第70話 えっと、ダブルデートってやつですか?
あの熱戦から1週間程経った日曜日。天気は相変わらずの晴れ。そんな絶好の外出日和である今日この頃、
「うわぁ、きたぁ!」
「意外とデカイんだな」
俺と湯花は
「ここ来るの久しぶりだなぁ」
「俺も。小学校の遠足以来かもしんない」
石白市から車で走ること1時間半。CMは何度も見るけど、行くとなるとそれなりの準備が必要だ。でも、まさか湯花とこんな遠出デート出来るとは思わなかったよ。これも透也さんの……
「んーっ! 着きましたね、透也先輩っ」
「だな。しかし久しぶりだ」
うん、未だに少しだけ納得できないんですよね。透也さんは分かるよ? 車出してくれたし、無料招待券貰った張本人だし? けど、
「よいしょっと、じゃあ先輩? 早く行きましょ」
……なんで姉ちゃんも居るんですかね?
「なぁ、湯花。本当に姉ちゃん連れて来て良かったのか?」
「えっ?」
「その……そうだ桃野さんは?」
「真白さんは旅館忙しいから抜けられないって言ってたよ」
くっ! まっ、まぁそれなら仕方ないか。
「じゃっ、じゃぁ希乃さんは?」
「バイトがあるらしいよ」
おいおい、だとしても1人で来るんじゃないよ。
「まぁ、お兄ちゃんも私達と3人で行くよりだったら、知ってる人居た方が良いでしょ? 2対2になるし。それに……」
それに?
「おかげで、水族館……2人で回れるかもよ?」
2人……で? はっ! そうか、3人だったら必然的にまとまった行動しか出来ない。しかし姉ちゃんが来たことによって丁度良く2対2の構図の出来上がり。透也さんには悪いけど……姉ちゃんと一緒に回ってもらえれば、俺達2人きりだ! しかし……
「なるほど、けど上手くいくかな。4人で回ろうとかって言わないよな?」
「その辺は大丈夫だよ」
「えっ?」
「既に根回し済みだから」
おぉ、声を大にして言いたい。湯花ナイスっ! アイスでも奢ってやらないとな。
「マジか? ありがとな、湯花」
「全然だよ。海と一緒に手繋いで……回りたかったから……」
はい、お昼も奢ります。決定っ!
「おーい、湯花達。行くぞー」
「あっ、海。行こう?」
「そうだな。とっ、湯花!」
「うん?」
「どうせなら、ここから手……繋ごう」
「……やったっ。繋ぐー」
「うわっ、水族館来たのに熱すぎじゃない? 魚大丈夫かしら」
「はっはっは」
くっ! ちょっと姉ちゃん、良い雰囲気なんだから少し黙ってくれぇ!
そんな姉ちゃんのイジリを上手く躱しながら、受付前までやって来た俺達。透也さんが人数分のチケットを手渡すと、
「それではごゆっくりお楽しみください」
そんなスタッフの声と共に、ゆっくりと館内へ足を踏み入れる。
売店や、イルカショーの会場。大きな水槽と順路を示す矢印。昔の記憶と違って新しくなったそこは、初めて来たと言ってもいい程の変わり様だった。
なんか凄ぇなぁ。
なんて感心していると、
「じゃあ俺達は行くか棗」
早くも透也さんの援護射撃が火を噴く。
「えっ、えっ?」
そんな突然の言葉に、流石の姉ちゃんも動揺したんだろう。でも、
「可愛い弟妹達の為にそういう場を設けるのも、
続け様のそれで全てを察したようで、
「……そうですね。じゃあ、行きましょうっ!」
さっと透也さんに近寄り、颯爽と方向転換する切り替えの早さは……凄いというかなんというか。
兎にも角にも、
「じゃあお昼辺りにここ集合で良いかな?」
「いいよー」
「じゃあ楽しめよ。若者よー」
「前向いて歩いてくれよ姉ちゃん」
無事に俺達は2人きりとなった。
「流石透也さんだな。まさかあんなにも早い段階で言ってくれるとは思ってもみなかったよ」
「思い切りはいい方だからねぇ。まぁ、なんかクサイセリフ吐いてたけど」
でもそのおかげで、こうして湯花と2人きりになれたんだ。感謝しないとなぁ。それにしても逆に姉ちゃんと2人きりで大丈夫なのか。姉ちゃんだぞ?
「まぁまぁ。けど、俺としてはその透也さんが心配だよ。姉ちゃんと2人きりなんて拷問だろ?」
「えっ、そうかな? 2人共昔から知ってる仲だし、大丈夫だよ」
「だと良いけど……」
そのうるささに、帰って来たらゲッソリしてないだろうな?
「それより海?」
「ん?」
「一緒に見て回ろう。水族館」
少し笑みを浮かべながら、俺を見上げる湯花。見慣れたTシャツと短パン姿とは違う、その私服に身を包んだ姿は……改めて見るとそのギャップにますます可愛さを感じる。そして追い打ちをかけるような言葉に、ドキッとしないわけがない。
やばっ、やっぱ未だに湯花の私服姿見慣れないなぁ。部活の姿が印象強くて、まじまじ見るとドキッとするもん。
それに水族館デートなんてシチュエーション、高校生活じゃ滅多にお目に掛かれないぞ。だとしたら……めちゃくちゃ楽しまないと損だし、めちゃくちゃ湯花に楽しんでもらいたいっ!
その瞬間、俺は握っていた手を徐に絡ませ、ゆっくりと恋人繋ぎへと誘っていく。それに気付いた湯花は一瞬驚いた表情を見せたけど、すぐに微笑んで……その手をギュッ握り締めてくれた。
「だな。行こうか?」
「……うんっ」
その恥ずかしそうな声にギュッと手を握り返すと俺達は……思う存分水族館デートを楽しんだ。
入り口近くにあった大きな水槽を眺めていると、丁度第1回目のイルカショーを告げるアナウンス。もちろん見ない訳がなかった。
「うおっ! 高けぇ!」
「すごーい!」
「見て見て? 鼻先にボール乗っけてる! バランス良すぎだよぉ」
「やばいな」
縦横無尽に泳ぎ回り、とんでもない跳躍力を見せつける姿に驚き、
鼻先で器用にボールを扱うバランスの良さに感心しつつ、結局……
「あの跳躍力はダンクできるぞ?」
「あのバランス感覚は絶対ディフェンス上手いよ。体重移動完璧だもん」
バスケに繋がってたけど、それでも湯花と一緒に笑い合えただけで、楽しくて仕方なかった。
そしてその後も……
魚達が泳ぎ回る水槽を眺めて、
「「美味しそうだなぁ」」
見事にハモったり、
「うっわ! この形ヤバくね?」
「かっ、可愛い……」
「えっ?」
世にも珍しい深海生物達に一喜一憂したり、
「ペンギンさんだ!」
「実物見ると尚更可愛いな」
「可愛い! 特にあのヨチヨチ歩きとか……」
「って! 水の中入ったら泳ぐの速っ!」
「まさにチェンジオブペース……」
「俺も見習わないとな」
「あっ! 海、あっちにはアザラシも居るよ?」
「マジか? 行こう」
「うんっ!」
海のマスコット的動物たちに癒されたり……まさにあっと言う間の時間だった。
「ふぅ、めっちゃ楽しいなぁ水族館」
「だね! まさかこんなに興奮しちゃうなんて思わなかったよ」
興奮冷めやらぬ中、順路通りに歩いてきた俺達の目の前に広がるのは、より一層大きな水槽と等間隔に並べられた沢山のソファー達。
おっ、ここは?
思わずそのフロアの入り口近くにあったプレートを見ると、そこには大パノラマ大水槽の文字。
「湯花、ここ見て」
「ん? 大パノラマ大水槽……えっ? 25種類の魚が泳いでるって!」
その凄さは、遠く離れたここからでもよく分かる。無数に泳ぎ回る魚達に混じって、サメやエイといった大きな魚も居てまさに大パノラマ。そしておそらく、休憩スペースも兼ねているんだろう。よく見ると水槽の反対側にはお店らしきブースがあって、ソフトクリームや飲み物片手にソファでくつろいている人達の姿も見える。
「じゃあ湯花、ちょっと休憩……」
「あっ、海?」
そんな様子を見て、とりあえず休憩でも……何て提案をしようとした俺の声は、湯花の驚いた様な声で遮られた。
ん?
その声に思わず湯花の方を見ると、
「あれお兄ちゃん達じゃない?」
「えっ?」
その言葉と同時に、湯花は大水槽の一番端辺りを指差した。もちろん俺もはその指先を追って行ったんだけど……
「そうだな、姉ちゃん達だ」
確かに居たんだ。姉ちゃんと透也さんが。
ったく、先に行ったと思ったら、こんなところで休憩か? ……あっ!
こちらに背を向けて、ソファに座る2人。その姿を見た瞬間、ふと俺の頭にあることが閃いた。
「なぁ湯花?」
「んー?」
「ここは日頃の恨みを晴らす時だぞ」
「うっ、恨み?」
「背後から忍び寄って脅かせようぜ!」
「……ノッた!」
笑顔の返答を合図に、俺達は1つ頷くと……ゆっくりと壁沿いを進んで行くと、徐々に距離を縮めていく。そしてその距離は4mくらいまでに差し掛かった。
よっし、あと少し。いざとなったら目の前にある大きなクジラの模型の陰に隠れれば、姿は隠せ……
なんて油断した時だった、不意に姉ちゃんが透也さんの方へ顔を向ける。
やっばっ!
突然の動きに驚いた俺達は一目散にクジラの模型の裏に身を隠すと……ゆっくりと覗き見るように2人の様子を伺った。
「危なかったなぁ」
「だねぇ!」
口ではそう言いつつも、俺と湯花は悪戯を仕掛ける楽しさと、2人でこんなことが出来る嬉しさでいっぱいだった。いっぱいだったんだ……
「透也先輩……私じゃ……ダメなんですか?」
姉ちゃんのその言葉を……聞くまでは……
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