ?」


 やべぇ。この2人、傍から見たら姉妹かってくらい波長が合うんだよな。特に俺をイジることに関しては抜群になっ! けど、イジラれっぱなしはちょっと癪に障るんですよ……ってあれ? それって湯花が今後身に着けていく物……なんだよな? ……閃いた!


「いいよ。だってそれって、今後も湯花が身に着ける物なんだろ?」

「そうだよ?」


「だったら、尚更だ。この場で見せて、他の人の目に入って……湯花がそういうの着けてるって想像されたくないな」

「えっ……」


「俺だけに見せてもらいたいんだけどなぁ……」

「海……だけ……はぅっ」


 どやっ! ……って、結構本音なんだけどね? そういうのって誰にも見せたくないんだよ。俺だけの特権だろ? 


「あぁ、まだ雪降ってない理由がわかったわ。今年絶対暖冬。絶対そうだわ」

「元はと言えば姉ちゃんが……」 

「はいはい。あっ、湯花ちゃん? あのことなら大丈夫だから、こいつのこといっぱい使ってやって?」


 ん? あのこと? 使ってやって? ……嫌な予感しかしないっ!


「えっ!? いっ、いっぱいって……」

「そんじゃねー」

「おぃー!」


 そう言い残し、すたこらさっさと店内へ戻っていく姉ちゃん。その光景には自然と溜め息が零れる。

 はぁ、仕方ない。言いたいこと言って居なくなるのは姉ちゃんの専売特許みたいなもんだしな。それにしてもあのことってなんだろ、気になるな? 湯花に聞いて……って! なんで赤くなってんの?


「湯花?」

「……はっ! なになに」


「いや、顔赤いけど大丈夫か」

「大丈夫、大丈夫!」


 本当かよ? もしかして姉ちゃんが言ってたとやらが関係してんじゃないだろうな?


「そっか、それで? 姉ちゃんが言ってたあのことって?」

「あのこと……あっ! そうだ海! あのね? もし良かったら……」

「ここっ、今晩うちに来ない!?」


 ……えっ?




「おじゃましまーす」

「母さん達は仕事だから誰も居ないよ。婆ちゃんも出掛けてるし」


「それでもちゃんと挨拶はしないとっ! 礼儀だもん」

「ふっ、はいはい」


 誰も居ない家にそんな声が響く中、俺達は2階への階段を上がっていく。そして徐にドアを開けると、


「ふぅ」

「よいしょっ」


 そんな声と共に、床に置かれたクッションに腰を下ろす。


 いや、まさかこんなことになるとはなぁ。



『今晩うちに来ない?』


 そんな突然の言葉に、俺は暫し言葉を失っていた。けど、よくよく話を聞くと……要は、


『毎年誕生日の日には家族でお祝いするんだけど、良かったら海にも来てほしいなぁ』


 って、ことらしい。そんで姉ちゃんが言ってたってのもずばりそれ。挙げ句の果てに、


『母さん達には私から言っとくから大丈夫だよ』


 とまで言っていたみたいだ。

 正直、お邪魔して良いなら嬉しいんだけど……お節介とも思える姉ちゃんの行動に素直に喜べずにもいた。


 まぁ改めて湯花に聞いたら、目を輝かせて、


『来て来て!』


 って言うもんだから、最終的的には今晩お邪魔することになったわけで……とりあえず着替えをしようと家に来たんだ。


 じゃぁ早速着替えでも……


「ねぇ海? ここでなら見せても良いよね?」

「ん?」


 見せる?


「プレゼントとして買ったあれだよぉ」


 ……はっ! 確かに値段聞いてお金は渡したけど……あれだよな? 密室だし……見たいっ!


「見せてくれるのか?」

「うん。待ってね……じゃーん」


 そう言って、袋の中から取り出した物。それは可愛いデザインの中に、どこか色っぽさも感じる……黄色い下着のセットだった。


 これは……良い! 見てるだけでもエロいし、これ着けた湯花想像するだけで……相当ヤバイっ!


「へへっ、どうかな? 似合うかな?」

「ぜっ、絶対似合うよ……」


「本当? 嬉しいなぁ……ちょっとは艶っぽくなるかな?」

「そんなの……元からそう思ってたよ」


「ふふっ……海? うちに行くまで……まだ時間あるよ?」

「そうだな……夕方ぐらいに行っても……間に合うよな」


 そう口にすると、何か言ったわけでもないのに、お互いに目を見つめ合う。そして自然とその距離は近くなって……


「ん……」


 次第に大きくなるリップ音だけが……部屋の中に響き渡った。




 それからどれだけ経っただろう。気が付けば、俺達は体を密着させながらベッドで寝ていた。


「海……すごかったね。私何回も……」

「俺だって……」


 誕生日という特別な日、そして買ったばかりの下着を見せられたからなのか……お互いにいつもと違う雰囲気を感じ、今日のそれは一段と違ったものだった。


 ヤバイ……買ったばかりだったのに、もう無くなった。湯花無理してないかな? でも……今日くらい良いよな?


「あっ、海?」

「ん? どした? やっぱ無理させてたか」


「ちっ、違うよっ。海にだったら、いくらでもされたいもん」

「まじか? 俺も湯花だったらいくらでも……」


「ふふっ、嬉しいなぁ」

「俺もだよ。それで? 何話そうとしてたんだ?」


「あっ、あのね? もう1つだけ……お願いがあるんだ」

「お願い? なんだ?」


「えっとね……海?」

「はいよ」

「海のこと…………うみちゃんって呼んでも良いですか? ううん。あだ名とかじゃなくて、その……愛情を込めて」



「私だけしか呼べないように……」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る