第76話 初めての手作り弁当

 



 練習用のジャージに身を包み、その上にジャンバーを羽織る。そしていつものリュックを背負ってみれば、定番となった土曜日の格好の出来上がり。


「行ってきます」


 しかし今日に限って言えば、その声はいつにもまして力強かったかもしれない。それもそのはず、目の前に絶対負けられない大勝負を控えているのだから。


 ケーキは希乃さんが運んでくれるから大丈夫。そして、リュックの中には俺と湯花のお弁当。正直、味はそれなりだと思うぞ。卵焼きは何回か失敗したけど最後は焦げ跡もなくなったし、アスパラのベーコン巻きは意外と自信がある。ほうれん草とコーンのバター炒めは塩気も丁度良いはずだし、唐揚げも……まぁちょっと味濃いかなっ? って感じだけど、生焼けとかは有り得ないと思う。

 まぁ、母さん達が帰って来た瞬間に、


『冷蔵庫の卵全部使っちゃったの!?』


 って怒られたり、失敗したやつを父さんがイヤイヤ全部食べたり……迷惑はかけたかもしれないけどさ。でも、それでも自分で作った初めてのお弁当としては、結構な自信作だ。それに前もって湯花には今日は弁当大丈夫だって連絡済みだし。あとは喜んでもらえるかどうか……


「ふぅー」


 そんなことを思い出しながら、俺は玄関の扉を締めると、太陽を見つめながら1つ深呼吸をする。そして、


「よっし」


 自分を鼓舞するかのように声を上げると、颯爽と自転車に……


 ヴーヴーヴー


 乗ろうとした瞬間、背中のリュックから聞こえてくるバイブ音。しかもその長さ的に電話を知らせているのがわかる。


 電話? 土曜日の朝になんて……もしかして希乃さん?

 もっぱらの連絡はストメで行っている俺にとっては、電話=緊急ってイメージがあった。だからこそパッと頭に浮かんだのはケーキをお願いした希乃さん。

 急いでリュックを肩から降ろすと、中から取り出したスマホの画面。そこに表示されていたのは……


「委員長?」


 思いもよらない人物に少し拍子抜けしたものの……それと同時に何やら嫌な予感もしてくる。それこそ色々話をしだしたのは文化祭近辺で、連絡先を交換したのもその時。今でもちょいちょい話はするけど、あれ以来ストメはおろか電話なんて来たことがなかった。

 んー、なんか気になるけど……とりあえず出てみるか?


 ―――もしもし―――

 ―――おぉ! おはよう雨宮!―――


 ったく、相変わらず外見とテンションが合ってねぇなぁ。黒ぶち眼鏡におさげの髪型、そんで学級委員長とくれば……大人しいけど仕事はキッチリこなすとか、生徒と先生の間みたいな感じでどことなく見守る姿勢見せたりとかさぁ? そんなイメージじゃん。


 ―――珍しいな? 委員長が電話してくるなんて―――

 ―――はっはっは! バイト前に是非とも言っておきたいことがあってだね―――


 まぁ文化祭の準備の時も、打ち上げの時にもどことなくその性格は垣間見えてたけどね? それで? 言っておきたいこと?


 ―――なんでしょうか?―――

 ―――ったく! 水臭いじゃないかぁ!―――


 ―――はい?―――

 ―――はい? じゃないよ! なんでもっと前から教えてくれなかったんだ―――


 教えてくれなかった? 一体何を言ってるんだ。


 ―――教えてって何のこと?―――

 ―――とぼけちゃってぇ、今日彼女さんにサプライズするんでしょ? ゴーストで―――


 はっ! なぜ……なぜそれを知っている!


 ―――なんでそれを?―――

 ―――希乃さんに聞いたんだよ―――

 ―――はっ、はぁ?―――


 きっ、希乃さん? なんで……てか委員長、希乃さんのこと知ってんの?


 ―――全く同じクラスじゃないか。早くに知ってたらもっと協力してたのにぃ―――

 ―――ちょいちょい待て待て―――


 ―――んー?―――

 ―――聞きたいことがあり過ぎて頭が付いて行かないんだよ。だからちょっと落ち着かせてくれ―――

 ―――ほうほう―――


 はぁ……朝から一気に変な汗が出たんですけど? まぁとりあえず1つ1つ聞いて行くか。


 ―――まず、なんで委員長が希乃さんのこと知ってんだ?―――

 ―――あぁ、それはバイト先が一緒だからだよ?―――


 ―――バイト先? じゃあ委員長もゴーストでバイトしてんの?―――

 ―――そうだよ?―――


 マジか! 思わぬ繋がりっ! けど、だからって希乃さんがサプライズのこと口に出すのか? 口が軽そうには見えないんだけど……


 ―――なるほど。それで? 今日のことは希乃さんから?―――

 ―――うん。ゴーストの冷蔵庫にケーキ入れても良い? って聞かれたから、その流れで……―――


 冷蔵庫……確かに希乃さん、冷蔵庫入れとくから大丈夫って言ってたけど……


 ―――その流れって……そもそもなんで委員長に? あっ、もしかしてシフト一緒とか?―――

 ―――んー確かに私は朝昼で、希乃さん昼夜だから被るのは被るけどね。けど多分言いやすかったからじゃない?―――


 ―――そんなに仲良いのか?―――

 ―――結構話もするしね? まっ、私が大丈夫って言えば店長もOKだと思うし―――


 いやいや、あんたどんだけの権力持ってんだよ。


 ―――大丈夫って、ずいぶん自信ありげだな?―――

 ―――まぁねぇ。だって店長、姪っ子の私に少し甘いし―――

 ―――ん?―――


 あれ? 聞き間違いか? 姪っ子……店長の……はっ?


 ―――……姪っ子? 委員長が……ゴーストの店長の?―――

 ―――そだよー、あれ? 言ってなかったっけ? エリアマネージャー兼店長が私の叔父さんなんだよぉ―――


 ―――マジか!?―――

 ―――マジマジ。文化祭の打ち上げの時も、職権乱用でもないけど、ちょっと無理言って席確保してもらったし―――


 はっ! 確かにあの時、2組3組が座れるくらいの席が用意されてた。手配したの委員長って聞いて、凄ぇなんて思ってたけど……そう言うことかっ!


 ―――なっ、なるほど……―――


 なるほど、希乃さんもそれ知ってたから委員長へ言ったのか。それで説明していく内に俺に辿り着いたと……でもさ、なんで今電話掛けてきたんだ?


 ―――大体の流れはわかった。それで? 今電話してきた理由はなんだ?―――

 ―――ふふっ、決まってるじゃないか! 応援だよ!―――


 ―――応援!?―――

 ―――雨宮には文化祭の時めちゃくちゃお世話になった。そして、あの時紹介してくれた彼女さんの誕生日! 更にそのサプライズを我が店ゴーストで行なってくれるなんて嬉しいんだよ!―――


 紹介した覚えはないけどな?


 ―――運ぶタイミング、その他諸々希乃さんと一緒に……いやゴースト全体でバックアップするからさ……ガツンといってやれっ!―――


 ガツンと……かぁ。なんだろう、まさかの発言で驚いたんだけど、それ以上に委員長のバックアップするからって言葉が胸に響く。

 ぶっちゃけさ? 俺、最初は嫌々男子取りまとめてたんだよ? それでも、それに感謝してくれる人が居るのは嬉しいし、しみじみ感じるよ……


 ―――なんか色々急すぎて、上手い具合に言えないけどさ―――


 色んな人に手伝ってもらって、協力してもらって、勇気づけられる。


 ―――ありがとう、委員長―――


 俺って……恵まれてるなぁ。


 ―――良いってことよ!―――





 キュッ、キュッ、キュッ


 体育館へと続く廊下に、バッシュの擦れる音が少し響く。そして次第に大きくなるボールの音に、俺の心臓の鼓動も連なるように強くなる。その両手には、お弁当が入った巾着袋。それをしっかり握りしめて、俺は体育館の中へ……湯花の元へと近付いて行く。


 委員長の電話で、より一層今日のサプライズを成功させたいって思った。

 いつものように挨拶する湯花に、何か企んでるって気配を感じさせないように頑張った。

 何気ない会話に、全くの嘘で固めた偽プランを匂わせてカモフラージュもバッチリなはず。


 だから……だから……


「あっ、海? 私ね、今5連続でスリーポイント決めてるんだよ?」

「とっ、湯花?」


「んー?」

「こっ、これ……お弁当」


 どうか喜んでくれますようにっ!


「えっ?」


 振り返った湯花はそう呟くと、差し出した俺の手を見つめていた。その目線の先は勿論、左手に握られた黄色の巾着袋で間違いない。けど、それから先の言葉を俺はなかなか言えずにいた。

 やっ、やべぇ! 驚いた顔のまま、お弁当凝視して動かないんですけど? 一言も話さないんですけど……


「これ……お弁当……?」


 やっと反応してくれたぁ!


「うん……お弁当」

「もっ、もしかして……海……が?」


「そうだよ。いつも湯花に作ってもらってるからさ、今日は俺が……作って来た」

「ほ……本当に?」


「下手なりにね? 湯花の為に」

「私の為に……ほほっ、本当?」


「あぁ」

「嬉しい……中見ても……良い?」

「いいよ。じゃあ座ろっか」


 その言葉通り、その場に座り込む俺と湯花。けど、俺には一抹の不安が残ってた。

 なんだろ……言葉では嬉しいって聞けたけど、その表情は唖然って言った方が良いのかもしれない。少し目は見開いて、口も若干開いたままの湯花を前に、何とも言えない心境の自分が居る。


「開けても……良い?」

「どうぞ?」


 その言葉の通り、俺はお弁当箱をそっと目の前に置くと……湯花はそれを手に取って、ゆっくりそれを開けていった。

 巾着から取り出し、ハンカチを解き、そしてその蓋を開ける。そしてその中身が露わになった途端、


「うわぁぁぁ」


 湯花の口から零れた声に、少しだけホッとする。


「ぜっ、全部海が作ったの?」

「うん」


「卵焼きも?」

「そう」


「アスパラのベーコン巻きも?」

「もちろん」


「ほうれん草とコーンの炒め物も?」

「味付けには自信ある」


「かっ、唐揚げも?」

「湯花のには敵わないけどね?」


 一通りのおかずを目にしたのか、湯花は再び弁当を眺めると……そのまま動かない。でもそんな姿を前に、不思議と……さっきまでのような不安な気持ちなんて無くなって、むしろ……


 湯花? いつもありがとう。毎日美味しいお弁当作ってくれてありがとう。だから今日は、ほんの少しばかりのお礼だよ。


 感謝の気持ちしか浮かんでこなかった。


 そしてそんな俺の気持ちが伝わったのか、湯花は突然俺の顔を見上げて……こう言ってくれたんだ。



「海っ! ありがとう」



 まるで、蕾から一気に花が咲いたようなその笑顔は、


 明るくて、

 綺麗で、

 温かくて、


 見てるこっちも自然と笑みが零れるくらい……



「どういたしまして」



 とんでもなく……可愛かった。



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