第72話 心に響くその言葉
「運命?」
運命って、あの運命だよな? 運命の人とか、運命の出会いとか。それを信じるかって……そう言われるまでハッキリ意識したことない。
「うん、運命。私はね……信じてる」
「それってもしかして透也さんと桃野さんが関わってたり?」
「正解」
んー? それこそ大学でばったり出会って一目惚れってパターンじゃないのか。でも湯花の言い方……気になるな。
「良かったらでいいんだけどさ、その理由教えてくれないか?」
「もちろん。ちょっと長くなりそうだから……そうだ、入口まで歩きながら話そう。合流するのにも丁度良さそうだし」
確かに……ここで立ち止まってても仕方ないよな。
「わかった。じゃあ行きながら……聞かせてくれ」
「了解っ」
その言葉を皮切りに、俺達はゆっくりと歩き出す。そして、その耳には……
「あのね?」
自分の好きなことを話すかのような、明るい湯花の声が次第に響き渡る。
「私が真白さんと初めて出会ったのは中学2年の夏休み」
「へぇー」
……ん? 中2? 俺達と透也さんって……4つ違いだぞ。その時透也さん高校3年生じゃん!
「朝からデッサンの宿題やりに行ってたお兄ちゃんが、夕方くらいに帰って来たらさ。隣に居たんだよ」
「待て湯花。それ間違いないのか? 透也さんと桃野さんは大学で出会ったんじゃ……」
「うん。違うんだ。大学に入る前に2人は出会ってた」
大学じゃない? しかも桃野さんて言葉綺麗だよな。この辺の人じゃないのは一目瞭然なんだけど……だとしたらどうして。
「家族皆で驚いたよ? だってあのお兄ちゃんが、あんな綺麗な人連れてきたんだもん。絶対脅して誘拐してきたって思ったね」
おいおい、いくら何でもひどすぎだぞ。それに湯花、お前が思ってる以上に透也さんってイケメンだからな?
「でもね? 必死に事情を話すお兄ちゃんと真白さんの姿眺めてたらさ。なんて言うんだろ……それこそずっと前からの知り合いってくらい、周りの雰囲気ホワホワしてる気がしたんだよ」
「ホワホワ?」
なっ、なんという分かり辛さ。
「うん。もうお互いがお互いに安心しきってるって感じかな。だから、私達だけが知らないだけで、前からの知り合いなのかなって思ったんだけど……その日会ったって言うんだよ? 正直理解不能だったね」
まぁ俺は実際に見てないからわからないけど、湯花の直感は侮れないってことは知ってる。だから本当にそんな感じだったんだろうな? けど、湯花の言う通り……
「確かに出会ったばかりでそんな雰囲気なのは……変だよな?」
「そう思うでしょ? でもさ……じっくり話聞いたら……納得しちゃった」
納得? ……めちゃくちゃ気になるんですけど?
「納得って……?」
「ふふっ、じゃあまずは真白さんのこと話すね」
「あぁ」
「真白さんはね? 東京に住んでたんだって、そして高校はあの鳳瞭学園」
「ほっ、鳳瞭!?」
鳳瞭って下平キャプテンが進学する大学じゃん! 文武両道超有名高。その高等部に居たの? ……けどだったら尚更、ここに居る理由がわからないよ。
「うん。それとね……海。2年前、あっちで事故あったの覚えてる? 結構ニュースでも話題になったんだけど……」
「事故?」
事故。ニュースでも話題になった? ……やべぇ、いっぱいあり過ぎてわかんねぇ。
「ごめん……」
「大丈夫大丈夫。あっ、じゃあスマホで調べてみて? 大型トラック、事故……」
そんな湯花に促されるまま、俺はポケットからスマホを取り出すと、検索サイトで言われたキーワードを入力していく。
ちょっと待てって! 大型トラックに……事故……
「家族……巻き込み……容疑者……」
家族、巻き込み……よっ、容疑者……
「不明」
不明? 待て、なんか嫌な予感しかしないんだけど……って出た! ……これは……
検索すると一番上に表示されたのは、⦅大型トラック当て逃げ事件⦆。そしてそのあとに続いて書かれていたのは……
⦅楽しい家族旅行は悪夢に。残された少女の苦しみは見つからない容疑者へ⦆
当て逃げ? 残された……? あっ!
その文字を読み上げていく内に、頭の片隅にあったそれが……わずかに反応する。それは朧げだけど、確かにそんなニュースを見た記憶があった。
詳しくは覚えてない。でも、結構連日ニュースで流れてた気がする。確か家族旅行から帰る途中の車に、大型トラックが突っ込んできて……車は激しく横転。大型トラックはそのまま逃げた。夜だったから犯人の顔は見えなかったけど、近くに居たドライバー達の証言でナンバーとかは分かったはず。実際にトラックも結構離れたところで見つかったんだよな? けど、そこに犯人の姿はなくって……
「思い出したかな」
「詳しくは思い出せないけど……この事故があったことは覚えてる。確か犯人……」
「見つかってないよ。でもね? 重要なのはそこじゃないんだ」
そこじゃない? じゃあ……被害者? ……
「まさか、残された少女って……」
「そのまさか。その少女が真白さんなんだ」
「マジかよ」
嘘だろ? あれっ、ニュースとかこういうのに被害者の名前って…………あった!
えっと…………切り裂かれた桃野家……父、
嘘だろ? 苗字一緒じゃん。……マジなの?
「記事にも載ってた? 名前。私達もそれ聞いた時は驚いた」
「でっ、でも……だったらなんでここにいたんだ? わざわざこんな田舎に!」
「私の家族も同じこと聞いてた。真白さんね? ホント何も考えずにフラフラって来たんだって」
フラフラ?
「フラフラって……そんな状態で来れる距離じゃないだろ?」
「まぁね? でもさ、1人だけ助かって、退院したらマスコミの人に囲まれて……学校の先生や友達、お父さんお母さんの知り合い達に助けてもらってけど、誰も居ない部屋に居るのは辛かったって」
……そう……だよな。怪我とか治っても、家族が戻ることはない。ましてや、シーンと静まり返った家に1人とか嫌だな。
「それでね? あてもなくフラッと新幹線乗って、乗り継いで乗り継いで……気付いたら鶴湯の山に居たんだってさ」
「それで……透也さんと偶然出会ったってこと?」
「うん。うちにはリンゴ畑あってさ? お兄ちゃんは宿題のデッサンでその風景描きに行ってたらしいよ。そこで会ったんだって」
「なるほど……」
なんか……想像の倍くらい物凄いんですけど。でもその当時、結構な精神状態だったんだろうなぁ……桃野さん。
「泊まるところとかも全然考えてなかったってことで……真白さんはその日うちに泊まることになったんだ。そんで、晩御飯一緒に食べてたら……真白さんいきなり泣いちゃって」
「泣いた?」
「なんかね? 久しぶりに大勢でご飯食べれた。久しぶりにこんなに楽しい気持ちになった。けど涙が止まらない……って」
湯花の家族は仲が良い。その食卓の光景なんて容易に想像できるよ。まさに家族って感じだもんな……もしかして、
「宮原家の雰囲気に……その温かさに触れて……?」
「自分で言うのは恥ずかしいよ。けど、真白さんは泣きながらだけど、笑顔見せてそう言ってくれた」
それで桃野さんと透也さん、宮原家の関係が出来たのか。
「その日はね、私の部屋で一緒に寝たんだよ? 東京の話とかたっくさん聞けて面白かったぁ」
「湯花の会話術が大いに役立ったな」
「まぁ、ほとんど私の一方通行だったけどね。でも、真白さんが笑ってくれると私も嬉しかった。それに話聞いてたら真白さん、昔宮原旅館来たことあるって言うんだよ?」
「はぁ!?」
宮原旅館に? いやいや、出来すぎだろ? なにその繋がり!
「有り得ないだろ?」
「わっ、私だってそう思ったよ? でもお母さんに聞いたら、真白さんが来たっぽい年の宿泊者名簿見てくれて! そしたら……」
「まさか……あったのか!?」
「あったんだよ。凄くない? 真白さんと父さん母さんの3人の名前!」
「えぇぇ?」
「しかもその時、お兄ちゃんと話もして、一緒に遊んでたんだって!」
「はぃぃぃ?」
……なんだそれ? 小さい頃に既に会ってて、傷心しきってる時に偶然現れ? 心に癒しを与えてくれる? 小説でも書けそうなくらいの奇跡じゃね? むしろ逆に恐いんですけど? 怖いんですけど?
「凄いでしょ?」
「スゴイ」
「ふふっ。それから何日間か、真白さんは旅館の手伝いしながら家に居たんだ。その間にうちの家族とも旅館の従業員の皆とも仲良くなっちゃって……東京帰る時にこう言ったんだよ?」
『私、こっちの大学に進学します。必ず! だからその時は……住み込みでバイトさせて下さい!』
「それで桃野さんは黒前大学に?」
「でもねぁ、あとから聞いたんだけど、真白さんって鳳瞭学園で生徒会長やるくらい凄い人だったらしいのよ? 学力もトップクラス。普通だったら鳳瞭大学行ってエリートコースまっしぐらだったのに……」
ヤバイ、あの容姿で生徒会長で成績トップ? 恐ろしい。……でもそんなのどうでも良くなるくらい、
「それくらい宮原旅館……いや、宮原家での出来事が心に響いたって証拠だろ」
「それは分からないよ。うちらなのか……それともお兄ちゃんなのかはね?」
あっ、そう言うこと? 透也さんと出会って、心が癒されて……まさに恩人か。そしてそんな桃野さんを優しく包み込む透也さん……ってなんだよこのドラマ! この運命的な結末!
……これが運命ってやつなんだろうなぁ。
「そういう光景を目の当たりにしたから、湯花は運命を信じてるって訳か」
「そうだよ」
「確かに凄ぇもんなぁ。色んなことが絡み合って、あの2人が結ばれるべくして結ばれたってのが痛いくらいわかる」
「運命でしょ?」
「そうだな」
こりゃ姉ちゃん……残念ながら勝てねぇよ。全てが良い方向に向かって、何もかもが2人を祝福してるもん。
「でも海? 運命を確信したのは……これだけじゃないんだよ」
「えっ?」
ん? どういう……
「海があの時、あの現場を見てなかったら……列車の中であんな姿にはなってなかった」
湯花? 何言って……
「あんな姿になってなかったら、私は海に対して……今まで通りの感情だった。頭の中が海のことで一杯になることはなかった」
「とっ、湯花?」
「中学校の時のように話して、遊んで……だからあのさくらまつりの時、きっと好きって思ってなかったよ。恥ずかしくなって、海と距離取り始めたりしなかったし……もしそうだったら、海が無理矢理私を連れて遊びに行くこともなかった」
湯花……そういうことか。
確かに始まりは……俺があの光景を目にしたことが始まりだった。でも……そうだよな?
「そして夏合宿だってなかったかもしれない。夏合宿が無かったら……キスだってしてない。……私達は……付き合ってなかった」
それがあったからこそ……今の俺達の関係があるんだ。そう言うことだろ? とう……
「だからね? 今こうして手を繋いで、デートできてるのは……運命だと思わない?」
その瞬間、ひと際は大きい心臓の鼓動が……体中に響く。
運命……そう口にした湯花は、すっと俺の前に飛び出ると……優しい笑みを浮かべていた。
湯花に言われるまで、運命なんてハッキリ考えたことなんてなかった。自分には縁がないもの、心のどこかでそう思ってた。でも……それは違った。
考えれば考える程、
思い出せば思い出すほど、
今までの出来事は……まるで巡り合わせのように訪れていた。そしてその結果が……今の俺と湯花の関係なんだ。
そりゃ透也さんや桃野さんに比べたら、大したことないかもしれない。
でも俺にとっては……何よりも嬉しくて、何よりも大切なこと。
……そっか、こういうことなんだ。自分はもう、十分すぎるほど感じてるじゃないか。
「うん。きっとそうだよ」
運命ってやつを……
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