第78話 犠牲者、日南 希乃
「美味しー!」
俺の目の前でケーキを頬張る女の子。そんな彼女が浮かべるのは、数分前に見せたそれとはまた違った笑顔だった。
「海も食べなよぉ」
「良いの?」
「良いに決まってるじゃんかぁ」
結論から言うと、俺のケーキサプライズは大成功と言ってもいいと思う。なんせ想像の遥か上を行く嬉し泣き。そんな喜びの最上級の反応を見せてくれたし、肝心のケーキの味にも満足しているみたいで……1度口にしてからそのペースは落ちることがない。
とりあえず、サプライズは成功だな。案内から席の位置。湯花の反応。その全てが完璧……いや、それ以上だ。希乃さんと委員長にもあとでお礼言っとかなきゃなぁ。……って、そういや湯花飲み物ないじゃん! そっか、湯花的にはケーキセット頼んだつもりなんだよな。
「湯花、美味しく食べてるとこ申し訳ないけど、喉詰まらないか? 飲み物注文するぞ」
「ん? あぁ、美味しさに夢中で気が付かなかったよぉ! そだなぁ、じゃあ紅茶お願いしようかな」
「はいよ」
湯花は紅茶か、じゃあ俺はコーヒーにしよう。ボタンを押してっと……
「失礼します! ご注文でしょうかぁ?」
ボタンを押して数秒後、俺達のテーブルにやってきたのは希乃さん。しかしながらその口元は隠しきれんばかりにニヤニヤしている。
「希乃さん、口元緩みっぱなしですよ?」
「はっ! そっ、そんなことないよ? 私は真剣にバイトしてるんだから!」
「希乃さん! 色々とありがとうございます」
「……あぁもう無理。2人のラブラブな光景見たらニヤけちゃうに決まってるでしょ!」
ニヤけるって……でもまぁ、希乃さんがケーキ持って来た時点でサプライズに協力してくれてるのは湯花も分かっただろうし、ここで改めてお礼言っても良いよな?
「湯花。もう分かってると思うけど、このサプライズは希乃さんにも協力してもらったんだ」
「私なんかの為に……嬉しいです!」
「うん、その幸せそうな笑顔を摂取できただけでお姉さんも幸せっ!」
その頬を隠すような動作は止めてください? しかもなに若干赤くなってんですか……って! よだれよだれ!
「そっ、それじゃあ注文いいですか? ホットコーヒーと紅茶ください」
「はっ! ジュル……うんうん。たんと飲んでたんと食べて! 今日はお姉さんのおごりよぉ~」
「えっ、ちょっ……」
だっ、大丈夫か? なんかダンスでもしてるかのような蛇行走行してるぞ!?
「あっ、希乃さん?」
「はぁーい?」
「取り皿もう1枚お願いしても良いですか?」
「かぁしこまりましたぁー」
ったく、俺の中の希乃さんのイメージが定まらないよ。それにしても湯花、取り皿お願いしてたな?
「そいえば湯花、取り皿は何に使うんだ?」
「ん? あぁ、色々とお世話になったみたいだし、私なりにお礼しようと思ってね。もちろん海からの了承を得てからだけど」
「お礼? 了承?」
「海、この手作りケーキ少し希乃さんにもお裾分けしても良いかな?」
お裾分け……かぁ。なるほど、湯花のやつこういう気配りも欠かさないんだった。まぁこれはもう湯花の物なんだし……
「もちろん。湯花が良いなら、俺は構わないよ」
「ふふっ、ありがとう」
「あっ、ちなみにさ? もう1人協力してもらった人居るんだよ」
「そうなの?」
「うちのクラスの委員長覚えてるか?」
「うん! 能登さんだよね?」
「委員長も実はここでバイトしてんだ」
「そうなの?」
「あぁ、しかも叔父さんが店長らしくてさ。冷蔵庫借りられたり、この席確保してもらったのも、希乃さんが委員長に話してくれたおかげなんだ」
「てっ、店長さん? ……そういうことかぁ。だから打ち上げの時、急だったにも関わらず結構な席確保できたんだね?」
「そういうこと」
「じゃあ能登さんにもお礼しないと。でもさ、そう考えると沢山の人にお祝いされてるみたいで……余計に嬉しくなっちゃうな」
「湯花が喜んでくれるなら……俺も嬉しいよ」
「はっ! もう、海ってばホントズルいよね……」
「ん?」
「なんでもないよー」
そんな他愛もない話を交えながら、ケーキを食べてゆっくりと過ごす時間。それは想像以上に楽しくて、嬉しくて……心地が良かった。
湯花からケーキのお裾分けをもらった希乃さんは、さらに頬を赤らめて、
「おっ、お裾分けまで!? なんて可愛いの湯花ちゃん。危うく立ち眩みするところだった……はっ! 今からでも遅くない、私達の妹にならない? そうすれば私と詩乃がお姉さんだよ? 歳の離れた弟だってできるんだよ? だから一緒に……」
なんて少しおかし気なことを口にしてたけど……うん、とりあえず喜んでくれたみたいだった。もちろんチラチラと調理場からこっちを見てる委員長の分も合わせて渡したし、仲良く2人で食べてると思う。
それに湯花が美味しそうに食べる姿が微笑ましくて、
「湯花、ほら、あーん」
「えっ! えっ! ははっ、恥ずかしいよぉ」
「誰も見てないから大丈夫だっって」
「うぅ…………はむっ」
「美味しい?」
「凄く……美味しいよぉ」
うん、めちゃくちゃ可愛……
「じゃあ海? はい、あーん」
「えっ! 俺?」
「にししっ、もちろんだよぉ」
はっ! そうか、逆パターンもあるんですよねっ! やるのは良いけどやられるのは……恥ずかしいっ!
「ほらほらぁ」
くっ、けど今日は湯花の誕生日……仕方ない!
「あむっ」
「どう? 美味しい?」
「……めちゃくちゃ美味い」
「やったぁ」
雰囲気に流されるままに、そんなことをしちゃったりして……最後には2人して笑っちゃってた。
そして、多分これは……物心ついてから初めて自分で作ったってのもあるんだろうけど……
「海、どしたの?」
「いやぁ……なんか自分で作った物、大切な人が美味しそうに食べる姿見てるだけで……嬉しいな」
そんな今まで感じたことのない感情を、身をもって体験したんだ。
「えっ!? きゅきゅ急にどしたの?」
なんだろう。お弁当もだったけど、そんな手の込んだものじゃなかったよ。けど、それでも一生懸命想いを込めた物を湯花が食べてくれてるだけで、心が温かくなる。自然と口元が緩む。それなのに、あんな美味しそうな顔見せられたら……めちゃくちゃ嬉しくなるに決まってるじゃん!
「誰かの為に何かを作るって……初めてだったんだ。だからこんな気持ちも初めてでさ……嬉しくて、湯花の顔見てるだけで満足してる」
「……もっ、もう! やっぱり海はズルい」
「ズルいって……なんかさっきから、俺が悪者みたいじゃないか」
「だって本当だもん……だって……急に嬉しくなるようなこと言うんだもん。いきなり過ぎて……恥ずかしいよ」
うっ! そんなこと言うんだったらな? そのいきなり見せる恥じらいの顔もヤバいんですけど。ドキッとするんだぞっ!
……けど俺、本心なんだよなぁ。てかさ? 俺ですらこんな風に思うってことは、毎日お弁当作ってくれてる湯花も同じ気持ちだったのかな? こんなこと思いながら、食べてる俺……見てたのかな?
「なぁ湯花?」
「なっ、なにかな!?」
そんな警戒しなくてもいいじゃんか。
「自分の作った物を誰かが食べてくれるって嬉しいな。それが湯花だから尚更嬉しい。だから、湯花もお弁当作る時とか、いつもこんな気持ちなのかなって思ってさ」
「……うん。そうだよ? 海の為にお弁当作るだけで楽しくて仕方ないよ。それを美味しそうに食べてる海の姿見るだけで嬉しいよ。だから……私は毎日がとっても幸せなんだっ」
やばい……その笑顔…………心臓持ってかれる!
希乃さん達に見送られながら、ゴーストを後にした俺達。もちろん隣を歩く湯花は俺の腕を掴んで……むしろさっきよりも体を密着させているような気がした。
「海……美味しかった。本当にありがとうね?」
「全然だよ。湯花が喜んでくれて良かった」
「あんなサプライズされて喜ばないはずがないよ……本当、今日は最高の誕生日っ!」
最高か……まさに最高の誉め言葉だよ。けど……
「でも湯花、まだ時間はあるんだぞ? ここからはフリータイム。湯花の行きたい場所に行こう」
「えっ!? いいの? 私の行きたい所?」
「もちろんだよ。まだまだこれからだって」
「にっしし。では時間の許す限り……付いて来てもらっちゃおうかな? だったら、そうだな……」
良いよ湯花。今日はどこまでも付いて行ってやる。思う存分楽しんでくれよ? その笑顔が見られるんだったら、俺はどこでも……
「じゃあさ……ランジェリーショップ行きたい!」
…………聞き間違いかな?
「ん?」
「前に行きたいって言った時は海と付き合ってなかったし……でも今はそういう関係なんだから良いでしょ?」
前……? 付き合ってなかった……前……
『俺はもう十分楽しんだし、折角ここまで来たんだ。次は湯花の行きたい所行こうぜ?』
『んーそうだなぁ。あっ!』
『おっ?』
『さっきチラッと見えたお店で可愛いブラジャー……』
『ブッ、ブラ!? ってお前、俺を何だと思ってんだよ』
『えぇ、だってうみちゃんが言ったんじゃん』
……っ! 確かそんな会話をした……ような……けっ、けど! 付き合っててもダメじゃ……
「ふふっ。じゃあ決まりだね? レッツゴー!」
ちょっ、ちょっと湯花? 湯花さん?
そればっかりは考えさせてー!!
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