第75話 2つのサプライズ
スイーツ作り。それはなんて繊細な作業なんだろう。
「うん。そのままそのままだよっ」
ケーキ作り。それはなぜ時々大胆さが必要なんだろう。
「おいおい海、斜めってるぞー」
「はぁ?」
雨宮家の台所に佇む3人の姿。その真ん中で俺は、スポンジケーキに悪戦苦闘していた。
くっ、慎重にやってんのに斜めになってる? けど、ゆっくりやった方が……
「ほらぁ下にさがってるぞー」
うるさいぞ姉ちゃん!
「ふふふっ」
きっ、希乃さん? なんで笑ってんですか? まさかマジで斜めってるんですか?
「よっと」
ホールケーキの基本である多段構造。今回は2段でいこうってことで、とりあえず言われるがままにきってみたものの……
「うわっ……」
「途中から右肩下りのグラフみたいになってんじゃん」
切り離してみるとその断面の酷いこと。余りの酷さに自分自身が己の不器用さを呪いたくなる。
これは……どうにもならないレベルだろ? この間に果物とか入れるとしても……無理だな。
「おぉ、海君凄いねぇ」
「えっ?」
なんですか希乃さん、慰めですか? 余計悲しくなるんで止めて下さいよ。
「最後はズレちゃったけど、前半部分は完璧だよ。初めてにしては十分だと思うけど?」
「でもさぁ希乃、それにしたって最後がヤバいよ。なんとかできんの?」
「うーん……さすがに形崩れちゃうかな?」
はぁ、やっぱそうっすよねぇ。
「すっ、すいません」
湯花の誕生日を翌日に控えたこの日、俺はスイーツ作りが趣味という希乃さんに家まで来てもらっていた。その目的は勿論、サプライズの1つである手作りケーキ。初心者丸出しの俺の為にということで、そのご厚意に甘えさせてもらっている。
まぁ隣には姉ちゃんも暇潰しに居るんだけど……今はそんなことどうでも良い。スポンジやら生クリームやら姉ちゃんと希乃さんが買って来てくれた素材を、早々に修復不可な状態にしてしまたんだから、結構気持ち的に来るものがあった。
「全然平気だよ? ちょっとケーキナイフ貸してくれる?」
「はっ、はい」
希乃さんはスッとナイフを手に取ると、目の前にある傾斜のついたスポンジの断面に左手を乗せて、
「慎重さも大事だけど、時には積極的に行かなきゃダメかな?」
そんなことを口にしながらも、まるでそれはバイオリンを弾くかの如く美しくて……見る見るうちに刃が吸い込まれたかと思った瞬間、
「はいっ、こんな感じだよ?」
一瞬にしてそれは姿を現していた。
はっ、はぇぇ。しかも……超真っすぐじゃん! 断面超まっすぐじゃん!
いびつな上の部分を持ち上げ、まな板の端へ寄せてみると、目の前に現れた断面図の美しさは明確で、
「「おぉ」」
無意識のうちにに姉ちゃんと口が揃っていた。
「まぁ慣れるまではちょっとだけ時間掛かるけどね?」
いやいや、ちょっとどころじゃなくて永遠に掛かりそうなんですけど? しかも折角手直ししてくれても……ケーキとしては高さ足りないよなぁ。
「なるほど……でもすいません。俺がミスったせいでケーキの高さ足りないですよね」
「あれ? 希乃、スポンジ2つ買ってなかった?」
「えっ?」
ん? そうなの?
「あっ、うん。2つ買ってたよ。だから心配しないで? 海君」
なっ、なんだぁ……流石に素人にやらせるなら保険も用意しとくか。けど、もう失敗したくないんですけど?
「流石希乃さん! でもまた失敗したら……」
「あぁ! 大丈夫大丈夫」
「だっ、大丈夫?」
「えーと、ちょっと待ってね……よいしょっと。こっちのスポンジはもうスライス済みなんだ」
スッ、スライス済み? ってことは……
「えっ、じゃあわざわざ切らなくても?」
「大丈夫だよー」
マジかよ! 良かったぁ。……てか希乃さん? そういうのあるんだったら最初に俺が切らなくても良かったんじゃ?
「なっ、なんだぁ。でも希乃さん? 最初からそれ使っていればこのスポンジ無駄にならなかったんじゃ……」
「ふふっ、確かにこういうスポンジはスイーツ初心者でもそれなりの物作れちゃうよ? でもさ、1回難しさ経験した方が、ケーキ作りに対する考え方も違うかなって思ってね」
「考え方……ですか?」
「本当はスポンジ1つ切るのにも手間がかかる。だからこそ、自分の作るケーキにはたくさんの思いを込めて欲しいんだ。それが大事な人へ送るものなら尚更ね?」
思いを込めるかぁ。確かに今はそういう便利な物のおかげで、初心者の俺にでも簡単に作れちゃいそうだ。けど、だからってそれに甘えて適当に作っちゃダメなんだ。
「だからね海君、いっぱい思い出して? 湯花ちゃんはどういうケーキなら喜んでくれるのか。そして、いっぱい想像して? ケーキを目の前にめちゃくちゃ嬉しそうにする湯花ちゃんの姿」
思い出す? 湯花が喜びそうなケーキ……
想像して? めちゃくちゃ嬉しそうにしてる湯花……湯花……湯花……ふふっ。
「うわぁ、海。あんた顔気持ち悪いよ」
はっ! やばっ、想像しすぎて別な世界へ行ってしまうところだった!
「なっ、何がだよ!」
「めちゃ鼻の下伸びてた」
「はぁ?」
「ふふふっ。それだけ思う気持ちがあればきっと大丈夫だよ? じゃあ海君。ラブラブケーキ作りますかぁ」
ラッ、ラブラブケーキって……くぅ、希乃さんも姉ちゃんも若干ニヤニヤしてるんですけど? ……でも、実際その通りなんだよな。俺は湯花の喜ぶ姿が見たい。だったら……
「よっ、宜しくお願いします! 希乃さんっ!」
見栄えなんかより、気持ちが大事っ!
「じゃあ、希乃送ってくから」
「海君お疲れ様。このケーキは責任もって、うちの冷蔵庫に入れとくよ」
「宜しくお願いします」
「そのままゴーストの冷蔵庫に入れておけるし……明日2人が来るのワクワクしながら待ってるね?」
「すいません、何から何まで……」
「ふふっ、これくらいお安い御用だよ。それじゃあバイバイ」
家の扉が閉まり、しばらくすると聞こえてくる車のエンジン音。そしてそれが聞こえなくなった途端、俺は少しだけ達成感に包まれる。
よっし、ケーキの見た目は意外とそれっぽい感じだった。それにスポンジの間にはフルーツふんだんに入れて、生クリームで甘くならないようにバランスも取れてるはず。まぁ俺が初っ端ミスったスポンジを見た希乃さんの、
『どうせだったら、このスポンジも使って5段重ねにしちゃおうよぉ!』
って突然の提案で、急遽大きくなったけど……終わってみれば、結構自信あるんだよね。それに、字は汚いけど……チョコのプレートに描いた文字はめちゃくちゃ気持ちを込めたよ。あとはこれを湯花が喜んでくれるかなんだよな。
……どうか湯花の笑顔が見れますように!
そんなことを願いながら少しだけ目を瞑ると、真っ暗闇の中に段々と浮かんできたのは湯花の笑顔。それを目の前に思わず少し口元が緩むと……俺は、ゆっくりと瞼を開いて行く。
とりあえずケーキ作りは完璧だな。となれば……あとは
「ふぅ」
1つ小さく息を吐くと、俺はゆっくりと台所へ向かって歩き出す。それはケーキと並ぶもう1つのサプライズの準備をする為だった。
えっと、希乃さんが持って来てくれたケーキ作りの道具の忘れ物は……ないな? よし、じゃあ俺はもうちょっとだけ頑張りますか。
誰も居ない台所の前で、俺はポケットからスマホを取り出すと、すかさずあることについて検索を始める。
本当は母さん居れば良かったんだけど、出張帰りの父さん迎えに行ってるからなぁ。自分で調べて作るしかないっ! 己の力で……完成するしかないんだ。
そしてスマホの画面に映し出されたそれを前に、その心意気はさらに大きさを増していく。
いいか? 失敗を恐れるなよ海? もしダメでも何度だってやってやれ! 決して諦めるなよ? よぉし……それじゃあ……
「まずは卵焼きからだぁ!」
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