第77話 Beautiful tears

 



 それなりに人通りの多い黒前駅。まぁ、土曜の部活終わりにデートすることも多い俺達にとって、それはもはや見慣れた光景だった。

 そして列車を降り、スルスルと人を避けてつつコインロッカーへ向かう。その決まった流れは今日も例外じゃない。けど、強いていつもと違うことを挙げるとすれば……


「海、どこ行くの?」


 なんだかいつも以上に、湯花がくっついてることかな?


「おっ、おう……そうだなぁ」


 ……湯花。今日いつもより近いっていうか、積極的じゃないか? そりゃ今までデートでも腕掴むことはあったよ。けど、今日はなんか引き寄せる力が強いって言うか、もはや体同士が擦れ合うくらいの距離感なんですけど。


「えっへへ。楽しみだなぁ」


 くっ! しかもそのせいで、腕に柔らかい感触がモロに伝わってるんですけど!?

 よくよく考えると、湯花の様子がいつもと違うのは……列車に乗ってる時から薄々感じてはいた。今まで他の人も乗っている列車の中では良くて手を繋ぐだけだったのに、今日に限っては恋人繋ぎ+肩に顔を預けるという合わせ技を突然披露しやがった。おかげで顔が焼けるように熱くなったのは言うまでもない。


 そして降りた途端の腕掴み+密着……お弁当食べてる時はいつもの湯花らしく、


『おいしっ!』

『海って料理もバッチリじゃん!』


 って感じだったはずなんだけど? ……やっぱ列車乗った辺りからだよな。でもまぁ、


「とりあえず、ご飯食べたし……デザートでも食べないか? ゴーストとかで」

「デザート? 食べる食べるっ!」


「じゃあ行こうぜ」

「うんっ!」


 そんな湯花もめちゃくちゃ可愛いけどね?




 腕を掴まれながら、2人で一緒に歩く。それは普段でもめちゃくちゃ嬉しい行動だった。けど、そこに誕生日という特別な日が重なると、その気持ちは何十倍、何百倍にも膨れ上がる。2人の間には途切れることのない会話と、絶え間ない笑顔が溢れ……それだけでも十分幸せだって思ってしまう。でも、今日は湯花にとって大切な日。だからこそ俺は君にもっと楽しんでもらいたい、喜んでもらいたい。


 お弁当は成功だった。この流れでケーキのサプライズも成功させたい。だから神様、どうか湯花がもっと喜んでくれますようにっ!

 そんな大きな願いを胸に、俺はゆっくりと……カフェ&レストランゴーストの扉を開けた。


「いらっしゃいませー」


 早速店内に入ると、待ち構えていたのは希乃さん。おおよその時間は伝えていたけど、まさか本当に出迎えてくれるとは思わなかった。


「あっ、希乃さんだ! お久しぶりです」

「どうも、こんにちは」


 店内にはそれなりにお客さんもいるし、結構ナイスタイミングだったのかな? でもまぁおかげで、計画通り進めそうだ。まずはごく自然に対応してもらい……


「あっ、やっほー海君に湯花ちゃん。2名様ご案内しま-す! こちらへどうぞー」


 うっ、上手い! 偶然を装う演技をしているはずなのに、まるでサプライズのことを本当に知らないくらいの自然な立ち振舞。そして俺と目が合った瞬間わずかに笑みを浮かべるその姿……流石です!


「こちらのお席にどうぞー」


 そしてこの流れるような接客。さらに案内してくれるのは……1番奥にある角のテーブル席。希乃さんの、


『土曜はそれなりにお客さん居ると思うし、1番奥で端っこの席ならある程度2人だけの雰囲気も作れると思うよ?』


 ってアドバイスを、そのままお願いしたんだけど……その席どころか近くにある席にすらお客さん居なくない? はっ! もしかして委員長のテコ入れか! ぶっちゃけそうでもしないと有り得ないぞ。だが、もしそうだとしたら委員長……ナイスだっ!


 心の中で精一杯のお礼を告げると、俺はすかざす奥の壁側の席に座り込む。その狙いは単純明快、こっちの席からだとケーキを持ってくる姿が丸わかり。だからこそ湯花には背中を向けてもらう必要があった。


 よっし、場所も席も完璧。あとは……


「それじゃあご注文の決まりになりましたら、ボタンでお呼び下さい」

「分かりましたぁ」


 これでボタンを押すことが、始まりの合図。希乃さんがケーキを持って来てくれるはずだ!


「希乃さんと会えてよかったぁ。相変わらず可愛いよね」


 とりあえず準備は整った。あとは適当に注文を決めて、ボタンを押すだけ。だけど、油断大敵。あくまで自然に冷静に……少しでも湯花に気取られないようにしなくてはならない。


「そうか? 湯花の方が可愛い」

「えっ? ……もぅ、早くデザート決めよう?」


 よし、怪しまれてない。だったらさっさと決めちゃおう!


「んー、俺は季節のパフェかな? あとコーヒー」

「じゃあ私は……ケーキセットにしようかな? でもちょっと高いか……」


「何言ってんだよ、俺払うんだから遠慮するな」

「えっ! 良いの?」


「もちろん。俺の誕生日の時色々おごってくれただろ? 俺もお返ししたいんだ」

「ふふっ、手作りお弁当だけでも嬉しかったのに……ありがとう」


「全然だよ。じゃあ決まったか? ボタン押すぞ?」

「うん、お願い」


 よっと……ついにボタンを押した。これで希乃さんがケーキを持って来てくれる。あとは……湯花が喜んでくれるかどうかだ。


 そのボタンを押して数秒後、俺の視界の端に……何やら人影がサッと現れる。もちろんその存在に気付きはしたけど、目の焦点は他愛もない話をしている湯花に向けられておりボヤけたまま。けど、その両手で大事そうに運んでいる、白くて大きな物は間違いなく……あのケーキで間違いなかった。


 そして、ゆっくりゆっくり音もなく近付いてくる希乃さん。そっちを見ないようにひたすら話し掛ける俺。そんな状況も終わりを告げ、ついに……その時が訪れる。


「おまたせしましたー」

「あっ、来たよ? か……」


 突然聞こえて来た希乃さんの声。湯花はそれに疑うことなく、ごく普通に視線を向けたんだと思う。でもそれを見た瞬間、さっきまで見せていた笑顔が消えたかと思うと……


「雨宮様特製、バースデーケーキになります。ごゆっくりどうぞ」


 浮かんできたのは、ついさっきも見たような……唖然とした表情だった。


「湯花ちゃん、おめでとう」


 希乃さんはそう呟くと颯爽と席を後にし、テーブルに残されたのは昨日想いを込めて作ったケーキと、驚いている様子の湯花。そして、


「湯花、改めて……誕生日おめでとう」


 心からお祝いを口にする俺だけ。


 ふっ。湯花のやつ、少し俯いたまま凝視して……弁当見た時みたいに固まったまんまじゃん。でも、そのリアクションだけでも正直嬉しい。あとはどのくらい……


「…………ずるいよ」


 我に返った瞬間、どれくらい喜んでくれるか……それが楽しみだった俺の耳に聞こえて来た、掠れたような声。


「ホント……ずるいよぉ」


 それは次第に……震え始め、徐々に弱々しくなっていく。


 あれ? なんか……想像と違う? ちっ、違いますねぇ!

 その予想外の姿に、内心焦りが見えると、それに追い打ちを掛けるかのように……湯花の頬を伝う1粒の涙。


 ななっ、泣いてる!? なんで? なんで? ととっ、とりあえずなんか言えっ!


「とっ、湯花? その……」

「海のバカ……」


 バカぁ?


「えっ……と……」

「雨宮家特製って……もしかして……」


「あっ……うん。一応手作りしてみた」

「もぅ……バカバカバカ」


 えぇ! バカ3連続? 落ち着け落ち着け……焦るな自分。まだそうと決まったわけじゃない、ゴーストのケーキセット食べたかったぁとか、そうだと決まったわけじゃない!


「とっ、湯花? もしかして……」

「本当にずるいよ海。ご飯食べに行くからお弁当要らないって言っときながらさ……」


 たっ、確かに嘘はついたけど……


「手作りお弁当持って来て、私のこと驚かせて……」


 サッ、サプライズですから!


「それだけじゃ飽き足らず……手作りのケーキまで用意して……」


 なんか俺悪者になってね?


「さらに私を驚かせてさ……本当にズルいよ。卑怯だよ」


 いやぁ……


「あのとっ、湯花?」

「こんなの……どんどん好きになちゃう。どんどん離れられなくなっちゃうよぉ……」


 えっ……



「どんだけ我慢したって、嬉しくて泣いちゃう」



 その言葉を口にすると、ゆっくりと俺を見上げる湯花。その目は少し赤くなってて、頬には涙の跡が残っていた。けど……


「しっ、幸せ過ぎるよぉ」


 もう1度その頬を伝った涙は、まるで見惚れるくらいに……



 透き通るような美しさだった。



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