第69話 熱戦

 



 ボールがネットに吸い込まれ、


 スパッ


 そんな乾いた音だけがコート上に響いた気がした。


 笑顔を見せる者、

 ディフェンスに戻りながらも、その口元が緩む者、

 そして、驚きを隠せない者。


 一呼吸おいて、ざわつき出す会場に反応するように、


「これからだ、攻めるぞっ!!」


 藤島の声が聞こえたけど、俺はその一瞬を見逃しはしなかった。明らかに驚いた顔をした翔明実業の面々、それは少なからず動揺という綻びをさらけ出した証拠。


 そんな証拠は、自分に自信を持たせるのには十分過ぎるものだった。

 これは確かに……俺の武器なんだって。



 その後、第1クォーターはまさに黒前高校ペース。

 当然超遠距離からのスリーに対応するべく、俺へのプレッシャーは強くなった。けど、その反対側ではボールを持った下平キャプテンが猛威を振るい、いつもと違うアグレッシブさに戸惑いを隠せない翔明実業を尻目に続々と点数を決めていく。そんな状況に、いくら王者と言えど迅速な対応は難しかったはずだ。なぜなら、うちにはもう1人……エースが居るのだから。

 俺のスリーポイント、キャプテンのオフェンス。それらに意識が向きかけると、今度は晴下先輩へのマークが緩くなる。そしてそれを見逃すほど、先輩は優しくない。

 的を絞れないとは正にこのことだろう。俺達は見事に奇襲を成功させたんだ。



 第2クォーターに入っても、大きく流れは変わること無く俺達がペースを握っていた。俺自身のスリーポイントも今までにないくらい冴え渡って、チーム全体のオフェンスの幅が広がる。そして、実に20点以上の点差をつけるという最高の状態で……前半戦が終わりを告げる。

 そのにわかには信じられない光景にハーフタイム中、会場がざわつき始めたのは……印象的だった。



 そして運命の後半戦。ここで絶対王者翔明実業がその牙を剥く。

 ハーフタイム中、どんなアドバイスがあったのかは知らない。けど、そのディフェンスはマンツーマンから1人1人が決められた範囲を守るゾーンディフェンスへ変わった。

 しかも伝統の2-3ゾーンではなく、3-2ゾーン。完全にアウトサイドを潰しに掛かるディフェンス。そして何より……その目には並々ならぬ何かを感じた。


 インサイドではデイビスと、後半から投入された長身の選手がじっくりと構える。しかし俺のスリーを始め、外のシュートには徹底してキツいプレッシャーが付きまとう。ドリブルをすればすぐに囲まれ、外にパスを出すとすかさずピッタリとマーク。

 かなりの体力を消耗するディフェンスにも関わらず、それをやり続けられるのが……王者たる所以だった。

 しかもこのディフェンスは、完全に初披露。そんなディフェンスと、戸惑いを見せる黒前高校は徐々にペースを握られ……点差もジワジワと詰め寄られる中、試合は運命の第4クォーターへと突入した。



 お互いが死力を尽くす中、俺は翔明実業の守りをかいくぐってスリーポイントを決める。

 キャプテンはデイフェンスでボールを奪うと、後半にも関わらず正確無比なシュートを見せつける。

 晴下先輩は後半から投入されたもう1人の大型センターに付きっきりだけど、野呂先輩と2人でゴール下を体を張って守り抜いてくれた。丹波先輩は時に速く、時に遅く。チェンジオブペースを巧みに駆使して、試合をコントロールしてくれた。そして……


 残り時間30秒、その点差は……6点リード。その時は、刻一刻と訪れようとしていた。


 はぁ……暑い。点差は6点だけど、速攻とスリーを絡められたら一気に持っていかれる。こっちボールでプレー再開なら、勿論相手はパスカット狙いでプレッシャーもキツい。それにボール持った瞬間ファールゲームを仕掛けてくるはず。


 ピー


「白14番、ホールディング」


 けど、


「海、ここは決めてくれよ?」

「はい、キャプテン」


 俺……いや? 俺達には通用しないよ。


 スパッ


 1本目を決め、続く2本目。その時、ふと目に入った左手首のリストバンド。


『シューターは指先が命だからねぇ』


 そんな湯花の言葉。そして、


『あっ……海? ちなみにこのリストバンドについては……私だけじゃない。私達からのプレゼントだよ』


 2人の思い。


 ったく。今日も見てんのか? てか、湯花に任せるなんて卑怯だろ。でもありがたく使わせてもらってる。


 サンキューな。湯花。叶。


 そんなことを思いながら、俺はゆっくりとそのリストバンドで汗を拭きとると……


 スパッ


 完璧なフォームで2本目も決めた。


 これで残り27秒。点差は8点。普通に考えれば、もう安全圏内だと思ってもいいはず。でも今の俺達に油断なんて言葉はなかった。

 最後までしつこくディフェンスし、相手のファールで得たフリースローは全て決めた。そして……


 ピー!



 その笛がコートの中に響き渡る。



 大きな歓声に包まれる会場。椅子から立ち上がるベンチの皆。そして、涙を浮かべる野呂さんと、片手を突き上げる下平キャプテン。

 そんな光景を目の前に、ようやく自分達が成し遂げたことが実感できた。俺は……俺達は……



 翔明実業に勝った!



 その直後のことは、正直あんまり覚えてない。強いて言うなら、あの14番の選手に、


『お前上手いな! 次は負けないぞっ?』


 って声掛けられたくらいで、勝利の余韻に浸る間もなく監督から、


『喜ぶのは良いけど、次は女子の応援! ほら急いだ急いだ!』


 って急かされて……声枯れるくらい女子の応援したっけ。そして……




 時折訪れる僅かな振動が妙に心地良く感じる中で、俺と湯花は静かに手を繋ぎながら……列車に揺られていた。


 さっきまでの興奮した様子が、嘘のように感じられるけど……俺達の心はまだ静かに昂っている。


「湯花」

「うん?」


「俺達……ウィンターカップ行けるんだな。全国に行けるんだよな」

「うん……行けるよ。私達」


 俺達の熱戦も束の間、その次に控えていた女子の決勝。急いで着替え、スポドリ片手に男子総出で応援したっけ。その結果、見事優勝。俺達黒前高校は、男女共々同時に初出場という快挙を成し遂げた。


「なんかさっきまでのテンション嘘みたいだな」

「ははっ、皆大騒ぎだったもんね」


 試合が終わり、俺達男子は女子達を迎える為に1階へ降りた。続々と嬉しがるバスケ部の中で、1番の衝撃だったのは下平キャプテンが泣きじゃくる立花先輩を抱き締めたこと。感極まってとはいえ……目の前でするのか? なんて思ったけど、それくらい嬉しいんだって思うと……見てるこっちまで泣きそうになったっけ。野呂先輩は違う意味で泣いてたけどね。


「キャプテン達には驚いたけどな」

「でもなんか絵になってたよねぇ」


 美男美女の抱擁ほど絵になるものはないよな。まさに2人の姿はそれだったわ。


「確かに」

「いいよねぇ」


 いいよね? もしかして湯花も抱き締められたかったのか?


「……湯花のことも抱き締めたら良かったか?」

「はっ! そそそっ、そんなこと言ってないじゃん」


 うおっ、めちゃくちゃテンパってる!


「そうかぁ」

「そうだよっ! それに……海に頭ポンポンされただけで嬉しいもん……」

「なっ!」


 確かに湯花、キャプテン達の姿見て、どこか泣きそうな感じしたから……


『湯花、おつかれ』


 って無意識に頭ポンポンしちゃってましたよ。でもその後の反応薄くなかった?


『ありがとう』


 って言って、いつもの笑顔に戻ってなかったか。


「そうなのか?」

「うん。内心めちゃくちゃ……恥ずかしくて嬉しかったんだからねっ!」


 そのどこか怒っているようで、どこか嬉しそうな表情に見上げられると、未だにドキッとする自分が居る。そしてそのあと必ず……


 湯花のこんな表情を見れる関係になって良かった……


「そっか。もらい泣きでも湯花の泣いてる姿は見たくないからなぁ」

「嬉し泣きでも?」


「それは俺の前だけにしてくれよ」

「ふふっ、もちろんだよ」


 しみじみそう思う。そして……


「とりあえず、お互いウィンターカップ出場は決めた。でもここで終わりじゃない」

「だね、あくまで通過点」


「本戦まで約1ヶ月半」

「そのギリギリまで……」


「「練習だっ」」



 これからもずっと……




 女子

 黒前高校(63)ー(51)花栄高校

 宮原湯花 出場時間23分 12得点、4アシスト、4スティール


 男子

 黒前高校(75)-(66)翔明実業高校

 雨宮海 出場時間31分 21得点、5アシスト、3リバウンド、2スティール、2ブロック

 得点の内スリーポイント5本(5/7)



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